神奈川県高等学校教育会館 県民図書室
書誌情報 


雑誌番号 8
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雑誌名ヨミ キョウドウジクウ
雑誌名 共同時空
編著者ヨミ  
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雑誌該当件数 18件  

No. 登録番号 巻数 号数 通巻番号 年月号 刊行年月日
1 9000017 NO100       2018/10/31   本館 開架 所蔵     県民図書室を戦後教育史研究の拠点に
                        香川 七海
『共同時空』は、今回で通巻100号となりました。節目の折に「巻頭言」の執筆をご依頼いただき、とても恐縮しております。冒頭から私事で恐縮ですが、わたしは、2012年4月、教育研究所に研究所員として着任しました。同じ時期に大学院に進みましたので、わたしのこれまでの“研究歴”は、教育研究所や教育会館とともにあったともいえます。そういうわけで、県民図書室にも浅からぬご縁を感じています。このようなかたちで、100号の節目に立ちあうことができ、うれしいかぎりです。
県民図書室の役割については、すでに読者の方々もご存知のことと思います。1984年の創立以来、県民図書室は、①学校教育現場の教師に教材、あるいは、研究資料としての図書や雑誌、映像資料を提供すること。②県民、県外の市民に図書や雑誌を提供すること。③教職員組合に関する史資料を収集、保存すること。以上の3点をその役割としてきました。しかし、2016年度からはその原点に立ち返り、③の史資料のさらなる発掘、整理を中心業務として、所蔵資料を活用できるような体制にしていく方針を打ち立てました(「共同時空」95号)。
③に関しては、これまで関係者のほかには、あまり知られていなかったことかもしれませんが、県民図書室には、戦後の教職員組合に関する膨大な史資料が所蔵されています。これらの史資料を活用すれば、県内の高校教育に関する学術論文が数十篇は書けるでしょう。これほど体系的に教職員組合(単位組織組合)の史資料が保存されている機関は稀有です。しかし、残念なことには、このことが研究者にはあまり知られていません。そこで、わたしは、幾人かの教育学領域の研究者に対して、県民図書室の重要性を宣伝し、アプローチをかけてみました。その結果、ある教育学者によって県民図書室の史資料が重要なものと評価され、2018年度から、日本学術振興会の研究助成を得て、劣化史料や貴重史料をデジタル化(=かつてのマイクロフィルム化に相当)することが決定しました。現在、順次、作業が進んでいます。
デジタル化によって、図書室の史資料は、半永久的に保存することが可能となります。さらに、閲覧や検索の利便性も向上しますし、研究者にその存在が認知されはじめたことで、今後、県民図書室の利用者や所蔵された史資料の引用数も増加することと思います。なお、タイミングのよいことに、2000年代に入ってから、教育学領域の研究者の間では、教職員組合の歴史や戦後教育史に関する学術研究がさかんになりました。また、歴史学者や社会学者、政治学者たちのあいだでも、戦後史研究への関心が向けられています。そうした人々の需要をキャッチすることができれば、県民図書室の公益性もさらに高まることでしょう。
このような県民図書室のあり方は、“開かれた学校”ならぬ、“開かれた県民図書室”の、ひとつの試みといえると思います。今後、さらに県民図書室が開かれた空間となって、様々な図書や雑誌、映像史料や貴重な史資料が有効活用されることを祈念しています。
 (かがわ・ななみ 日本大学法学部)
(1)
■ 続・ふじだなのほんだなから―県民図書室所蔵の資料案内―《3》 ■
「新制高校」誕生70年!
新制高校が発足して、ちょうど70年。人間でいえば、「古稀」(古来まれという意)だ。
■ クイズにチャレンジしてみよう!
遊びから学びへ。題して70年クイズ。しばしお付き合いください!〈答えは4頁下〉
【Q1】以下のうち、70年前(1948年)の出来事ではないもの(1つ)はどれか。
①A級戦犯7人の死刑執行 ②太宰治入水自殺 ③日教組の結成 ④教育勅語の失効、排除の国会決議 ⑤優生保護法の制定 ⑥祝日法の施行 ⑦帝銀事件 ⑧サマータイムの導入(52年まで)
【Q2】新制高校発足の1948(昭和23)年に開校した高校(今年が創立70周年)は次のうち、どれか。
①厚木東高校 ②大磯高校 ③鶴見高校 ④津久井高校 ⑤茅ヶ崎高校
【Q3】高教組(神高教)が結成大会を開催したのも70年前だが、何月何日か。
 ①9月15日 ②10月3日 ③11月3日 ④11月23日 ⑤12月1日 ⑥12月23日
【Q4】県内の男女共学は1950年に実施された。少数だが、48年実施もあった。何高校か。
①平塚江南高校 ②逗子高校 ③横浜緑ヶ丘高校 ④鎌倉高校 ⑤山北高校
【Q5】公立の女子高校数が今、一番多い県はどこか。①群馬 ②栃木 ③埼玉 ④福島 ⑤千葉
■ 「高校3原則」って、わかる?
70年前の1948年、戦後の混乱のなかで新制高校が産声をあげた。今日、新制高校という言葉は死語となったが、どのような理念や目標を掲げて創設されたのだろうか。県民図書室所蔵の蔵書(アンダーラインを引き、ゴシック体)を何冊か紹介しつつ概観したい。
発足当時、文部省学校教育局などから出された『新制高等学校の制度と教育』、『新制中学校・新制高等学校 望ましい運営の指針』、『新制高等学校教科課程の解説』の3冊は新制高校づくりのための手引書といえるものだ。『望ましい指針』には「その収容力の最大限度まで、国家の全青年に奉仕すべき」だとして、将来的には入試を「なくすべきもの」とある。
『新制高等学校教科課程の解説』には新制高校の目標として、①社会的公民的資質の向上、②個人的能力と特別な興味の発達、③職業的能力の育成、の3つを掲げている。
目標①は、さらに具体的に「新制高等学校は民主主義の経験を与えなければならない」など7項目が列挙されている。7項目目は「新制高等学校の生徒は、政治的行動に関する資質を高めなければならない」とあり、以下のような解説文がついている。
「新制高等学校の生徒は、政治問題について健全な判断することと自分の信ずるところを有効に表明する方法とを学ばなければならない」、「大切なことは、政治の研究はその形式上の機構に止まってはならない」、「学校はどんな種類の党派的教育もしてはならないが、政治という題目を排除すれば学校の使命を果すことはできない」。今日の主権者教育やシチズンシップ教育などより先を行くような教育方法がここに示されている。
 新制高校と同様、高校3原則も死語になっている。「3原則とは何か?」と問われ、即答できる人はどれくらいいるだろうか。「高校3原則」とは、小学区制・総合制・男女共学という3つの原則のことだ。総合制とは、複数学科が併置された高校を指す(例えば、相原高校には1960年代前半まで、農業科に加え、普通科と工業化学科があった)。小学区制といえば、横浜市内と津久井郡は1962年まで小学区だったが、その後中学区となり、周知のごとく今日では学区は撤廃され、全県1区となっている。
■ 「男子禁制」から男女共学へ
3原則の中で、導入が最も難しいとされたのが男女共学だった。「風紀が乱れる」などの理由から、全国高校学校長協会は共学化に反対だった。戦後の共学制の成立とその後について詳細にまとめた著作として、『男女共学制の史的研究』がある。
戦前までは「男女席を同じうせず」だった。小学校も高学年になると男女別のクラスとなり、その後、男子は中学、女子は高女と別学となった。それが、新制中学・高校では共学となった。今では笑い話になるが、当時、男女共学は「驚愕」の大事件だった。女子が1人入学した小田原高校(1900開校)では、「驚天動地」と大騒ぎとなり、校長が「好奇の目で彼女を見ないよう」に生徒にクギを刺したとか。
 県立第一高女(01開校)は共学化に伴い、“50年間の男子禁制”を破り、200人余の男子が入学した。校庭の隅にバラックの急造男子トイレが作られ、そこに長い行列ができた。
『若葉出づる頃 新制高校の誕生』には、男女共学1期生(広島では神奈川より早く、49年から共学実施)だった著者(当時高校3年)の体験が描かれている。「あの時代の学校の明るさを知ってほしかった。そして男女共学の最初の実践者としての貴重な歴史を、女の目で語りたかった」と。本書の後半では神奈川など他県の共学化にも言及している。
 ■ 県内では?
 県内の旧制中学や高女が新制高校へどのように移行したかをみるには、『学校沿革史の研究 高等学校編2』がお勧めだ。「旧制中等学校を前身とする神奈川県立高等学校の沿革史」、「神奈川県の高等学校沿革史における男女共学についての記述」という2つの論考があり、各学校において新制への移行や共学化の状況がコンパクトにまとめられている。新聞連載をまとめた『わが母校 わが友』(2分冊)には、湘南、横須賀、厚木、希望ヶ丘、平沼、小田原の各高校における共学化の様子が取材をもとに記されている。
 神奈川県戦後教育史研究会編『神奈川県戦後教育史研究』1~3号には「神奈川県における戦後教育改革に関する研究」(Ⅰ~Ⅱ)、「神奈川県公立高等学校入学者選抜制度の変遷」(1~3)、「市町村立学校の県立移管について」などの論文が収録されていて、県内事情を知るには格好の研究誌だ。『高等学校の社会史』には、「神奈川方式」と呼ばれた神奈川の入試制度の変遷を追った「高校入試制度の変遷と問題点」の1章がある。
 県民図書室編『戦中・戦後 神奈川の教育事情を聞く』(2001年発行)は元校長や教育長、教育センター所長をされた方々など8人にインタビューをし、それをまとめた労作だが、ここに登場する方々すべてが新制高校の草創期を経験されている。
 ■ おわりに
新制高校発足時、県立29、市・町立23、私立52校で公私同数だった。42.5%(50年の全国平均)だった高校進学率は70年代に90%を突破。希望者全入も可能だが、選抜は今もなお…。今秋、県立高校改革実施計画Ⅱ期案が発表される。夏の甲子園は100回大会を迎えたが、「高校100年」まであと30年。今後、高校はどう変わるだろうか。過去の70年に少し目を向け、未来像を考えてみようではないか。(文責・綿引光友)
学校図書館は、今…【13】 分教室のゆかいな仲間たち
                            山田 恵子 
住吉高校には中原養護学校の分教室があり、知的障害のある高校生が通っています。
 すれ違う生徒は「司書さん、こんにちは」とあいさつしてくれます。始業(9時)前や10分休みにも立ち寄ります(時には授業中に抜け出してクールダウンする子も)。昼休みには「とう!」と中二病丸出しで登場する、住吉生と混じっておしゃべりや貸出をする、ネットで好きな画像を繰り返し検索するなど、楽しそうな姿が見られます。放課後、友人どうしで本をお勧めしあっている時もあります。普通校生と一緒になる休み時間だと気後れしてしまう子は、担任と一緒に授業時間中に借りに来ます。読書の時間が作られると、「貸し切りだ」と喜びます。司書は普段通り、一人ひとりの好みや特性に合わせてサービスをします。
 最初から活発な利用があったわけではありません。利用や依頼があるたび「こんなこともできますよ」とサービスしていくうちに、気軽に話せる教職員や生徒の自由な利用も増え、授業利用も位置づいてきました。4月当初に分教室職員向け利用案内を配布するようにしてからは、名簿や総合の個人テーマ、授業利用時の事前連絡などもスムーズになり、相互貸借等での提供もしやすくなりました。総合の成果報告会に呼ばれ、講評を述べると、それまで支援を断わられていた生徒とも笑顔で会話できるようになりました(司書への親近感大事!)。職業の授業のための清掃活動場所として提供し、保護者授業参観も図書館で行われています。年度末には環境班全員であいさつに来てくれます。3年生一同も卒業式前にあいさつに来て、今年は生徒の描いた絵をプレゼントしてくれました。異動後には、教員と生徒からお礼の手紙が来ました。
 特別支援学校にも、司書がいる学校図書館は必要です。すべての生徒に図書館は楽しい・居心地がいい・知が広がることを経験してもらいたいものです。
(やまだ・けいこ 県立向の岡工業高校)
【2頁のクイズの正解】Q1=③、Q2=⑤、Q3=②、Q4=④、Q5=①
2 9000016         2018/05/25   本館 開架 所蔵      
3 9000015 NO.98       2018/05/25   本館 開架 所蔵     「ブラック企業」効果!?
-DVD「ブラックバイトに負けない!―クイズで学ぶしごとのルール」の使い方-
阪本 宏児 
 「ブラック企業」効果とでもいうべきだろうか。私たちにとっては「働き方改革」が、生徒たちにとっては「ワークルール」学習が、自然に受け容れられる素地ができつつあるように感じる。本当は昔から定着していてしかるべき事柄なのだが、そうはなってこなかったのが現実である。この効果だっていつまで続くかわからない。折角の機会を逃したくないと思う。
 私が勤務する総合学科高校では、「総合的な学習の時間」とは別に、教科書なき必修科目「産業社会と人間」が設置されている。勤務校では総学+産人5単位分を「未来探索」と名付けて一体的に運用しているが、開校から13年を経た今日に至っても、コンテンツの「探索」は続いている。そこで2年前から、ワークルールや雇用問題を考える学習をかなり大胆に取り入れてみた。
 表題のDVD作品は県民図書室から借用し、継続的に活用している教材の一つである。監督はドキュメンタリー映画「フツーの仕事がしたい」で注目を浴びた土屋トカチ。期待度高めで本作を視聴してみると、ごく穏当な教育ビデオ風の出来映えだったりするのだが、その分使いやすい。○×中心のクイズ形式で、実例を交えながらワークルールに関する解説が進んでいく。授業で使用する際は、解答欄と正答欄、それに正解を聞いてのメモ欄を加えたワークシートを1枚用意してほしい。シートを回収すれば、ワークルールに対する生徒の認知度合いもわかるし、アルバイト実態を垣間見ることもできる。例えば、Q4「時給の計算単位は15分単位?」という質問(正解は1分単位なので×)に対しては、「知っていた」とする生徒も少なくない一方、「バイトが15分単位と言われていたので初めて知りました」と記す生徒もいたり、Q10「誤って皿を壊した  弁償は当然?」という質問(正解は×)に対しては、「サ×××ヤではそういうことはないので良いバイトだと思った」といった具合だ(ちなみに、一昨年は同じFC店について「皿を割ると引かれる」と書いていた生徒もいたが…)。
 当初は外部講師の講演とセットで上映していたが、今年度は生徒たちがアルバイト体験を共有しあうグループ学習「バイトで困ったこんなこと」(この授業については『ねざす』No.56、2015年参照)とセットにして、バイト先での疑問に対する解答例として本作を使用してみた。バイト率8割を誇る本校生徒たちの反応から、ある意味「ブラックバイト」慣れしている状況や、「知る」ことが必ずしも行動につながるわけではないことも思い知った。とはいえ近い将来、より困った事態に直面した際には、こうした自己参照的な学習経験こそが生かされてくるのではなかろうか。
 ところで、授業導入時に私が何より懸念したのは教員側の受け止めであった。実際、「こんな社会科みたいな内容、私にはムリです」と若手教員の一人からはっきり言われたこともある。そもそも私たち自身が労働無法地帯の住人だけに、「残業代なんてもらえなくても仕方ない」とどこかで思ってはいないだろうか。幸いそれは杞憂だったようだ。近年の採用者には民間企業経験者も多く、むしろ狭義の労働法教育にとどまらない、「働き方のリアル」を生徒たちに示す貴重な時間となっているようにみえる。
 「ブラック企業」効果が持続しているうちに、授業内容も私たちの働き方も、新たな一歩を踏み出せればと思う。                                      (さかもと・こうじ 鶴見総合高校)
(1)
■ 続・ふじだなのほんだなから―県民図書室所蔵の資料案内―《1》 ■
60年前の「高校神奈川」『定期大会議案書』を発掘!
■ 再登場にあたって
 本号から再スタートする「続・ふじだなのほんだなから」は、本紙編集も兼任する資料整理委員会メンバーによるリレー連載となる。各委員が県民図書室にある図書や資料をそれぞれの視点から取り上げ、紹介する。ご愛読いただけたら幸いである。
■ 資料整理作業中に見つけたお宝資料
7月から、図書室内やその前廊下などに山積みされ、ほこりにまみれた段ボール箱に押し込められていた古い資料の整理をし始めた。司書の佐久間さんの助言を受けながら、それらを取り出し、項目ごとに分類したうえで、開架式書架に並べ、閲覧できるようにしようと考えている。すべての資料を見たわけではないが、最古の資料はおよそ70年前のもの。筆者の「鑑定」では、これは教育センターもビックリのA級資料ではないか。
前述のA級のお宝資料もいずれ、当欄で紹介したいと思っているが、今回は60年前の組合機関紙「高校神奈川」を取り上げてみたい。
■ これが旧教育会館の平面図だ!
高教組は、結成(1948年10月3日)以来数回、組合事務所(本部)の引っ越しをしている。そして現在地の藤棚に教育会館を構えるようになったのは、56(昭和31)年。56年といえば、今春退職した方々が誕生した年だ。木造平屋造りの教育会館が取り壊されたのが82年だから、この旧会館のことを知る現役組合員もごくわずかに違いない。
古い教育会館の設計図面が掲載されている、当時の「高校神奈川」(1956年4月28日発行。B5両面印刷)を見つけた(次ページを参照)。周知のように、当会館の敷地は神中(現希望ヶ丘高)の跡地(約200坪)である。伊藤博県議(当時。元高教組委員長)の尽力で、この土地を県から借り、たまたま移転することとなった県所有の建物(74坪)をそっくり買い取り、この建材(古材)を六角橋から藤棚に運び、旧会館を建設したのである。
当時、39分会、組合員1,700名。大会議室は22.5坪とある。筆者は2年目の71年から3年連続で分会代表者会議(分代)に出ていたが、「部屋中もうもう、座席ギュウギュウ(牛々)」だった。宿直室には、筆者が「ゴッドマザー」と呼んでいた管理人のKさんがいた。その真向かいが謄写室。「トーシャ」って分かるかな?「盗写」じゃないよ。トイレは男女別ではなく、分代の時は行列ができ、腹痛でなくとも苦しい思いをさせられた(苦笑)。
■ “俺たちの城”(元委員長小室さんの口癖)をつくろう!
73年から百校計画がスタート、83年には17校の新設が予定され、分会数が150になると見込まれた。そこで83年3月を目途に、会館の建て替え工事を実施することになった。
(2)
「旧教育会館の設計図と「高校神奈川」の速報版
印刷された「共同時空」98号をご覧ください。
82年6月、仮事務所を旧商工高(現横浜綜合高)内へ。8月から工事が始まり、翌83年5月、今の高校教育会館が竣工した(当時の分会数は143分会、組合員数は7,500名を突破)。
■ 欠番だった定期大会の議案書を発見
上に掲げた「高校神奈川」とともに、当時の定期大会議案書を何冊か見つけ出した。旧会館建設中の56年5月に開催された第11回大会、さらに翌57年の第12回大会の議案書がそれである。しかも両者は、これまで県民図書室には保存されていないものだった。
第11回大会議案書の「56年度運動方針案」には、「斗いを前進させるための自己批判」との項がある。そこでは、「すべての斗いが千七百組合員全部のものになり得なかった」「執行部の活動に種々の欠陥があった」など、8項目に及ぶ組合活動に対する弱点が指摘され、その後に「斗争の目標」と「斗いを発展させるために」との見出しが続く。議案書はわずか30ページ。今と比べると、薄く見えるが、60年前の高教組が厳しい状況下、どのような課題に直面し、その解決に向け、取り組んできたかを知ることができる。(文責・綿引光友)
今年度から、共同時空の編集は、4月から発足した資料整理委員会が行います。また、経費削減のため、4p建て、手刷りで印刷します。図書室に関する情報をこれまで以上に発信していくつもりですので、ご意見、ご要望をお寄せください。
(3)
学校図書館は、今…    定時制、通信制の15年をふまえて
                                    熊澤 弘美 
 「2003年4月から県立高校夜間定時制・通信制に非常勤司書が配置される事になった」という情報に、とても驚きました。私の出身校には定時制があり、全日制と同じように図書館を利用し、司書がいるものと思っていたからです。「総合的学習の時間の本格的実施に対応する」ということでしたが、「今になって、なぜ?」と。当時、公共図書館に勤務していましたので、学校現場の困惑も伝わってきました。教員とともに授業を組み立てる困惑?2人目の司書との協働?もしかしたら、定時制・通信制の生徒に対する不安だったかもしれません。
 その4月、縁あって定時制に週2日×4Hの8時間、学校司書として勤務することになりました。この時間制約の中で、まず何を省いて、何をすべきか。生徒と向かい合ううちに見えてくるものを信じて、選び実行してきたつもりでした。しかし、生徒の個別な特性に出会うたびに模索し、学校内での孤立感や情報共有の術のない状況にもがいていた日々でもありました。成果としては、全日制の生徒や教員に「定時制の司書」と認識してもらったことぐらいかもしれません。
 現在の学校は、県内唯一の三課程併置の単位制、フレキシブルスクールです。週29Hの勤務ですが、三課程の生徒や教員(保護者も)が9時から21時まで図書館に混在し、具体的な“教育の機会均等”が求められます。より細かな配慮を必要とする図書館活動のためには、司書の常勤が重要です。定時制、通信制への非常勤司書配置から15年目の現在、19校のうち10校で勤務時間増が実現しています。また、夏休み中の図書館開館のために司書が通年雇用となった学校もあります。
全日制の司書とともに、定時制・通信制でも常勤司書がすべての生徒・教員にわけへだてなく対応できることが大切だと考えています。
                      (くまざわ・ひろみ 厚木清南高校 定時制)
雑誌紹介―季刊教育法193号(2017年6月刊)―
顧問個人への損害賠償請求
―大分地方裁判所の判決(2016年12月20日)をめぐる特集―
裁判の対象となったのは、大分県立高校の剣道部で起こった熱中症死亡事故である。この判決で裁判所は顧問個人に損害賠償金の一部(100万円)を負担するように命じている。特集したということはこの裁判が象徴的な事例だからである。
実際に死亡事故が起こったのは2011年夏休み中の部活動。熱中症でふらふらになったK君に剣道7段の顧問は“芝居だろう”といって、たたいたり蹴ったりした。気合いを入れたのである。これだけ見ると極端な指導で象徴的とはいえないと思う方もいると思うが、現在あちこちの学校事故をめぐる裁判で顧問個人の責任を問うケースは増えている。そういう意味では象徴的なのである。特集は判決の分析はもちろん、K君のご両親へのインタビュー、「訴訟に備えるための保険」に関するインタビューも掲載している。なお、季刊教育法は大分県の事例について187号などでも取り上げており、あわせてみることができる。
発行 (一財) 神奈川県高校教育会館県民図書室 佐々木克己
〒220-8566 横浜市西区藤棚町2-197 電話045-231-2546
                  メール kenmintosyo@mbn.nifty.com
4 9000014 NO.99       2018/05/25   本館 開架 所蔵     丘の上の図書室
                       いのうえ せつこ
「読書と映画」
 私の頭の中味は、「読書」と「映画」でつくられていると言ってもおかしくない。
 幼児の頃の私は、母親に言わせると「ご飯よ!と呼んで来ないときは、本箱の前に座って、字も読めないのに本のページをペラペラめくっていた」らしい。字が読めるようになると、家中の本や雑誌を手当たりしだいに読みまくり、何軒かの本屋ではツケで本を購入することを許されている。
 小学校4年生にもなると、少女雑誌等の文芸欄に投稿を始め、商品や賞金をゲット!してお小遣いに。現在のフリーライターの職業は、その延長線上にあると言って、過言ではない。
 太平洋戦争が終わって(1945年)、それまで禁止されていた欧米の映画が見られるようになると、家の近くの洋画専門の映画館に高校生だった叔母たちに連れて行ってもらい、邦画は祖父母と一緒に観た。中学生になると、午後の授業をエスケープして映画館に通い、翌日に生徒指導室で教師に「くだらない授業より映画の方が、よほど勉強になります」と、生意気なことを言っていた。
 そして、現在、高齢者になった私の楽しみは、映画館で映画を観ることである。大きな画面の中で、行った事のない国や見知らぬ人物が織りなすドラマやドキュメントの世界は、何より頭脳の活性化だけではなく、多くの歴史上の知識や文化を教えてくれる。昨2017年に観た映画は、64本。同好の人たちとのワインを片手に映画の感想を話し合う時間も楽しい。
「県民図書室」
 地域でのサロンで、「映像」を使った講座の計画をしたところ、紹介されたのが、県民図書室である。バスで藤棚商店街前で下車。ちょっと急な坂を上り切ると、神奈川県高等学校教育会館に。その会館の玄関から狭い階段を降りると、そこに「県民図書室」がある。
 聞くところによると、1984年に神奈川県高等学校教育資料センター所属の資料をもとに設立されたとか。現在、「図書」約2万冊。DVDやCDの「映像」約2300本。主に「教育関係」だが、見たところ、私が映画館で見た映画もあって、教育関係と言っても、その種類の巾は広い。
 私がお借りした映像は、第二次世界大戦を追った「映像の世紀」シリーズ等。団塊の世代は「映像」の文化で育った世代である。だが、東京などの映画館では、年代を超えた観客の姿がある。
「読書」や「映像」は、知識を拡げるだけではなく、権力のプロパガンダに利用される恐ろしさも忘れたくはないが、何より現在の情報過多の時代に生きる私たちにとって、「読書」と「映像」は、欠かすことの出来ない武器である。
 青春時代に触れる「読書」や「映像」は、その後の人生に大きな影響を与えることは間違いない。「本」と「映像」の宝庫、「県民図書室」に、ぜひ、多くの人が足を運んでもらいたいと願っている。ホームページも、参照いただきたい。
(フリーライター、著書に『地震は貧困に襲いかかる―「阪神・淡路大震災」死者6437人の叫び』花伝社 他)
■ 続・ふじだなのほんだなから―県民図書室所蔵の資料案内―《2》 ■
高校新指導要領の告示を間近にして―資料紹介―
太字は県民図書室所蔵図書
■ 高校学習指導要領(案)が発表される
  今回改訂される高校の指導要領は地歴公民で公共、歴史総合が登場するなど大きく変わりますが、新しい科目が登場するだけではなく、小中高を通じた、大きな変化があります。それは「内容からコンピテンシーへ」という言葉に代表されるように個々の内容もさることながらその内容を通じてどのようなコンピテンシー、「資質・能力」を育てるか、ということが強調されていることです。
■ 資質・能力って何?コンピテンシーって?
 直接に文部科学省のHPにアクセスして中教審答申やその前に出された「論点整理」を見るのもよいですが、そうした文章の基礎となっているのが『資質・能力 理論編』(東洋館出版社)です。国立教育政策研究所が出したもので、「資質・能力」とは何か、知識とはどこが違うのか、といったことがわかりやすく書かれています。いわば入門編でこれを読むと国立教育政策研究所が教育政策のシンクタンクになっていることがよくわかります。補足的に岩波ジュニア新書の『質問する、問い返す』を読むのも良いかもしれません。
■ 論争の的になっている新指導要領
 いつものことではありますが、今回の指導要領改訂はひときわ激しい論争の的になっています。
■ 全否定に近い反対論
日教組教育総研の『教育と文化』87号は、「学習指導要領大改訂の大問題」という特集で批判を展開しています。批判のポイントは教育方法にまで規制の網を広げているという点です。このポイントは批判する立場の共通点で、『民主教育研究所年報2016 新指導要領を読み解く」はより包括的に批判を展開しています。教育法的に論点を整理しているのは『教育法学会年報 立憲主義の危機と教育法』(46号 2017年)です。
■ 教育学分野では賛否両論
問題点を指摘しつつ、肯定的に評価しているのは教育学会の学会誌『教育学研究』84巻1号のシンポジウム「“育成すべき資質・能力”と“アクティブ・ラーニング”をめぐって」です。「我が国の教育実践の歴史と伝統の中で培われてきた良質な実践が、ようやく文部科学省レベルで認知されてきつつあると捉えることもできる」と述べています。日大の広田照幸さんは2017年3月の『世界』で朝日新聞の氏岡真弓さんとの対談「新しい学習指導要領は子どもの学びに何を与えるか」で(新指導要領は)「それほど悪くはない」と語っています。少し違った視点で特集を組んだのが『教育』18年2月号、「私の“主体的/対話的で深い学び“」です。
部活動についての資料紹介
                             太字は県民図書室蔵図書
戦前は運動部などが校友会という組織を作って活動していました。教育課程という考え方が入ってくる前のことです。校友会時代のことは旧制時代からある高校の学校史に書かれています。例えば「湘南50周年史」には戦後の校友会各部の活動についての記述があります。
■ 1970年前後
1970年告示の学習指導要領から必修クラブが導入され、クラブは教育課程内で、部活は教育課程外という整理が行われます。給特法が制定され、教員には、基本的に超過勤務が命令できなくなり、部活動に関しても様々な試みが始まります。こうした中で当時の高教組書記長の小室実さんが提案したのが「小室私案」(1972年)です。
小室私案は将来の学校五日制をも見通した抜本的な部活動改革案でした。一部実現したものもあったのですが、やがて忘れられていきました。
■ 完全学校五日制にむけて
 1992年9月から月一回の学校五日制が始まります。以後2002年の完全実施に至るまで学校は試行錯誤で五日制への準備を進めていくことになりました。この辺りのことは「ねざすNO10」「ねざすNO12」に詳しく述べられています。部活動をどうするかということも大きな課題として意識されていました。
 1994年神奈川県は「運動部活動研究協議会」を発足させ、「運動部活動考」という報告書を発刊します。この報告書によって運動部活動の意義、問題点等は出し尽くされているといって良いと思います。簡単ですが、歴史についても書かれています。報告書には学校五日制を前にした危機感が感じられます。
 同じ1994年から活動していた高教組部活問題検討委員会も1997年に職場討議用資料として「部活動の未来を探る」を発刊しました。この報告書は「現在の部活動を解体し、学校内及び学校外のそれぞれに、目的に応じてスポーツをすることができるシステムを設置する」という改革案を提起しているところに特色があります。 高教組の部活動問題検討委員会はメンバーを県の「運動部活動研究協議会」に送りました。
 この時期、全教や日高教も部活動についての検討を行い、報告書や討議資料を発刊しています。「部活動の現状と改善の方向」(日高教・部活問題検討委員会)「部活動をどう考えるか」(全日本教職員組合部活動問題検討委員会)がそれです。
■ 完全学校五日制実施後から現在まで 
 学校完全五日制実施後、土日の活動については競技団体等によって配慮がされた時期がありましたが、やがて元に戻ったように思います。現在に至るまでの部活、特に運動部活動については「ねざすNO50」「ねざすNO51」に幾つかの論考があります。
■ 部活動問題を鳥瞰するためには 
 専門書が二冊あります。中澤篤史「運動部活動の戦後と現在」と神谷拓「運動部活動の教育」です。中澤さんには「そろそろ、部活のこれからを話しませんか」という本もあります。
学校図書館は、今…    盲学校の図書館より 
                          池上 みちる 
県立高校から盲学校へ異動し、4年程経ちます。初めて勤務する特別支援学校では、先生方や幼児・児童・生徒の求めに応じているうちに時が経ち、知りたいことや勉強することはまだたくさんあると思うこの頃です。図書館業務の中には、点字本や音声図書(デイジー)、拡大図書などを提供するために、点字印刷機やデイジー作製ソフトを使ったり、ボランティアさんに製作依頼をしたりと、高校の図書館とは手法が違う点もありますが、リクエストを大切にしたい、利用者ひとりひとりの顔を思い浮かべながら選書をするという基本的な考え方は変わりありません。それが盲学校で仕事をする上でも推進力になっていると思います。
現在県内の特別支援学校のうち学校司書が配置されているのは、ろう学校と盲学校のみです。盲学校に見学に来られた他校の図書館担当の先生方によると、図書館や図書の整備をどうしたらよいか悩みながら行っているようです。また関東甲信越地区視覚障害教育研究会の図書館部会に毎年参加していますが、学校司書がいるのは埼玉県と神奈川県と横浜市のみです。都立の盲学校の中には、都教育委員会の指定により言語能力向上拠点校になったことをきっかけに整備を進めたり、図書館活動が活性化されることもあるようですが、それ以外の盲学校の先生方からは「多忙で送付物の整理だけで精一杯」「学校司書さえいれば…」という声を複数聞きました。中には教室不足のため、ある教室と図書館が兼用になってしまい、他学年の生徒が入りづらいなどスペースの確保さえ難しい学校もあるとのことです。
なぜ特別支援学校の図書館は、こんなに取り残されてしまっているのでしょうか。ひとりひとりの障害の状態や成長に合わせてきめこまかく教材を用意している先生方や、本の世界を楽しめる幼児・児童・生徒がいるのに、と思います。       (いけがみ・みちる 県立平塚盲学校)
雑誌紹介―POSSE(2017年9月刊)―
NPO法人POSSE(ポッセ)は労働相談、労働法教育、調査活動、政策研究・提言を若者自身の手で行うNPO法人。現在、年間およそ3000件の労働相談・生活相談に対応している(ホームページ)。NPO法人POSSEは、都内の大学生・若手社会人によって2006年に結成され、季刊で機関誌「POSSE」を刊行。今回取り上げるのはvol.36。今号の第一特集は「ソーシャルハラスメント」。ソーシャルハラスメント(ソーハラ)とは、FacebookやlineなどのSNSが職場で用いられる場合に、SNSを介して起きているハラスメントで、長時間労働が誘発され、プライベートな領域まで職場の論理に組み込まれてしまうそうだ。特集中「これからの『ソーハラ』航海術」で、津田大介は「公私混同」という言葉に問題点が集約されると指摘する。第二特集は「教員と労働問題」、特別企画は「医療労働問題と組合運動」で労働最前線がわかる読み応えのある雑誌となっている。 
発行 (一財)神奈川県高校教育会館県民図書室 佐々木克己
〒220-8566 横浜市西区藤棚町2-197 電話045-231-2546
                  メール kenmintosyo@mbn.nifty.com
5 9000013 NO.97       2018/05/25   本館 開架 所蔵     共同時空No.97
現代世界をどうみるか― エマニュエル・トッドを読んで ―
石橋 功
 昨年,予想を超えて驚いたことが2つある。一つは,イギリスのEU離脱であり,二つ目は,トランプ大統領の誕生である。イギリスのEU(ヨーロッパ連合)離脱については,NHKの特集で大学生のほとんどが離脱に反対しているのを見て,大英帝国の夢を捨てられない年寄りと現実を見る若者の対立であると思い,結果的には,経済的に不利となる離脱をイギリス国民は選択しないだろうと思っていた。ところが,結果は離脱派が勝利した。
 またトランプ大統領誕生については,あのようなトランプ氏の極端な政策を,移民を受け入れることで発展してきたアメリカ合衆国の国民は,最終的には拒否するだろうと考えていた。しかし,現実は違っていた。このようによくわからないことが続いたとき,エマニュエル・トッドの『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』(文春新書,2015)と「シャルリとは誰か?」(文春新書,2016)という2冊の本を知人に薦められ,これを読むことで,イギリス国民のEU離脱の選択とアメリカ合衆国におけるトランプ大統領の誕生の原因を一定理解することができた。
 日本人の頭では,「EUは国境線をなくして人と物の自由な行き来をしていった結果,国境紛争もない平和な条件をつくりあげた理想的なもの」であり,そこが壊れるというのは歴史的後退と考えてしまう。またNAFTA(北アメリカ自由貿易協定)の見直しで,現在,関税をゼロとしているアメリカ・メキシコ間の貿易に関税をかけるかもしれない,というトランプ大統領の政策も同じように歴史的後退と考えられる。EUについてトッドは言う。「EUとは形を変えたドイツ帝国」と。安価な東欧の労働力を使ってドイツはEUを経済的に支配し,その結果,アメリカやロシアと対立するようになったと。イギリス人は,ドイツに支配されるEUに留まるのには抵抗があり,いずれ離脱を選択するであろうとドットは1年前に指摘している。この指摘は,1991年のソ連解体の構図を思い出すと理解できる。実際は,ロシア帝国であったソ連。その支配の源は,石油と天然ガスであった。ソ連圏にいる限り受け取れた安価な石油と天然ガスを,ロシアが供給できなくなった結果,東欧の非共産化とソ連の解体が生まれた。この逆を行き,EUの拡大と共にドイツの支配権は広がっていくようである。EUでもNAFTAでも,グローバル化で,うるおうのは強い国や強い個人であり,弱い国や弱い個人は落ち込むようである。
 「シャルリとは誰か?」は,なぜフランスでイスラーム系のテロが起こるのかを的確に指摘している。フランンスの社会党のオランド政権はシリアの空爆を行っている。そういった意味では,その報復にテロが起こるのは当たり前のことであるとの指摘は納得できる。なぜなら,フランスにおけるイスラム国のテロを大きく報道する日本のマスコミは,フランスがイスラム国への空爆を行っていることを,ほとんど報道しない。そのことが我々の誤解を生むのである。また,「シャルリ・エブド」襲撃事件を受けて「私はシャルリ」と叫ぶことは,諷刺によるムハンマドの冒涜を「表現の自由」の中で認めるということであり,フランスに住む500万のイスラーム教徒はこれを認めることができないという指摘も,私はまさにその
通りだと思ってしまう。
 また,この本は,現在のフランスの状況を的確に教えてくれる。以前,私が学んだフランスの状況は,フランス革命の光の部分に注目する社会党・共産党の左派と陰の部分に注目する保守派が対立している状況(この部分に関しては『世界史をどう教えるか』(山川出版社,2008)が詳しい)であり,保守派を支えているのはカトリック教徒であるという認識であった。しかし,現在,全体主義的コミュニズムの系譜をひくフランス共産党は,政治的にほとんど影響をもたない存在になったこと,また,カトリックもフランスでは衰退していること―教会のミサに参加する教徒は国民の1%であり,日本の仏教徒のほうがフランスのカトリック教徒より多いという事実―も紹介されている。こうした世俗化は,ライシテと呼ばれる政教の分離の延長上の世俗主義の浸透が結果であろう。このライシテがイスラーム教徒に向いたとき,イスラーム教徒の女性が普通に身につけるスカーフ等も学校等公共の場では禁止となる。ライシテの名のもとにイスラーム教徒は確かに抑圧されている。
 この本でもう一つ注目すべきは,次の内容である。1%の富裕層・42%の中産階級・57%の庶民層という階層分化がされているフランスで,国家のヘゲモニーを握っているのは,中産階級―年金生活の高齢者で,カトリック教徒のゾンビ(カトリック的サブカルチャーが残っている存在)であること,この層が社会党のバックボーンとなっていることである。この層は,EUによる統合などのグローバル化の恩恵を受けている。これに対して,極右の国民戦線の支持層は,グローバル化による不利益をこうむる労働者という指摘である。
 グローバル化ということで,フランスもイギリスもアメリカ合衆国も多くの移民を受け入れた。このことに対する反発が,イギリスのEU離脱とトランプ政権をもたらした。移民をほとんど受け入れてこなかった日本は,今のところこの問題には直面していない。しかし,グローバル化の動きは,TPP(環太平洋連携協定)などで日本にもせまっている。
(県民図書室室長)
学校図書館は、今・・・
初めての異動
吉岡靖子
「おはようございます!」元気な声が聞こえる。
目と目があって、少し立ち止まってお辞儀する。なんて礼儀正しく爽やかなのだろう。
生徒にとっては日常の朝の挨拶・・・。でも、この挨拶にどれだけ元気をもらったことか・・・。
2016年4月、私は初めての異動を経験した。と言っても、2011年に臨時学校司書として高校の図書館で勤務することになり、6年目にして初めての異動となったわけである。
5年間勤務した前任校に別れを告げ、異動校に初出勤した日は何だかとても緊張し、着任者が集められた部屋ではお互いにあまり言葉を交わすこともなく、バタバタと朝の打ち合わせへ。
しかし、私はうかつにも、職員室での自分の席を確認しておらず、席が分からないまま、隅っこの方で居心地悪く小さくなって、異動初日の朝の打ち合わせをやりすごした。
すると、「吉岡さん、吉岡さんの席はここですよ。」と隣の席の先生が声をかけてくださった。心細い時に受けた親切は、いつもより沁みる。前任校でも周りの方々に助けていただいたが、ここでも・・・。とても嬉しかった。
さて、初出勤からの数日間は何をするにもわからないことずくめ。校内の移動すらいちいち案内図で場所を確認しなくてはままならず、図書整理室では必要なもののありかがわからなくて、探しものばかり。
おまけに年度初めはいろんな会議が目白押し。分掌の会議・学年の会議、どれもとても緊張して疲れる。仕事は山積なのに、全くスムーズにこなせないことに戸惑い、落ち込む・・・。
「途方に暮れる」という言葉はこんな時にこそ使うものかと思った。
しかし、「平常心が大切!」と自分に言い聞かせ、図書館を隅々まで歩いてみる。そして図書館へのご挨拶代わりに、0類から順に書架整理を始める。ふと気がつけば、さっきまでの不安な気持ちはどこかへ消え、反対にわくわくしてきた。
一心不乱に書架整理する。すると、私がこれから取り組むべき課題が見えてくる。何をするべきかは他でもなく図書館そのものが教えてくれた。司書で良かった!改めて、そう感じた。
そして迎えた始業式の日。
生徒が図書館になだれ込んでくる。お目当てはラノベ?コミック?
みんな新しく来た司書に興味があるのか、声をかけてくれる。
「私、図書委員でした。今年も図書委員になるので、学校祭のことなど去年のことなら何でも聞いてください。」・・・何と頼もしいことでしょう。「よろしくお願いします。いろいろ教えてね。」
早速、読書相談をする生徒も。「何かお薦めの本はありますか?」「どういうのが好き?ミステリー?恋愛?」「これ読んだことある?」「これ知ってます。面白かったです。」「・・さんの本好き?」・・・・などと会話が弾む。
私も仕事柄、なるべく多くの本に触れることを心がけているが、これは・・・と唸るような本はそう頻繁には出会えない。
しかし、こんな時はその中でも珠玉の一冊をお薦めする。
本を返却に来た生徒が「この間薦めてもらった本、すっごい面白かったです。」と言ってくれると、自然に顔がほころぶ。
司書冥利に尽きるとはこのことである。
図書館があって、生徒がいて、司書がいる。この3つが反応して、毎日何かが生まれている場所・・・それが学校図書館。
生徒とのやりとりから、生徒の好み、問題意識、求める情報などを汲み取り、それらの様々な要素が図書館に変化をもたらす。もちろん、先生方の温かいご支援も不可欠。(いつも感謝しています。)
インドの図書館学者ランガナタンの図書館5法則の1つである、A library is a growing organism.(図書館は成長する有機体である。)という言葉を思い出す。
これから、この図書館をどんなふうに成長させていこうか。
「おはようございます!」今日もこの言葉で図書館の新しい一日が始まる。
(藤沢清流高校)
書評と紹介
関口久志著
「性の“幸せ”ガイド~若者たちのリアルストーリー~」
エイデル研究所 2009年6月刊
 著者の関口久志氏は、元高等学校の保健体育科教諭である。初めて赴任した定時制高校での保健の授業の際、人工妊娠中絶について教科書を読みながら授業を進めていたら、「先生、そんなん言うても、うちもう3回中絶したことあるで」とある女生徒から言われたそうだ。そのことが契機となり、目の前にいる生徒たちの“幸せ”につながる性教育の在り方を模索し、近代的な性(セクシュアリティ)教育の原則である①性を肯定的に捉える、②性を科学的にみる、③性の多様性を認める、をポイントに生徒の交流を重視した教育実践を行ってきた。教員を退職後、数多くの大学で性やジェンダーをテーマにした講義を受け持っている。本書は、その授業や講義の際に生徒や学生が書いたコメント(リアルストーリー)をもとに、月経・射精の相互理解、恋愛と相手の想い、性と暴力、性の商品化など幅広いテーマを展開し、人間の性について深く考えさせる内容になっている。
 リアルストーリーの一つをご紹介する。「今、つきあっている彼のことが好きです。しかし、大事にしてくれているという実感が全くありません。セックスの最中でも電話で友達に呼び出されて、帰ってしまったり、私を帰したりします。避妊もしてくれません。お願いしても『嫌だ』と言われ続けました。彼を信じていたのですが、授業を毎回受けるうちに『こんなのはおかしい』と思い始
めました。まだ彼のことは、ただの子どもで悪い人じゃないと思いたい、信じたいという部分がありますが、大事にされていない自分自身を、私自身大事にすることができません。(後略)」
 保健室で出会う生徒たちも、自らが抱える性に関する悩みについて、向かうべき方向が頭では分かっていても、相手や周囲の人がどう反応するか、どう思うかを気にして動きが取れないことがよくある。このように、性に関する事柄は、自分一人が正確な知識を得ても、実生活ではそれを活かせない現実を多くの若者が抱えている。だからこそ、性教育は単なる知識の伝達ではなく、自分も他者も大切にし、関係を築いていく力を養い、さらには私たちを取り巻く社会の課題に取り組む態度を育てる教育でなければならない。
 このような教育を展開することは、私たちが生まれながらにして持っている自由、尊厳、平等に基づく普遍的な人権の一つである「性の権利」を保障することにつながる。「性の権利宣言」は1999年に性の健康世界学会で採択され、2014年に改訂されている。この宣言によると、私たち人間のセクシュアリティ(性)は、生涯を通じて人間であることの中心的側面をなし、生物学的性、性自認と性役割、性的指向、エロティシズム、喜び、親密さ、生殖がそこに含まれる。そして、セクシュアリティは、生物学的、心理的、社会的、経済的、政治的、文化的、法的、歴史的、宗教的、およびスピリチュアルな要因の相互作用に影響されるものである。さらに、セクシュアリティは、喜びとwell-being(良好な状態・幸福・安寧・福祉)の源であり、全体的な充足感と満足感に寄与するものである。
 現状の日本の学習指導要領は、性を体系的に、包括的に学ぶようにはできていない。子どもたち
の性の権利を、well-beingの源を十分に保障する内容ではない。そのことに歯がゆさと危機感をお持ちの方も多いであろう。しかし、本書に綴られているリアルストーリーと、著者の講義が浮かぶような優しい語り口によって、まずは自分の目の前の子どもたちの性の幸せから考えようという使命感と勇気が湧いてくるだろう。
 私たち大人の性を信頼と喜びに満ちた豊かなものにしていく努力も必要かもしれない。
(鶴見高校 養護教諭 福島静恵)
秋田 茂・永原陽子・羽田 正・南塚信吾・三宅明正・桃木至朗 編著
『「世界史」の世界史』
ミネルヴァ書房 2016年9月刊
2006年に明らかとなった「世界史未履修問題」は,歴史教育や歴史研究に関わる者に対し様々な問題を投げかけた。それは,世界史ではなく日本史の必修化の是非であるとか,用語の暗記を中心とした教育方法に対する批判であるとか,大学の研究と教科書の記述との乖離であるとか,広範な分野にわたっていた。これら,制度や方法論をめぐる個別の議論がなされる一方で,従来の「(高校)世界史」の枠組み自体を再検討する動きも,少しずつではあったが着実に,大学・高校双方の立場から進められてきた。再検討の主たる課題は,「日本史」と「世界史」との分断をどのように解消すべきかということで,その過程で『大人のための近現代史19世紀編』(東京大学出版会,2009)『市民のための世界史』(大阪大学出版会,2014),『新しく学ぶ西洋の歴史―アジアから考える―』(ミネルヴァ書房,2016)など意欲的な概説書が刊行されてきた。そして,これらの成果を一段掘り下げた研究書として「MINERVA世界史叢書」(全16巻)の刊行が始まった。
 本書は,その総論にあたり,人類が各地域に描いてきた世界史像を読者に示し,それらの中からいわゆる近代(西欧的)歴史学がどのように成立し,そこにはどのような問題点があったのかということを論じている。第Ⅰ部では,「さまざまな世界像」という表題で,日本・中華(中国)・古代インド・「周辺国」(日本・朝鮮・ベトナム)・ギリシア・キリスト教世界(中世ヨーロッパ)・イスラーム世界・アイヌ・メソアメリカ・サン(ブッシュマン)を取り上げ,各々の世界像を概観している。ここでは,諸地域の多様な世界観を改めて認識するとともに,これらの世界観が風土や言語・宗教などで区分される「閉じた」地域内で専ら形成されたものではないことに気づかされる。つまり,時代とともに諸地域間の接触と交流が進む中で得た他地域からの新たな知見を,ある時は,自身の世界像を補強するために利用し,またある時は,自身の世界像を修正する拠り所としていたのである。前者の例としては,江戸期の国学者として有名(日本史用語集の頻度⑧)な平田篤胤が皇国の至上性を説明するに際し「ノアの洪水」を援用していることがあげられる(第1章)。また,後者の例としては,イエズス会士がヨーロッパに持ち帰った中国史によって聖書に依拠した年代研究の修正に結びついたことがあげられる(第6章)。続く代Ⅱ部では「近現代の世界史」という表題で,啓蒙主義の世界観・実証主義的「世界史」・近代日本の「万国史」・マルクス主義の世界史・世界システム論・現代日本の「世界史」とほぼ時系列に沿った形で歴史学の諸潮流を概観している。中でも,マルクス主義(第15章)以降,編者の一人である桃木至朗氏による「現代日本の「世界史」」(第17章),編集委員会による「われわれが目指す世界史」(総論)にいたる部分は,現役の高校教員が大学で学んできた,そして高校教科書の記述で慣れ親しんできた「歴史(世界史)」の枠組みを批判的に再確認する際の指針となるであろう。
 高校教員にとって,本書は,具体的な歴史的事項(事件)に直接触れていないという点で,また,「これが新たな世界史像だ」という明解な結論も示されていない点でも,いささか難解に感じられるかも知れない。しかし,研究者がどのような枠組みで「新たな世界史」を考えているかということに無頓着なままで授業に臨めば,どのような授業技法を用いたとしても,「自身が学生(高校生)時代に学んだ世界史を繰り返し教えるだけのお気楽教師」になってしまうのではないか。我々は学者ではないのかもしれないが,単なるDVDメディアでもない。そのようにお考えの先生方には,ぜひ一読をお奨めする。
(寒川高校 澤野 理)
ラグビーと通学路…相模台工業高校
1962年4月上溝高校の校舎を借りて発足した相模台工業高校(略称:相台工)は、その同年に開校した磯子・向の岡・小田原城北と合わせて新設4工業高校と呼ばれ続けられてきた。京浜工業地帯を抱える神奈川県は、「中堅技術者」の人材確保として、従来の機械科や電気科に加えて新しい学科を創設した。例えば、新設工業高校にはプラント建設のためとして化学工学科や自動制御技術が必要とされているとして電子科などである。相台工も初年度は電子科1クラス、化学工学科2クラスで開校し、2年目から機械科3クラス、電気科2クラスを加えて4学科となった。定時制も2年目から機械科、電気科が設置された。
 43年を経て2005年に相模原工業技術高校と合併して同一校地の新校舎で「神奈川総合産業高等学校」という新しい学校に生まれ変わった。全日制は総合産業学科、定時制は総合学科となり、工業高校という名は消えた。なお、新設4工業高校と呼ばれた他の3工業高校はそのままで存続している。
 1968年に相台工に着任した私は、全日制14年間と退職前の12年間を定時制に勤務、教職員組合の役員として休職していた時期とも合わせて、この校地に教員生活を終えるまで通い続けることになった。
 43年間の相台工の内容は「〇〇周年記念誌」などに詳しく記載されているので、それに譲ることにし、思い出すこと2点を記すことにした。
 相台工と言えばラグビーだ。県下屈指のラグビーの名門であり、花園に16回の出場を誇った。神奈川県の公立高校として出場したのは1947年の横浜市立横浜商業高等学校以来であった。1993年に全国高校ラグビー大会初優勝、そして、次年度に2連覇を達成した。
 私が初めて担任したラグビー部生徒2名が3年生になり、神奈川で優勝し花園に行ったのが全国大会初デビューであった。
 もう一つの思い出は相台工の通学路である。私が着任した時期の通学は、相模大野駅から相台工までほとんどは徒歩であった。女子大通りから女子大前信号を右折し相模女子大の塀に沿って歩くのが常であった。今ある伊勢丹や相模大野高校、そして公団の高層マンションなどの敷地はすべて米軍基地だった。相模女子大と基地の間の歩道は、片側で狭いもので、その狭い歩道に相台工の生徒はもちろんのこと相模女子大の小・中・高生や矢口台小学校、そして大野南中の生徒でひしめいた。この狭い道路は、砂利道のときはバスやタクシーぐらいだけが通っていたが、舗装された途端に乗用車が裏道として流れ込んできた。朝の通学路はまさに当時の言葉で「交通戦争」と呼ばれていたことを覚えている。
 その狭い歩道の反対側は金網から見える広い芝生の米軍基地があり、少しバックしてもらえれば歩道ができると誰もが思う気持ちになる。一方で米軍基地の縮小につながる基地の割譲はとうてい無理であると思う気持ちもあった。ベトナム戦争が激しい時期であった。
 しかし、通学生徒の命を守ろうとする4校の職員の運動が勝っていた。当時の市民に訴えるビラには次のような文言がある。「通ってみれば誰にでも否応なく目に映りますが、柵一つで人一人も通らぬ米軍病院の空き地と歩道があります。ヘリコプターの騒音、煤煙、悪臭等々をまき散らし、わけのわからぬ細菌研究までやっているという広大な米軍病院があります。日本の国土で児童・生徒が道の狭さで生命の危険にさらされている。皮肉な日本の縮図です。」
 当時は、署名用紙を生徒に家に持ち帰ってもらい保護者に署名をお願いすることもできた。多くの近隣市民の要望とも合わせて相模原市に提出した。すると、1年後に何と日米合同委員会で3.5メートルバックし歩道を設置することが確認された。
 歩道が完成したのは1972年の春であった。
(相台工旧職員 中野渡強志)
2016年夏季講座アンケート集約抜粋
A 7月25日 「歴史総合」について知る
・歴史総合の動向について深く知ることができました。これから社会科教育で重要になりそうなことを考える機会になりました。出席して良かったです。
・画一化された学習内容と多様な生徒達へとどのようにフィードバックすればよいかということを学べる貴重な機会でした。ありがとうございました。
・最近の動向がわかって良かったです。勉強になりました。ありがとうございました。
・今月は25日まで学校がありました。今回は勉強になりました。多彩なテーマをやってください。
B 7月26日 ビギナーのための朗読講座
・朗読のありかた、こんなにむずかいいとは思わなかった。極めている方の朗読を聞くと素晴らしいものがつくれるのかなと思いました。講師の教え、いろいろ知っていらっしゃることに感心しました。
・文章を読み込んでイメージする。絵を描くことが大事と言うことがよくわかりました。これからの朗読に生かしていきたいと思います。
・言葉の美しさを思い出す会でした。内容を消化するのにもう少し時間がかかりそうです。家庭科、保育の「絵本の読み聞かせ」体験で生かしていきたいです。」
・実践したのが勉強になりました。朗読したり他のグループの朗読を聞くと解釈が深まると思いました。C 7月28日 主権者教育を考える
・現場の教育の実践例も良かったですが、やはり、大学の専門性の高い話が聞けて良かったです。林先生のお話で「子どもは有権者でなくても主権者」という言葉があり、確か子どもの時から大人になった時にどうふるまうかを考えさせないといけないと考えました。湘南台高校の事前学習の実際の生徒の意見や数字が具体的に知れれば良かったです。
・主権者教育が単なる「18歳選挙権教育」ではなく自分達の生活を主体的に見直し、キャリア教育とも関係して、まさに主体者といてどう生きるかという大きなものであることがよくわかりました
D 7月29日 支援教育についての講座
・勉強・刺激になりました。勤務校では田奈高校のような変革はとうてい無理だと確信しました
・神奈川の「支援教育」の由来だけではなく教員ー生徒間、教員間、教員ー保護者間の対話の重要性、そして「困っている」生徒、教員、保護者への「感情移入」による「主体」化としてフレキシブルな学校づくりのための様々な工夫を学ぶことができました。「主体性」=「当事者性」、「困難さ」=「生きづらさ」への「支援」という大きな視点を学ぶことができた思いです。
E 8月17日 表現教育のワークショップ
・とても啓発されました。本能寺の変というテーマで段階を踏んで調べて話し合い演劇にしていくはじめての経験でしたが、みんなで話し合い他の人の考えを聞き一つのものを作り上げる楽しさに気づきました。
・授業の中でも時々ペアやグループで寸劇をさせることがありますが生徒は生き生き取り組んでくれます。その気持ち今回自分でも実感できました。今日いろいろアイデアをいただいたので日々の授業の中で生かしていきたいと思います。
・みんなで作っていく感じが味わえる貴重な体験が今後の教育活動に生かして行けそうです。毎年継続して行って頂きたいことを切に希望します。
F 8月19日 アクティブラーニングについての講座
・それぞれの講師のアイデア、実践報告はとても興味深かったです。ただ学校のレベルによって、やり方にはかなりの工夫が必要だと思いました。「アクティブラーニング」=「参加型」ととらえていますが、その前提となる「習得(知識)」がおろそかになる傾向への警鐘は講師からの指摘にあったように大切だと思います。
・実践例を拝見することができ、とても役に立ちました。自分の授業に取り入れるべきことがたくさん見つかり参加してとてもよかったです。
・授業内容も具体的に分かって良かったです。田中先生、渡辺先生のお話からは先生たちご自身の経験や興味が授業内容に反映されているので、やはり教員自身の経験値・教養を高めていく必要があると思いました。小島先生のお話ではAL授業の目的は生涯学習なのだということが分かり改めて自分の授業のゴールはどこにあるのか考えてみようと思いました。
・とても参考になりました。細かい技法やアイデアを是非日々の授業に取り入れていきたいです。開発教育の実践も素晴らしいと思いました。渡辺先生の高度な実践、こういうことを若い人にしっかり教えていかなければならないと思いました。
 2017年夏季講座も2016年同じような内容(学校現場に必要な情報を提供する内容)で開講します。夏季講座の出席は、県教育委員会が認める研修となる予定です。学校外に一歩出て必要な情報と優れた教育実践と出会いましょう。
 詳しくは、5月配布予定のチラシを見てください。チラシが来ない場合は、高校教育会館のホームページを見てください。
余瀝
 この号で共同時空のこのスタイルでの発行は終了する。4月以降どういう形になるか今はわからない。ただこうした知的営みが続くことを期待している。
編集 県民図書室 石橋 功
発行 一般財団法人神奈川県高等学校教育会館県民図書室 http://www.edu-kana.com/
〒220-8566 横浜市西区藤棚町2丁目197番地 電話(045)241-2546 FAX(045)241-2700
編集 県民図書室 石橋 功
6 9000012 NO.96       2018/05/25   本館 開架 所蔵     共同時空No.96
相対的貧困と子ども~貧困の連鎖と社会の責任~
佐々木克己
 貧困問題を議論するときには「絶対的貧困」と「相対的貧困」をきちんと区別して考える必要があります。この2つを区別しておかないと貧困問題を正しく理解することができません。
 絶対的貧困・・・人間として最低限の生活をも営むことができないような状態である。食料・衣服・衛生・住居について最低限の要求基準により定義される。社会の所得分布によっては左右されない概念である。
 相対的貧困・・・OECDでは等価可処分所得の中央値の半分に満たない世帯員の状態を相対的貧困層としている。所得分布の中央値の半分を下回っている状態である。
 それでは日本における相対的貧困率はどうなっているのでしょうか。2012年の相対的貧困率は16.1%、子どもの相対的貧困率(17歳以下)は16.3%となっています。16.3%という数字はおよそ
6人に1人という割合です。
 しかし、この6人に1人の子どもが貧困であるという日本の相対的貧困の実態を、多くの国民が感じていません。多くの国民は「日本には貧困問題は存在しない」と意識しているけれども、実際には「周りの子どもにとっては当たり前のことが、自分には当たり前ではない」と思いながら過ごしている子どもが、6人に1人の割合でいるということです。
 このような現代日本での子どもの貧困状態の様子が「子どもの貧困連鎖」という本にまとめられています。これは、共同通信社が配信した長期連載企画「ルポ 子どもの貧困」を基に作成されたものです。
 内閣府の統計によれば、子どもの相対的貧困率は1990年代半ば頃から上昇傾向にあり,子どもたちはこうした貧困状態の中で、本来子どもの持っている夢や希望を奪い去られ、日々の生活に追いやられています。
 「普通の生活」が、離婚・病気・両親の死亡・解雇などによって奪われていきます。その中で高校生や中学生などの子どもから「夢」や「希望」が奪われていきます。
 経済不況の中で親の仕事がうまくゆかなくなる家庭があります。そこでは、高校生が日々の生活費を得るためにアルバイトをしています。社会の経済不況と格差の拡大は、若者から希望と夢と将来を奪っていきます。そして日本社会は、高校生のこのようなアルバイトという勤務形態を求めている社会になってきています。ファストフード店、コンビニ、ファミレスなど高校生や大学生のアルバイト無しには成立できないような店舗が生まれています。
 定時制高校では統廃合が進められてきています。そのため、通学の交通費が増え登校に支障が生じているケースが見られるようになりました。高校無償化制度が導入され、その後就学支援金制度となっています。しかし、実際の学校教育には授業料以外にもPTA会費、教科書代など様々な形で費用負担が生じています。国がもっと教育に予算を投入することが必要です。GDP比で比較すると、OECD諸国の中で日本の教育予算は最下位となっています。所得税の累進性を高めたり、相続税を大幅に引き上げたりする中で、富裕層から富の再分配をはかることが重要になっています。
 「貧困の連鎖」という言葉があります。親の貧困が家庭の教育力の低下につながり、子どもの低学力が子ども世代の家庭の貧困に結びついていく現象を表しています。
 大阪の公立中学校の話。就学援助の生徒が8割を超えるという厳しい環境の中で、担任が丹念に家庭訪問を繰り返しています。給食費が払えない家庭に対して、就学援助の対象とするために担任が保護者に申請書類を整えてもらえるように支援に行き、家庭の破綻を食い止めようとするとりくみが報告されています。母子生活支援施設に入所させ、その間に生活保護を申請し、何とか自立的な生活ができるように中学校の教員グループがとりくんでいます。
 こうした学校の内外を通じたとりくみの中で何とか子どもの生活を維持させようと教員が必死に働きかけをすすめています。関西の同和教育の伝統が活きていると思えるような学校の取り組みです。この本の中でも特別な学校での教育実践とあります。ただ、ここまで取り組まないと救えない子どもの厳しい生活実態があり、学校が地域と一体となって生徒の家庭の破綻に立ち向かっています。家庭訪問をして、片付けられない親に代わって台所の片付けを2時間半やっている。発達障害をかかえる母子家庭への支援のひとこまです。確かに特別な事例ではあるけど、そのような家庭であってもキチンと生活できる社会であってほしいと思います。
 非正規雇用が社会に急速に拡大しワーキングプアが増大しました。ワーキングプアと呼ばれる人たちにも家庭があり、そこの子どもたちは希望を奪われていきます。ここの中学校の実践は特別な例かもしれませんが、これからの社会のなかでの先駆的実践事例になっていくのかもしれません。
 子どもの貧困という現実を認識し、子どもが意欲を失わずにすむ社会とすることが今求められています。子どもの貧困は親の責任に帰すべきではありません。子どもの貧困は親の勤務のあり方・雇用のあり方が引き起こしている問題であり、社会の抱えている矛盾が一番弱い子どもに現れてきているのです。相対的貧困の拡大は、政治が主体となって解決しなければなりません。
(高校教育会館事務局長)
学校図書館は、今・・・
再会
石澤伊久美
 「こころのやさしいおにのうちです。どなたでもおいでください。おいしいおかしもございます。おちゃもわかしてございます。(略)」※1
 今から5年前の2月。小学校図書館に非常勤職員として勤務していた私は、6年生の学習発表会で行われた『ないたあかおに』の劇を観賞していました。
 当時、たいていの学校イベントは、そっと陰から応援する「としょのせんせい」であった私も、この日ばかりは図書館を施錠し、一目散に体育館へと向かいました。なぜならこの日は、やんちゃで元気、ああ言えばこう言う、校内でも有名な「やんちゃ坊主君」が、大抜擢で青鬼役をすると聞きつけたからです。「これは絶対に見なくては!」
 彼らも遂に最終学年の6年生。私が着任した時は、絵本のひらがなを追うことも精一杯だったあの子達。貸出カードに自分で書いた本のタイトルは、ほとんどひらがな。たまにカタカナがあると思ったら「ゾロリ」だものね。可愛かったな。
 照明に照らされる「やんちゃ坊主君」の青鬼役に色々な意味で泣かされ、他の役の子たちの熱演に感動した寒いはずの体育館。なんだかとっても暖かかい。
 「もうすぐ中学生だね、寂しいな。」
 それからわずか3週間後。日本列島を震撼させるような大きな災害が起きました。
 あの時、発表会の舞台に立っていた子たちは、数日後に迫った卒業式に全員が揃って参列することができなくなってしまったのです。保護者の母国に緊急帰国した子をはじめ、親戚のうちに行ってしまった子たちも何人かいました。
 暗くて寒い体育館では、計画停電予定日であるその日に参列することができた卒業生が、外套に手袋をした姿で、卒業証書を練習通りにきちんと受け取っていました。こんな形でお別れだなんて。でも、さすが6年生。本当に立派な旅立ちでした。
 ここで私の中では、彼らとはお別れのはずでした。中学校へ進学するやんちゃ坊主君たち。小学校図書館を離れて、県立高校図書館に転職する私。
 「さようなら、元気でね。」
 2016年6月1日。勤務先である藤沢総合高校の体育祭。本部席にいる私の目の前にいるのは、「青組の応援団幹部」の「やんちゃ坊主だった青鬼」でした。
 青鬼が応援合戦でサングラスをかけて、イカしたダンスを踊っています。んー、あの時の方がキレが良かったかな。そして、もう泣けてはこないよ。でも、あの時の先生たちにこの姿をみせてあげたいな。ちょっと得した気分。「ニヤリ」といった感じかしら。そして、そこにいたのは青鬼だけではありません。
 「オススメの本を教えて!」と人懐っこく話しかけてくれた、図書館のロアルド・ダールを制覇した子も、本はあまり読まなかったけれども、図書館常連だったあの子もいます。
 ロアルド・ダールを制覇した子は、初めて図書館に入った時に「小学校の時に読んだ本が、あまりに多い」と私の存在を思い出したそう。常連さんは高校に入学して慣れるまでは、再び図書館の常連さんになりました。
 ここで偶然再会できるとは、お互いに全く予想すらしていませんでした。学校図書館司書って、なんて素敵な仕事なのでしょう!多くの児童と濃く関わったあの日々を、この仕事を続けていた私に、どこかの誰かがもう一度プレゼントしてくれたのだと思っています。ありがとうございます。
 でも、今度こそお別れだね。今度は明るくて、少し暖かい体育館で待ってるよ。
 「(略)ながいたび、とおいたび、けれども、ぼくは、どこにいようと、きみをおもっているでしょう。きみのだいじなしあわせを いつも いのっているでしょう。(略)」※2
※引用文献 はまだひろすけ 『ないた あかおに』 1965偕成社 4画面 15画面
(藤沢総合高校)
書評と紹介
東田直樹著
「自閉症の僕が跳びはねる理由」
角川文庫 2016年6月刊
 私がこの本に出会ったきっかけは、偶然見ていたテレビ番組「君が僕の息子について教えてくれたこと」からである。この番組から、日本の自閉症の若者が書いた「自閉症の僕が跳びはねる理由」という本が、世界20カ国以上で翻訳され、ベストセラーになっていることをはじめて知った。その英語版を翻訳した作家デイヴッド・ミッチェル氏は、本を読んだ時、自閉症である息子が自分に語りかけているように感じたと話をしていた。そして、この本が自閉症の子どもを持つ世界中の家族に希望を与えているということだった。
 著者の東田直樹氏は会話のできない重度の自閉症である。しかし、人として生きていくためには、自分の意思を人に伝えることが何より大切だと思い、家族と一緒に長い時間をかけ、何度も挫折を繰り返しながら、パソコンや文字盤ポインティングによりコミュニケーション方法を手に入れた。そして、13歳の時に本書を執筆した。
 本書は、「言葉」「対人関係」「感覚の違い」「興味・関心」「活動」の各章と短編小説等から構成され、質問に答える形で自閉症の内面を分かりやすい言葉で伝えている。自閉症の全てに当てはまるわけではないと思うが、「こういう気持ちを抱えながら、こういう行動を取っているのかな…」という支援につながるヒントを与えてくれる。例えば、「対人関係について」の章の中に「みんなといるよりひとりが好きなのですか?」という質問がある。それに対して、「人として生まれてきたのに、ひとりぼっちが好きな人がいるなんて、僕には信じられません。僕たちは気にしているのです。自分のせいで他人に迷惑をかけていないか、いやな気持ちにさせていないか、そのために人といるのが辛くなって、ついひとりになろうとするのです。僕たちだって、みんなと一緒がいいのです。」と答えている。いつもひとりでいる姿を見ていれば、「ひとりが好きだから、ひとりでいるのだろう。」と行動を見て勝手に判断してしまう。しかし、この本を読むと、「本当はみんなと一緒にいたいと思っているけど、うまく対応できないのかもしれない。」という考えを持つことができ、ストレスがかからずに、みんなと一緒にいられる支援の方法を検討してみようという思いが生まれる。
 著者は「はじめに」で、「自閉症の子供の多くは、自分の気持ちを表現する手段を持たないのです。ですから、ご両親でさえも、自分のお子さんが、何を考えているか全く分からないことも多いと聞いています。自閉症の心の中を僕なりに説明することで、少しでもみんなの助けになることができたら僕は幸せです。(中略)人は見かけだけでは分かりません。中身を知れば、その人ともっと仲良くなれると思います。自閉の世界は、みんなから見れば謎だらけです。少しだけ、僕の言葉に耳を傾けてくださいませんか。」と読者にメッセージを送っている。自分と同じように苦しんでいる自閉症の方のために役に立ちたい。そして自分のことを知ってもらい、みんなと仲良くなりたいという想いがつまっている。
 保健室には様々な生徒が来室する。この本を読んで、目に見える部分だけでなく、内面にも目を向けて対応しなければいけないと改めて感じた。そして、生徒が自分自身を受け入れ、他者との違いを尊重できる関係を築けるよう支援していくことの大切さも痛感した。
 最後に、本書には続編「自閉症の僕が跳びはねる理由2」がある。成長して高校生になった著者の思いが綴られている。こちらも是非読んでいただきたい。
(小田原城北工業高校 養護教諭 原由美子)
いる。
 第Ⅱ編では、御師と檀家との関係や、江戸時
川島敏郎 著
「相州大山信仰の底流―通史・縁起・霊験譚・旅日記などを介して―」
山川出版社 2016年1月刊
 本書は、著者が神奈川県の高校教員となって以来、地道に研究を続けてきた成果を、相州大山信仰の通史・全体史としてまとめあげた一冊である。33年という長きに渡る研究実績に裏打ちされた豊富な史料と著者の明快な著述が、読者を古代より連綿と続く大山信仰との邂逅へ誘ってくれる。従来大山信仰の研究は、各市町村史や郷土史家によって進められ、また一部道中日記を用いた分析が試みられる程度であった。今回このように大山信仰が通史としてはもちろん、御師(社寺への参詣者を案内し、参拝や宿泊などの世話をする者たち)関係史料や古川柳、地元史料、縁起、霊験譚、旅案内記、旅日記など多角的な諸資料から明らかにされた意義は非常に大きい。本書の刊行は地元神奈川県のみならず、山岳修験研究や歴史学研究にも多大な恩恵をもたらそう。本書の構成を示すと次の通りである(紙幅の都合上、各章については省略する)。
 はじめに/第Ⅰ編 大山通史/第Ⅱ編 大山論考/第Ⅲ編 大山寺の縁起と霊験譚/第Ⅳ編 江戸時代後期の庶民の物見遊山/あとがき/大山関係の参考文献一覧/初出一覧/写真所蔵・提供者一覧/大山関係略年譜
 第Ⅰ編では、原始~昭和期にいたる大山の歴史を通史的に明らかにする。特に明治維新期における大山山内での、寺院経営を主体的に担う一二坊と大山門前町に居住する御師との激しい対抗関係を、維新期特有の複雑な政治情勢に絡めて詳述する。関東大震災と大山の被災状況に関しても初見史料からその経過を丁寧に追っている。
 第Ⅱ編では、御師と檀家との関係や、江戸時代の大山に関する川柳の紹介、在地の古文書から明らかにされた石造大山二ノ鳥居の建立過程、また緻密な踏査活動による大山道標の調査結果と大山門前町の名所案内、大山小学校に残された「青い目の人形」の紹介、そして大山関係資料の現状と著者独自のそれらの活用方法が展望されている。
 第Ⅲ編では、従来一部の誤読や難解な仏教用語によって内容理解が阻まれてきた『大山寺縁起絵巻』の釈文全文と註・本文訳・考察が載せられている。また、心蔵著『大山不動霊験記』の刊行背景やその内容、一部の霊験譚が取り上げられている。両者とも大山信仰研究の根幹を成す史料であり、それが本格的に分析・解明された意義は大きい。本書では、絵巻それ自体や霊験譚の全体は載せられていないが、今後「カラーの絵巻として一般人の目に触れられるように」(140頁)したり、「他の史料とともに、「大山・日向アーカイブズ」(仮称)として一般に公開」(3頁)されたりすることを著者自身が望んでいるように、そうした環境整備が切に願われる。本書とともに、是非実物や全文を見てみたい。
 第Ⅳ編では、近世の大山参詣に関した旅案内記3点と旅日記3点が釈文・註・解題とともに紹介されている。要約ではなく全文が記載されているため、非常に読み応えがある。
 以上、本書の紹介を縷々述べてきたが、到底すべての内容を網羅できたわけではない。それほどまで、本書には「伊勢原の古文書を読む会」や「大山公民館夏季講座」の中で、伊勢原市教育委員会や市民の方々と紡いできた結晶が散りばめられている。現在高校教員が地域史研究から一歩離れ、その役割が変質していこうとする中で、本書は上梓された。私は、高校教員たるものかくありたいと思う。実証的な史料に基づいた大山研究の羅針盤ともいえる本書を、是非手にとってご一読いただいたい。
(秦野曽屋高校 桐生海正)
映画時評映画時評
『夕凪の街桜の国』を観て―私の広島の記憶
 二部作の前編の「夕凪の街」は1958年の広島市内の生き残った人々や疎開から戻ってきた人々がバラックを建て住んでいた「原爆スラム」(皮肉なことに江戸期には武家屋敷、明治に入ると軍都広島の中心地、のち再開発され高層アパート群となった)を舞台にして、被ばくしても生き延びた女性皆実(みなみ)の13年後26歳の頃の物語である。原作はこうの史代による漫画『夕凪の街 桜の国』(ゆうなぎのまち さくらのくに)。実母フジミや疎開した弟旭(あさひ)との交流とともに、職場の同僚とのはかない恋。被爆時のフラッシュバックに襲われ、かつ原爆症に蝕まれ、時に死に至るという当時の多くの広島市民を襲ったリアリティーを映し出している。
後編「桜の国」の舞台は2007年東京。主人公は被爆2世の女性七波(ななみ)。その父親は旭(あさひ)、前編「夕凪の街」の主人公の皆実(みなみ)の弟である。疎開によって被ばくを免れていた。彼は疎開先で養子に入ったが、故郷広島へ進学し、被ばくした女性と出会い恋に落ち、母の反対を押して結婚し東京に移り住んだ。その夫婦に七波(ななみ)らがうまれた。旭は、七波達が大人になり自らも退職したことで、母のフジミや姉の皆実とその恋人の面影を求め広島に向かう。そんな旭の不審な行動に気づいた娘七波は父を尾行し、広島市内を父の後をつけてめぐり、語られていなかった3世代にわたるファミリー・ヒストリーを知っていくというものである。
 『夕凪の街 桜の国』は、1945年の原爆投下直後のある家族、1958年のある家族、そして2007年のある家族が、62年の間語られていなかったが、『おだやかな日常』の陰に心の内にひめる「忘れたいが忘れてほしくない伝えたい事」を伝え、トラウマを超えて新しい世代を切り拓いていく様を描いた秀作である。 ところで私にとっての広島の記憶は、原爆の「きの子雲」の映像、新書『ヒロシマ・ノート』、修学旅行で生徒とともに訪れた「広島平和記念資料館」だけではない。ほかにも強烈な記憶がある。それは1960年代私がまだ小学生の頃であったと思うが私が住んでいた長野県の片田舎でも『原爆フィルム』が上映されていた。焦土と化した広島市内や被爆した人々の焼けただれた皮膚や、死者の山が川を覆う目をそむけたくなる光景が延々と映し出されていた。嫌に赤と黒がきついカラーフィルムであった気がする。大人も子供も無言でじっと見入っていた。逃げ出したくなる暗い部屋であった。
 もう一つある。1979年に、横浜市立大学の山極晃教授がアメリカの国立公文書館でマンハッタン計画の機密文書を解読し、そこに原爆投下候補地として横浜市が挙げられていることを発見した。悲惨な「横浜大空襲」は原爆投下の代替であったということのようだ。(研究によればこの空襲は焼夷弾攻撃の実験であったとされる)原子爆弾は私たちの頭上で試された可能性もあったのである。
 さて2009年4月バラク・オバマによってプラハで「核なき世界を目指す」ビジョンが表明され、のちにノーベル平和賞を受賞した。彼の「プラハの春」を想起させる演説中に、北朝鮮によるミサイル発射実験が行われたとのニュースが舞い込み衝撃が走ったことは記憶に新しい。また、今年5月にはG7伊勢志摩サミットの際に「広島平和記念資料館」を訪れ、長年にわたり苦しんできた被爆者を抱き寄せる場面も強烈な記憶である。オバマの「核なき世界」が継承されるのか。『夕凪の街 桜の国』を観て、私たちには、広島、長崎の記憶を伝えていく義務があると改めて思う。
(金沢総合高等学校 村田耕作)
66,221名のAlma Mater(母校)外語短大付属高校
 地下鉄弘明寺駅の出口の先から、外語短大行きのミニバスが出ている。乗ってしまえば5分あまりで小高い丘に登り、反時計回りに一周してまた弘明寺に戻る。かつて短大と付属高校のあった場所は今や住宅地と化した。東側の木立に体育館と短大図書館がわずかに昔の姿をとどめている。バス停の掲示がなければ学校がかつてここにあったとは誰も思わない。
 外語短大付属高校の前身貿易外語高校は、1965年、初代校長の「学校らしくない学校を作る」というユニークな教育方針のもとに開校した。校則のない自由な校風の中、自主自律をモットーとし、英語教育に力を入れるとともに仏語西語の第二外国語まで必修とした。国際理解教育と高い語学教育を求めて県内様々な地域から英語を得意とする生徒が集まった。海外帰国生徒枠があり、外国生活経験者が4分の1ぐらいいた。ネイティブの先生の数も15人を超えていた。米豪仏独中との姉妹校交流も訪問・受け入れを繰り返していた。
 2004年10月、教育委員会から外語高校は後期再編対象校であるとの発表があった。生徒にも保護者にも教職員にもまさに青天の霹靂であった。何年も前から「特色ある高校づくり」が叫ばれる中、創立以来、他校にはない輝く個性を持つ学校が別の学校と統合することなどありうるのであろうか。しばらくは動揺が広がったが、後ろ向きの姿勢はやめようという声が徐々に広がった。外語の特色・スピリットを新校にできるだけ引き継ぐべきだ。
 「なにしろ、主要一教科の学校ですからね。」ベテランの数学の先生のダミ声が職員室に響く。英語ばかりに力を入れる生徒全般を嘆く声だ。「理系の進学は厳しいんじゃない。だって物理は開講されていないでしょ。」確かに外語の教育課程には物理はなかった。もっと理系のウィングを広げて、更に今までの語学教育国際教育を充実させることはできないか。
 03年から文科省から指定されていたSELHiの研究調査が、外語の今までの教育課程を検証するうえで大いに力を発揮した。外語39期生を対象に、英語の読む・書く・話す・聞くの4つのスキルを3年間追跡調査し、できるだけ数字化して客観性を追求した。「外語は開校以来SELHiをやってきたようなものですよ。」と文科省の担当者から言われた。
 08年、京急線で線対称の位置、旧六ッ川高校の地に横浜国際高校は開校した。幸い、外語の語学の科目の大部分が新校に引き継がれた。プロジェクトリサーチ(課題研究)やDR(その英語版)が総合的な学習の時間として残された。独自入試や学力向上進学重点校、さらにはSELHiの2期目までもが新校に引き継がれた。1年生の英語合宿も夏季休業中のサマープログラムも行われている。しかし、外語のあった元の岡村には、シンボルツリーだったアケボノスギもアメリカの姉妹校から贈られたハナミズキも、切り倒され、今はもうない。
(1993年4月~2008年3月在勤 笠原博明)
県民図書室購読雑誌紹介
1,「教育」  かもがわ出版 月1回刊行
 「教育」は1951年に「日本の教育の良心」を特集し創刊(復刊)して以来、時代と教育の根本的で切実なテーマと正面から向きあい、実践と教育をつなぎ教育への信頼と希望を紡ぐ総合雑誌である。今の過酷な教育現場と危険な「教育改革」の下での学びをつくる雑誌であり、子どもと生きる教師の魅力を探る雑誌である。
2,「子どもの権利研究」  日本評論社 年1回刊行
 子どもの健全育成を図る活動と、人権の擁護又は平和の推進を図る活動を目的とする子どもの権利条約総合研究所が、発行している。子どもの権利・人権に関する調査・研究、子どもの権利条約に関する情報・資料をまとめて、1年に1回刊行している。
3,「POSSE」  NPO法人POSSE 年4回季刊刊行
 POSSEとはラテン語で「力をもつ」という意味で英語ではスラングで「仲間」という意味である。雑誌「POSSE」はボランティアが携わって製作する「新世代のための雇用問題総合誌」であり、情勢にあわせた政策提言することを目的としており、雇用問題の議論における座標軸となる雑誌をめざしている。
4,「教育学研究」  日本教育学会 年4回刊行
 「教育学研究」は日本教育学会の機関誌である。「教育学研究」は、日本教育学会員の研究論文、研究ノート、書評、図書紹介、資料紹介、その他会員の研究活動および学会ならびに本学会の動向等に関連する記事を掲載している。日本教育学会は教育や教育学にかかわる研究領域を対象とする日本国内で最大規模の学会である。
5,「人間と教育」  旬報社 年4回刊行
 「私たち教師に求められているのは、社会運動を若者や市民とともに民主主義を学び合い、主権者として育ち合う公共空間として捉え、その教育的意義に光をあてるとともに日々の実践へとつなげていくことでないだろうか。」といった視点で編集されている。
6,不登校新聞(旧Fonte)  全国不登校新聞社 年2回刊行
 1998年に日本で初めて創刊した不登校の情報・交流誌。不登校を原点としながら、広く子どもに関わる問題や社会のあり方について考えたいという市民らで創刊した。創刊前年に発生した中学生の自殺も創刊のきっかけとなった。編集方針は創刊以来「当事者視点」。
7,「教育再生」  日本教育再生機構
 「かって日本の教育は、世界から絶賛される高い水準にありました。日本人一人一人の胸の中にある使命感や道徳心がその教育力を支えていたのです。しかし、今や見る影もありません。今こそ教育を真の意味で国民の手にとりもどそう」と主張する日本教育再生機構の機関誌。
余瀝
 この夏、ハンガリーを訪問した。ブダペストでハンガリーのナチと共産党の秘密警察跡、通称「恐怖の舘」を見学した。ここはナチと共産党による拷問等で多くの犠牲者をだした場所である。ここのパンフレットにはナチズム、コミュニズムの2つのテロ(恐怖政治)がハンガリーを襲ったと書かれていた。こうした見方を我々はどうとらえるべきであろうか。
編集 県民図書室 石橋 功
発行 一般財団法人神奈川県高等学校教育会館県民図書室 http://www.edu-kana.com/
〒220-8566 横浜市西区藤棚町2丁目197番地 電話(045)241-2546 FAX(045)241-2700
編集 県民図書室 石橋 功
7 9000011 NO.95       2018/05/25   本館 開架 所蔵     共同時空No.95
学校は民主主義を育てたか~「民主主義ってなんだ?これだ!」に答えるために~
畠山幸子
 来年夏の参院選から選挙権年齢が18歳以上に引き下げられることを受け、高校生の放課後や休日等に学校の構外で行われる選挙運動や政治的活動について、「家庭の理解の下、生徒が判断し、行うものである」とする文科省通知(「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について」2015年10月29日)が出された。1969年の文部省通知(「高等学校における政治的教養と政治的活動について」1969年10月31日)で「放課後、休日等に学校外で行なわれる生徒の政治的活動は、一般人にとつては自由である政治的活動であっても、…(中略)…学校が教育上の観点から望ましくないとして生徒を指導することは当然である」とされてから、44年ぶりの改正である。
 1969年当時、私は中学生だった。多くの大学での闘争が報道されていた。神奈川の県立高校でも、翠嵐や希望ヶ丘、川崎などで、授業の意義や評価のあり方、制服・制帽の自由化などが生徒と教員の間で議論されているといった噂も聞こえていた。また、関西フォークなどを通じて、ベトナム戦争のこと、理不尽な差別のこと、受験偏重教育のことなどを知り、私なりに考えたりもしていた。しかし、通学していた公立中学校は、進路実績をあげることに血道をあげており、テストで点がとれない生徒たちにバケツの水を浴びせたり、昼休みも教室で勉強させるため、竹刀をもった教員が廊下をうろついていたりしていた。3学期に入ると、当時神奈川県の高校受験の資料となるアチーブメントテスト対策として、実技教科はすべてテスト練習の座学にあてられた。当然「なぜ?」を連発する私に、ある教員は、「あなたには少女らしい清純さが、かけらもない」などと、お門違いの言葉をなげつけたが、その教員は働き続ける中で、性差別を受け続けてきたであろう女性教員であった。それでも、点取りゲーム自体はさほど苦にならなかったし、ア・テストが、一種の保険としての役割を果たすことも知っていた。同年齢の保坂展人さん(現世田谷区長)の内申書裁判のことを知ったのはもっとあとのことである。
 高校に入ると、3年生を中心に制服自由化の運動が行われていた。中学校も高校も、校則上は「標準服」であって、「制服」ではなかったが、デパート等で注文させられるのはすべて決められたスタイルで、サイズ調整以外のオーダーには一切応じていなかった。入学したばかりの私は、生徒総会、生徒集会で自由化を説く3年生に共感をおぼえ、胸踊らせていたが、あっという間にこの運動は終息した。教員の介入もあったのだろう、「私たちは、制服などという、どうでもいい問題に時間を費やすほどヒマではない」という空気がみるみる蔓延し、議論の場に集まる生徒はほとんどいなくなった。あれほど広がりを見せていた学生運動もその先鋭化と暴力性に社会的支持が急速に失われた時期でもあった。私自身、さまざまな運動の終焉を見、そして運動が盛んな時期にも、女子学生が「おにぎり部隊」であったり、初めての性経験がバリケード内のレイプであったりといった話を聞くにつれ、運動への興味は失せ、文学の世界に耽溺し、「私生活中心主義」に陥っていった。それでもまだ、LHRで公務員のスト権について話し合ったり、埼玉の高校の部落解放研と交流し、血友病を理由に高校を不合格とされた0さんの運動を論じたり、生徒委員会を通じて校内出版物の自由化を実現したりはしたが、自己完結的な関わり方にすぎなかったように思う。
 1954年、東西冷戦の激化を背景に義務教育諸学校における政治的中立に関する2つの法律が成立、1960年、60年安保の盛り上がりを背景に、高校の生徒会が学校外の問題を扱うことを不適切とみなす文部事務次官通達、そして1969年の文部省通知である。学校は、生徒が現実の社会に目を向け、さまざまな課題に関与することを許してこなかった。そして、その代わりに自分の将来、つまりはいい学校、いい会社へ行くために勝ち抜くことを求め、それを数値目標とする学校さえある。「私たちは、○○などという、どうでもいい問題に時間を費やすほどヒマではない」という感性を育てた学校に、「若者の政治ばなれ」を嘆く資格はない。
 2015年、戦争法案を阻止するために若者たちが大きなムーブメントをおこした。エアコンのきいた教室で、流行りのメークやファッションの話でもしていれば良かったはずの若者が、自分の意思を、自分の言葉、自分の声で語り始めた。最初彼らのコールは「民主主義ってなんだ?」という問いかけだった。それが「民主主義ってなんだ?これだ!」という確信にかわり、ネット等での匿名の罵詈雑言にも耐えて運動を継続している。学校はこれに答えることができるのか。評論家の佐高信さんは、SEALDsの奥田愛基さんについて「(不登校等で)学校に毒されていない」と評した。学校が、生徒自身の将来のみに目を向けさせる功利主義的な学習観を脱し、主権者として賢明な判断ができる主体を育てるために、多くの若者が自分の意思で関わっていきたくなるような仕掛け作りをする必要がある。そして同時に、SEALDsの女性メンバーに対し、より悪質な攻撃が繰り返されることに見られるように、いまだに女性が自由に発言することに反感を持つ未熟な日本社会を変えていく基盤を、学校がつくっていく必要がある。それが、民主主義を育てることでもあると思うのだ。
(神奈川県高等学校教職員組合書記長)
学校図書館は、今・・・
田部井志英
 この原稿を書いているのは、ちょうど県立高校の入学選抜試験の時期にあたります。学校全体のことですから、学校図書館にも様々な形で関わってきます。司書に割り振られる入選関連の仕事もありますが、なによりもまず入試期間は開館ができません。くわえて、うちの学校は図書館のある棟が前後の処理期間も完全閉鎖されてしまいますので、卒業を控えた三年生への返却督促や図書委員会の広報誌を卒業式に渡すために一・二年生の図書委員と一緒にやらなくてはならない作業を効率よくこなすため、こまめに生徒たちと連絡を取り合っていかないといけません。
 学校図書館の図書館業務は専門職員が担当する作業を、利用者でもある生徒と一緒に行ないます。ブックフィルムをかける作業、蔵書のデータ化や広報誌の編集をするパソコン作業、広報用の記事作成も生徒と一緒にやります。もちろん生徒によって手際の良し悪しや作業の好き嫌いはありますが、私は仕事を選ばせる時に何でもやってみるように勧めています。経験を考慮して割り振ることもありますが、どの作業でも一人一人にいろいろと声をかけて、ダメ出しよりも必ず気を付けてほしいことや工夫の仕方をアドバイスするようにしています。そして、私自身が作業するときはできるだけ図書委員ではない一般生徒の目に触れるようにカウンターでやるようにしています。カウンターの図書委員と話しながら作業していると、時に一般生徒が興味津々に覗き込んできます。ここが新図書委員をゲットするチャンスです(笑)。学校図書館は専属職員が一人なので、図書委員の人員確保は通年の課題なのです。
 そして、年度末のこの時期に一番気がかりになるのが職場の異動です。私は臨時任用の学校司書として十年(十回?)以上採用されていますが、毎年三月末には退職です。翌年度が在職校に継続勤務だとしても、退職の一か月前には手続きをして、春休みには一時的に無職になります。この退職は毎年繰り返し行うので、私はすでに十回以上の退職金をいただいております(苦笑)。臨時任用なので基本的に契約は一年限りです。雇用されるたびに一年後には次の勤務者に引継ぎを行なうことを前提に、日々の図書館業務をしているわけです。生徒たちにとっては三年間の短い高校生活の中の三分の一。その貴重な時間を過ごす学校図書館が、少しでも彼らの将来に役立つ知識となればと願って接しています。
 学校図書館は利用者が学校内に比較的限定されていて、利用者数は公共図書館と比べようもないと思います。しかし、教育活動の一環としての図書委員会の運営や多教科におよぶ授業利用の補助業務、近年では保健室と並んで校内における居場所としての機能も期待されています。どの業務も人間関係の構築や学校ごとの傾向の把握といった経験を継続的に蓄積していく必要があるものばかりです。
 ここ数年で司書の新規採用試験が再開し、昨年は経験者を対象にした中途採用試験も実施されました。それでもまだ数多くの学校司書が臨時任用職員として給与の頭打ちや療休、出産といった福利厚生面で悩み、在職年数が長くなるほど転職を考える人や離職してしまう人が出ているのが現状です。これからさらに多様化していく学校教育の一端を担う学校図書館が負うべき責任や期待は大きくなるばかりです。その学校図書館の要である学校司書が積極的に教育に関わり、その専門性を発揮するためにも安定した雇用や経験と能力に基づく雇用契約の改善が図られることが大切だと思います。
(生田高校)
書評と紹介
鳥越泰彦著
「新しい世界史教育へ」
飯田共同印刷 2015年3月刊
 「盲点を突かれた」「勉強不足をさらけ出してしまった」「今まで自分が勉強し授業を展開してきた歴史や歴史教育はなんだったのか・・・」
 上記のような言葉しか発することが出来ない衝撃を私に与える一冊となった。
 著者の鳥越泰彦氏は、大学、大学院でドイツ史や東ヨーロッパ史を中心に研究され、その後、麻布学園中学校・高等学校で長らく教員として勤務された。しかし、2014年3月、韓国の高校との交流のため生徒引率していた滞在先のホテルで急性心不全のため急逝し帰らぬ人となった。
 鳥越氏は、3つの顔を持ち合わせる人物であった。第1は、「歴史教育者」としてである。1990年、麻布学園に着任以来、高校生や中学生に対して歴史とくに世界史を中心とした授業を展開された顔である。第2は、「歴史教育指導者」としてである。青山学院大学をはじめとするいくつかの大学で将来、歴史教師となる学生に対し教科教育法に講義する顔だ。そして第3は、「歴史教育研究者」としてだ。教科書や問題集の編集に携わりながら、教育特に世界史教育に対して論文を書き世に発信していく顔である。3者の顔を持つことが、発言や論文などに教育現場からの重みのある意見となったのである。
 本書は、3者の顔を持つ鳥越氏が急逝されるまでに書かれた世界史教育における論文・授業実践記録と、彼と3者それぞれの立場で関係した者の回想や解題などを入れ、一冊の本としてまとめたものである。構成は、「はじめに」「第Ⅰ部 歴史教育論」「第Ⅱ部 授業実践」「第Ⅲ部 未来への構想」「第Ⅳ部 回想記」「執筆一覧」「解題」「あとがき」となっている。自らの関心があるテーマから読み進めていくことができる。私が興味を持った論文を3つ紹介したい。
 1つ目は、第Ⅰ部 歴史教育論」の「第2章 学力観から見た中等教育における日独歴史教科書比較研究」である。日本では教科書会社の工夫はあるにせよ中等学校段階では用語や文字の分量、学習方法に大きな違いはない。しかし、ドイツでは基幹学校、実科学校、ギムナジウムなど校種毎に違いが存在し、学力差に比例した教科書となっている特徴があると分析している。
 2つ目は、「第6章 戦後世界史意識の変遷 -高校世界史教科書の分析から」である。「教科書レベルでの世界史像(中略)は、指導要領の世界史像を先取りするものであったこと(後略)」また教科書は「指導要領の世界史像より多様であった」と記している。著者は、この論文を通して教師は、教科書も一つの世界史像に過ぎないことを認識し授業に取り組むべきとしている。
 3つ目は、「第Ⅱ部 授業実践」の「第4章 『2006年度卒業アルバム』のインタビューから」である。氏が、「歴史教育指導者」として大学で教科教育法を教えることになった理由を、「何のために歴史を教えるのかっていうのを初めて真剣に考えたっていう」こと、「歴史好きが歴史の教師になるから歴史嫌いが生まれるんだなっていうのがわかった」ことについて語っている。大学で教科教育を教える中で感じたことを率直に語り、教員が歴史嫌いを生むことがあることを語っている。
 私は、今年で教員として12年目に入った。非常勤講師時代に、専門とする日本史を担当して以後、小学校教員3年間を除き、毎年、世界史科目を担当してきた。どの職場でも「世界史」を担当していることから、いつしか世界史専門と職場で認識されていることが多い。しかし、日本史・世界史専門ということは抜きにして、私も鳥越氏のように3者の顔を持ちながら、教育という場から発言していくことを理想としている。そのような者にとって、原稿を読んだ直後に出てきた言葉は、冒頭のものであった。氏の冥福を祈りつつ、後に続く「歴史教育者」「歴史教育指導者」「歴史教育研究者」として氏の残した業績を踏まえながら、「新しい歴史教育へ」が少しでも前進できるよう私も微力ながら教育活動に励みたいと感じた。
(神奈川工業高校定時制 加藤 将)
石川大我著
「ボクの彼氏はどこにいる」
講談社文庫 2009年3月刊
“「好きな人と映画を観て食事をする」そんな些細なことがたまらなく羨ましかった。”こんなことを思っている生徒が身近にいるとしたら、それはなんて悲しいことだろう。しかし、この言葉がフィクションではないことは、多くの養護教諭が経験上知っていることだろう。
 本書は、現在は東京都豊島区議会議員の石川大我氏が自身のセクシュアリティについて葛藤し、そして受容してからの世界の広がりを著した一冊である。石川氏は自身が「セクシュアルマイノリティ」であることを公言している数少ない政治家である。「セクシュアルマイノリティ」とは石川氏のような「ゲイ」のほかに、レズビアン・バイセクシュアル・トランスジェンダーなどの性的少数派のことで、頭文字をとって「LGBT」とも言われる。その割合は人口の3%~5%と言われており、これは学級に1~2人が在籍していることを意味する。しかし、多くの同性愛者は同性を好きになるなんて「普通」じゃない、と自身の思春期を「異性愛者」として振る舞うことが多いため、周りはおろか、当事者同士も気づかないことがある。現に本書の中でも、著者の中学時代の友人が自分と同じゲイであったということに全く気付いていなかった、と著している。
 1974年生まれの著者にとっての思春期は、今と比べて情報量の少ない時代であった。当時の小中高生の情報源は、テレビを中心としたマスメディアである。その中で取り上げられるゲイといえば、「ホモ」「おかま」といったマスメディアが作り出した一種のキャラクタであり、お笑いの対象であった。“バカにされ、「笑いのネタ」にされるところを見せつけられる。これでは「同性が好きな自分」を肯定できるはずがないのだ。”本書の中で著者はこう語っていた。
 思春期とは、自分は一体何者なのか、自分の存在意義とは何なのか、それらについて考える時期である。そういった大事な時期に同性愛者の多くは、性という人間にとって根源的なアイデンティティを確立することが困難な状態にさらされる。「昨日のテレビ、○○ちゃんかわいかったよな」という日常会話の中でさえ、「男(女)なら女(男)を好きになる」というヒドゥンメッセージに溢れ、「男(女)だけど、男(女)が好き」という自分自身は誰からも肯定してもらえない。思春期の時期に、友だちと同じ思いを共有するということ、辛い思いを共感してもらうということは、自分の存在を肯定することにつながる。著者のようにそういった作業ができないということは、どれほどしんどいことなのだろう。“いつかボクも女のコに恋する。「フツー」になれる”、何度そう自分に言い聞かせてきたのかと想像すると、胸が締め付けられる思いである。
 私はセクシュアルマイノリティについて考えると、いつも他のマイノリティの問題とリンクすると感じる。例えば、本校は外国につながる生徒が多数在籍している。外見も名前も「私たちと同じ日本人」のような生徒も多い。そんな彼らの前で、「ガイジン」というキーワードを排他的に使ってはいないだろうか?たった一言でも、それが相手に与える影響について鈍感になってはいないだろうか?目の前にいる人のアイデンティティが自分と同じだと思い込んでいないだろうか?「私たち」とは一体誰のことをさしているのだろうか?
 本書はストレートな言葉でこれらのことを投げかけている。「自分らしく生きる」ということは、認めてもらうことでも、許してもらうことでもない。違いを認め合うことだ。そのことの意味と、その先にある可能性について目の前にいるすべての生徒に伝えていきたいと思った一冊である。
(大師高校 養護教諭 渡邉麻美)
映画時評
『白バラの祈り ゾフィー・ショル、最後の日々』
 映画『白バラの祈り』は2005年に公開された作品である。舞台は1943年ドイツのミュンヘンである。ヒトラーによる独裁政治が続くドイツ国内で、抵抗運動が起こっていたが、その一つが「打倒ヒトラー」を掲げた「白バラ」の運動であった。ビラの発行を通して抵抗を訴えていた運動に関わっていた女性ゾフィー・ショルが、ゲシュタポ(秘密国家警察)に逮捕され、処刑されるまでの短い5日間が映画の中で描かれている。
 1942年6月終わりから7月初めにかけて「白バラ」第1号のビラが大学生やミュンヘンに住む教師・医師・公務員・飲食店の主人などに配布されたことから「白バラ」の運動は、始まる。ビラの内容はナチズムに対する抵抗を訴えるもので、郵送などの手段で各地に送られた。この運動の中心人物はハンス=ショル、アレックス=シュモレル、ヴィリー=グラーフである。ビラを発行する活動は一時中断されたが、彼らが東部戦線から戻ってくると再開された。新たに作成された第6号のビラではスターリングラードの戦いでドイツ軍が敗北したことに触れ、ヒトラー打倒を呼びかけた。
 この第6号の残ったビラをハンスが大学で配る計画を仲間に打ち明けるところから映画の重要なシーンとなってくる。兄ハンスとともに妹ゾフィーは、1943年2月18日に大学に向かう。二人は大学構内にビラを少しずつ束にして階段や講義室のドアの前に置いた。ゾフィーが3階の手すりに置いたビラの一部を手で払うと、ビラは光庭へと舞い降りていった。階段を急いで降りる二人を大学の用務員ヤーコプ=シュミートに呼び止められ、捕えられる。そして、ゲシュタポに連行され、長い尋問が続く。
 この映画での中心はゾフィーとモーアの尋問との場面である。最初の尋問で事件への関与を否定するゾフィーに対し、モーアはその供述に疑いを持ちつつも信じる様子をみせ、すぐに釈放されるだろうとほのめかす。しかし、ゲシュタポの家宅捜索とハンスの自供により事態は大きく変化していく。二回目の尋問が始まり、モーアの追及は厳しさを増していく。この場面がこの映画の見せ場といえるだろう。家宅捜査で見つかったピストル、切手シート、タイプライターなどの証拠をもとにモーアの厳しい追及が始まる。ハンスの調書と署名を見せ、ビラを作成したのが誰かをゾフィーに問い詰め、ついにゾフィーは自白を始める。その後の尋問の中で、感情を高ぶらせていくモーアにゾフィーは冷静に答えていく。さらにモーアは他の協力者がいたことを疑い、執拗に尋問を続けていく。法律でしか秩序は保たれないと主張するモーアが、「法律でなければ何に頼るのか」と質問すると、ゾフィーが「良心」と答える場面がとても印象的である。
 起訴状を見せられ明日(22日)には民族裁判所が行われることがゾフィーに伝えられる。裁判当日、法廷で兄ハンスと再会したゾフィーらに対する長官フライスラーの尋問は一方的に行われ、3人に死刑判決が下され、その日のうちに刑が執行される。
 ナチ側にいるモーアやフライスラーが怒りをみせ、感情を高ぶらせて話すのはヒトラーに似ているが、それに対して論理的かつ冷静に答えていくゾフィーたちの態度はとても対照的である。
 この映画の脚本を手掛けたフレート・ブライナースドルファーは、『「白バラ」尋問調書』の編者であり、新たに見つかった尋問調書に基づくこの作品は説得力を持ち、真実を忠実に伝えている。
 高校での世界史授業で活用したい映画である。ナチズムの時代のことは歴史的な事実のみを扱うだけで終わってしまいがちである。しかし、すべてのドイツ人がナチ党の政治に追随していたのではなく、それに抵抗しようとしていた人々がいた事実を伝えることは大切ではないかと思う。「白バラ」運動が文字による抵抗運動であり、これが有効な手段であったことに注目したい。この抵抗運動の存在は、ドイツがなぜ敗北したのか、ドイツ国民にとっての戦争責任とは何かを考えるときに、重要な示唆を与えてくれるであろう。
(城郷高校 大久保敏朗)
今はなき野庭高校
 1970年代の公立中学校卒業者の急増と高校進学率の上昇に対処するため「15の春を泣かせるな」をスローガンに「100校計画」をスタートさせた。
 1975年横浜日野高校(横浜南陵高校)のプレハブ校舎を間借りして4学級でスタートした、当初は1年半もあれば新校舎に引越ができると期待していたが馬洗川の工事(グランドが川の遊水池になっている)が長引き、さらに建築会社のもたつきがあり、完成が1977年の8月にずれ込み、一期生が3年の二学期にやっと新校舎での生活が始められる有り様であった。そのため、一から三期生までは4クラス、四・五期生は10クラス、それ以降は12クラス編成であった。エレベーターのない6階建の校舎で使い勝手が悪かった。
 創立当初の合い言葉「伸びる、伸ばせ、野庭」をモットーに、1年次RT(Review Time)・2年次AT(Advanced Time)・3年次PC(Progressive Course)を創設した。
RT‥‥‥国語・数学・英語の演習として各自が苦手科目の克服を目指し1科目を選択する。(数学選択者が多い)
AT‥‥‥国語・数学・英語の演習として各自が得意科目の伸長を目指し1科目を選択する。(少人数授業で三期生までは4クラス6から8展開その後10から12クラス十二から十四展開)
PC‥‥‥文系・理系の中から進路目標に合った科目を選択する。
 学力別クラス編成ではないので生徒が劣等感を持つこともなく、中学から高校へ橋渡し行われ苦手科目の克服に貢献できたと思う。(RT)また、RTの結果をふまえ各自がどの科目を前進させたいのか考えて2年次の選択を決めていった。それが進路に反映されたと思う。(AT)しかしながら教材研究は多忙を極め、我々教員も若かったから実施できたと思う。六期生から12クラス編成で全学年が12クラス編成なった時点で空き教室がなくなりRT・ATは行われなくなった。
 旅行研修(修学旅行)は生徒の主体的な計画立案、各地の生活・自然・文化財等の見聞を広め各自が自立的な行動がとれるよう拠点方式で班別行動を中心として行った。一から五期生までは1年次名古屋方面(2泊3日)、2年次岡山方面(2泊3日)、六期生以降は12クラス編成であったため2年次のみ3から4方面の拠点方式に変更(3泊4日)
 私が31から44歳までの13年間勤務した野庭高校での思い出がその後の教員生活に多大な影響を与えたと思います。
(1978年4月~1991年3月在勤 山﨑郁男)
速報! 県民図書室が変わります
教育文化事業推進委員会(県民図書室の運営方針等この委員会の協議で決まります)で1年間、県民図書室の今後の在り方を検討した結果、2016年度より県民図書室は次のように変わります。
1.予算を大幅に減らします。
教育文化事業基金(主任手当拠出金の積み立てで図書室資料購入費の財源)についての見通し、会館財政の逼迫、更に県民図書室の収納能力も考慮し、予算を大幅に減額しながら、図書室が長期にわたって安定的に運営できることを目指します。
2.県民図書室創設時の原点に立ち返ります。
従来、財政的なゆとりを背景に来館者を増やすため、手に取りやすい本や話題になっている本などを中心に幅広く選書する傾向にあったが抜本的に改めます。
原点に立ち返り、研究所・組合関連で入手した資料、各県立高校校内資料、学校関係者が遺した資料で神奈川の教育史を知る上で貴重だと思われる資料、組合関係資料(教研・分代・中央委員会・定期大会専門委員会等資料など)聞き取り調査の資料などの更なる発掘・整理を中心業務とし、二次資料を作成するなどして、所蔵資料を活用できる体制を目指します。なお、広く一般に公開する方針は変わりません!
3.購入資料は研究に必要と思われる基本図書に限定します。
予算を上限20万円(今年度資料購入実績72万円)とします。DVD等視聴覚資料の購入も中止します。
公共図書館にあると思われるものは購入せず、所蔵図書館等を調査紹介することで引き続き利用者の便宜を図ります。
4.購読雑誌は次の7点に絞ります。
「教育」かもがわ出版 月刊/「子どもの権利研究」日本評論社 年2回刊/「POSSE ポッセ」NPO法人POSSE 季刊/「教育学研究」日本教育学学会 季刊/「季刊 人間と教育」旬報社 季刊/「教育再生」日本教育再生機構 月刊/「Fonte(旧・不登校新聞)」全国不登校新聞社 月2回刊 
なお判断基準は ①教育に関する基本資料といえるもの/②若者世代をめぐる諸問題をテーマにもつもの/③教育現場での日常的な教育実践に関するもの/④公共図書館等では収集されないレベルの教育に関する専門資料 とし、寄贈雑誌(「教育委員会月報」 第一法規 月刊、「季刊フォーラム教育と文化」アドバンテージサーバー 季刊 他)についてもこの基準に照らし受入・公開します。
※具体的な利用方法などの変更点については新年度に入ってから改めてお知らせします。
余瀝
 進学校で求められている教員の在り方、中堅校で求められている教員のありかた、教育困難校で求められている教員のあり方、これに共通している部分は確かにあるが、違う部分もある。これは経験的にわかったことだ。全てを満たすことは、不可能な気がするが・・・
編集 県民図書室 石橋 功
発行 一般財団法人神奈川県高等学校教育会館県民図書室 http://www.edu-kana.com/
〒220-8566 横浜市西区藤棚町2丁目197番地 電話(045)241-2546 FAX(045)241-2700
編集 県民図書室 石橋 功
8 9000010 NO.94       2018/05/18   本館 開架 所蔵     共同時空No.94
「若者支援」の共同構成
中田正敏
 先日、思うところあって久しぶりにデモに参加をした。若者が多く参加していて、自分の言葉でそれぞれ語っている。自分が若者であった頃、こういう場ではあるスクリプト(台本)に喋らされていたようにも感じた。今は若者が主体として立ち上がっている。新しい文化に出会ったような気がした。
 最近、「かながわ生徒・若者支援センター」の事業に関わっていることもあり、若者支援というコンセプトに興味をもっている。イギリスでコネクションズ・サービスという事業がある。13歳から19歳のすべての若者を支援の対象として専門資格をもったパーソナル・アドバイザーが1対1で相談に応じ、アウトリーチ中心の支援がその内容である。日本でも、これをモデルとして「サポートステーション事業」が開始されていて、年齢は15歳から39歳で、「家事も通学もしていないもの」を「若年無業者等」として、そのうち「職業的自立をはじめとした自身の将来に向けた取組みへの意欲が認められる者及びその家族」を対象として「自発的な來所」を原則としている。
 現場を多少は知っている立場からすると、おそらく自発的に來所することができる若者はかなり限られている気がする。
 一方、「『子供』の貧困に関する大綱」では、貧困の連鎖を断ち切るためのプラットフォームとして学校を位置付けている。具体的には、学校内外の資源を活用した学力保障と共に「学校を窓口とした福祉関連諸機関との連携」として、「地方公共団体へのスクールソーシャルワーカーを配置して、必要な学校において活用できる体制」、「一人一人、それぞれの家庭に寄り添った伴走型支援体制」を構築するため、諸機関の専門家と連携し、支援を充実させることが提唱されている。「高等学校等における就学継続」も課題となっており、「高校中退を防止するため、高等学校における指導体制の充実を図る。特に、学習等に課題を抱える高校生の学力向上、進路支援等のための人材を高等学校に配置するとともに、課題を抱える生徒の多い高等学校での優れた取組を推進」し、「高校中退者等について、学校がハローワーク等に対し高校中退者情報を共有する等により、就労支援や復学・就学のための情報提供の充実を図る」ことが提唱されている。
 学校で仕事をしている人は、学力と貧困の結びつきについては今まで知らなかったということはなく、様々な局面で出会うことがあっただろう。しかし、「プラットフォームとしての学校」は新しい設定であり、貧困等による複雑なニーズに対応するために、スクールソーシャルワーカー、就労支援のNPO等の専門職とどう連携するのか、という新しい課題を提起している。
 ところで、学校とはかなり複雑な仕事を担う教職員という専門職の職場である。専門職である以上は、専門性の一定の水準を確保するために標準的なもの(スクリプト)がある。一方、授業を担当する場合等には、児童・生徒とのあいだで複雑なやりとりという関係性があり、個々の状況に即した個々の思慮分別が確保される必要がある。標準的なものと思慮分別のあいだの独特なバランスに妙味がある。そして、児童・生徒との関係性と比較すると、同僚と緊密な連携をして仕事をすることは今まではあまりなかったとも言える。
 さらに、その上、最近では、本来はあまり複雑でない、ある意味では合理的にやればすっきりうまくいくような、つまり、技術的な改善によって解決するという考え方が入り込んできた。学校内の仕事については単純な業務改善で対応できることもあるにはあるのだが、かなり標準化路線が蔓延し、ついには、人を相手とする複雑な仕事にも誤って適用され、しかも、標準化路線は実際に仕事をする人ではなくて仕事の方法を考える人によって、上から外部からの動きによって進められている。標準化が及んではいけないし、そうなれば人を相手とする仕事に必要不可欠な個々の場面における思慮分別が脆弱化していくリスクが顕在化しつつある。現在、問題となっている「多忙化」とはこうした状況を言語化したものかもしれない。
 
 ともかくも、こうした複雑な学校組織の中に、新たに専門職が入って連携をすることになるようだ。学校組織に新たに参入する専門職にも一定の標準化されたもの(スクリプト)があり、それとの絶妙なバランスで思慮分別が機能する場が、教職員と同様に確実に保障されなければならないし、さらに、教職員も含めた多様な専門職のあいだで以前より緊密な関係性が構築されなければならないとすると、今後の展望を拓くためには、標準化と思慮分別のバランスがとれた組織となるように枠組みを拡張する必要がある。
 
 ケネスガーゲン著(東村知子訳)「あなたへの社会構成主義」(2004、ナカニシヤ出版)は、組織の中での日常的な対話が未来を構成するという枠組みを紹介している。具体的には、ある特定の支援対象となる人々への専門家のモノローグではなく、「支援される」当事者も含めたダイアローグ(対話)という関係性の中で新たな意味が生成するという考え方である。こうした枠組みでは、支援とは専門家の共同体の中で構成された標準的なスクリプトにしたがって処方されて提供されるものではなく、対話的な関係性の中で共同構成されるものである。
 
 これはパラダイムの転換である。支援の対象が支援の共同構成の主体になるからである。おそらく、こうした枠組みでは、「支援の対象」としての若者が自分の言葉で自らを語るであろうし、それを前提として、異なる専門性をもつ専門家のあいだの真の協働も成立する。つまし、ダイアローグは当事者と専門家のあいだだけではなく、様々な領域の専門家の間の関係性が成立し、それぞれの標準化されたスクリプトを見直し、共通のスクリプトをつくる契機となるような可能性がある。これもまた、新しい組織文化の創出の萌芽であるに違いないと思う。
(かながわ生徒・若者支援センター共同代表)
学校図書館は、今・・・
「ある学校司書の日々雑感」
井上晴子
 猛暑だった今年の夏も過ぎ、この号が出るころにはすっかり秋になっているのだろう。
神奈川の県立学校図書館には、閲覧室を除きエアコンが入っていないところが多いので、この夏も各校の学校司書は、熱中症との闘いにあけくれたのではないだろうか?本校図書館も多分にもれず灼熱の日々を過ごし、室内のガラス窓に貼っている装飾が溶けてしまった。(写真参照)「日が当たる場所でもないのにな…」と図書委員が不思議そうにつぶやきながら掃除してくれた。その他にも「プラスチックのカードケースが溶ける」「前日に迷い込んだ虫や鳥は次の日には全滅」など事例をあげたらキリがないが、そんな環境のなかでも働いてくれる生徒がいるから司書は頑張っていけるのかもしれない。
 8月の終わり、鎌倉市図書館の司書のツイートが話題となった。「もうすぐ二学期。学校が始まるのが死ぬほどつらい子は、学校を休んで図書館へいらっしゃい。…」
各種メディア、行政も巻き込んでの大きな話題になったが、私は少し違う観点で見ていた。学校図書館は、図書館法の対象外だから図書館じゃないと言われることがある。公共図書館と学校図書館の役割は違うと言われることもある。でもこのツイートを読んでやっぱり学校図書館も図書館であり、図書館の役割は共通しているのだと実感した。ずいぶん前から学校現場では、授業に出られない、教室に入れない生徒の保健室登校・図書室(図書館)登校が認知されてきた。学校図書館で楽しそうに本やマンガを読んで司書にも薦めてくれる生徒が、実は教室では一言もしゃべらない生徒だったり、授業には出られないけど、その分の課題を一生懸命作成している生徒の手伝いをしたり…。図書館なりの見守りを行っている。鎌倉市図書館の呼びかけは、司書として同じ気持ちなんだなということを再認識させてくれた。心の居場所、心のよりどころとしての役割も共通していることが嬉しかった。学校に来られる子は、学校図書館でも見守ってあげられる。
でも学校に来ること自体が苦しい子や卒業したり辞めちゃったりした子は、どうするのだろうと常々思っていた。そんな人たちの身近にある公共図書館が心の支えになってくれるなら安心して生きていけるよと伝えたい。鎌倉市図書館は、後日「つらいきもちをかかえているあなたへ」と題した別のツイートも発信している。
 今年度、神奈川県では17年ぶりに正規職員としての学校司書が採用された。学校図書館界(?)にとって全国的にみても数少ない正規職員での採用は、久しぶりに明るい話題だった。長年にわたる神奈川での学校司書の実践が認められたのかなという自負と学校図書館に対する教職員の協働協力のおかげという感謝の意を表したい。新採用の司書には、ぜひともフレッシュな感覚を思う存分発揮してもらい、神奈川の学校図書館に新風を吹き込んでくれることを期待している。一緒にがんばろうね。
(横浜旭陵高等学校)
書評と紹介
ジュリアン・バジーニ著
『100の思考実験』
紀伊国屋書店 2012年3月刊
 あなたは思考実験をしたことがあるだろうか。思考することは、人間にとって大きな利益をもたらす。なぜなら、自分がどのように生きるかにつながってくるからである。
 もし、“コンピュータが人間よりも確実に正しい判断をする場合、大統領などの一国のトップをコンピュータに任せるか”、という質問を投げかけられた時、あなたはどのような反応をするだろうか。「コンピュータは時々バグを起こしたり、故障したりするから任せたくない」、また、「そのコンピュータを利用して誰かがなにか悪いことをするかもしれない」などコンピュータを利用する際のリスクについての意見が出るかもしれない。しかし、そのようなリスクが全て解消されたとしたら、また、そのようなリスクを出すほどコンピュータが愚かでないとしたら…、そうであったなら、あなたはコンピュータに国の政治を任せるという判断を下すだろうか。そうだとしても、ここで「イエス」と言う人はおそらくほとんどいないだろう。たとえ、人間の判断が“間違って”いたとしても。
 倫理的に正しいこととは、必ずしも人間が受け入れやすいものではない。更に“正しさ”というものにも様々ある。ベンサムのいう「最大多数の最大幸福」こそが“正しさ”である、という考え方もある。しかし、少し考えてみれば、この「多数の意見が正しい」という考えは極めて危険であるということもわかる。マイケル・サンデルが「これからの正義の話をしよう」の中でも言っていたように、この考えは少数派として生きている者の意見を全て抹殺することにも繋がりかねないからである。
 思考実験には絶対の正解というものはない。
本書の思考実験は実際の世界で起きた同じような事例がいくつもある。もちろん、それらの中には何らかの判断が下されたものもある。しかし、様々な面からみると、その判断すらも正しかったかどうかわからないのである。
 「11 わたしがするようにでなく、言うようにせよ」では、1人の人間の行動は、全体には大きな影響を与えないことについて思考を求めている場面がある(この思考実験はそのことについてだけの思考を求めているわけではないが)。確かに、全体が行っていることに対して、私たちの中の1人がやらなかったからと言って大きな影響はない。言ってみれば、選挙なども同じである。近年の日本の投票率の低さはそんな個人一人一人の「私が何を言っても、何を行っても世界は変わらない」という気持ちからきているのかもしれない。しかし、18歳の選挙権が認められた今、若い人の政治参画が求められている。それは同時に大人にも国民主権を考える機会が与えられた。そんな中で、一人一人の人間が「自分は知らない、やらない、関係ない」はもう許されない。本書は人間が新たに思考することだけでなく、“再び”思考するためのテキストなのかもしれない。
 考えることは人間の本質である。かつてパスカルも「人間は考える葦である」と言い、「人間の尊厳のすべては考えることである」、「考えが、人間の偉大さを作る」とした。考えなければ人間としての価値を疑われてしまうのならば、私たちは世の中に目を背けてはいけない。必死に考えることにより、人間という形を保たなければならないのだ。
 さぁ、“あなたはどこまで考えられるか。”
(藤沢総合高校 松長智美)
仁藤夢乃著
『難民高校生』絶望社会を生き抜く「私たちのリアル」
英治出版 2013年3月刊
 最近、「○○難民」という言葉を目にすることが多くないだろうか?
ネット検索しても、「がん難民」「昼食難民」等いろいろと出てくる。「難民高校生」という言葉から、どういった生徒を思い浮かべただろうか。今までに出会った生徒、今現在関わっている生徒の顔が思い浮かんだだろうか。
 この本の帯に、「ずっと気づいてほしかった。」とある。著者は、現在は女子高校生サポートセンター・Colabo代表理事として「居場所のない高校生」や「性的搾取の対象になりやすい女子高校生」の問題を社会に発信するともに「若者と社会をつなぐきっかけの場づくり」事業を展開している。しかし、自身が高校時代は髪を染め、学校にはろくに行かず、渋谷で月25日過ごす「難民高校生」だった。家族が崩壊し、将来の夢もなく、勉強する目的もなく、高校での勉強に意味を感じず、葛藤の末に高校を中退した。渋谷で多くの時間を過ごしていた頃の友人も、「自分たちの気持ちはどうせ言ってもわかってもらえない」と同じ思いを持っていた。その後、高卒認定試験の予備校で講師の元高校教師との出会いから、農園での共同作業や海外での難民支援、ボランティア活動など様々な経験や出会いを通して、「なんとかしたい」と思うようになった。農園タイムスに「のうぇん。楽しかった。虫。」としか書けなかった彼女が、大学入試で「多くの人と関わり、…社会の中で人の心の動きを考え、問題の原因を突き止めて行動できる大人になるために、貴学の社会学科への入学を希望します。」と書くまでになった。東日本大震災後には、石巻の製菓会社と女川高校の生徒と協力して「たまげ大福だっちゃ」を開発し、被災地の「自分たちも何かしたい」けれど、どうしていいかわからない高校生の思いと「何ができるかわからない」全国の人々の思いをつなぎ、支援に結びつけていった。
 私は、保健室で高校生と接する仕事をしている。内科的・外科的対応の他に「眠れなかった」、「なんだかわからないけどとにかく気持ち悪い」という訴えから、突然の雨でずぶ濡れの子の着替えの心配まで、よろず駆け込み寺である。来室記録を書きながら、生活の様子を聞いたり、時には家庭の様子も聞いている。生徒の中には、問われるままに気になっていること、恋愛の話、愚痴を話し始めたりすることもある。しかし、どれだけ彼らの心の思いを聞くことができているだろうか。授業に戻そうとしても、なかなか腰を上げようとしない生徒がいる。一日に何回も来室する生徒がいる。保健室は、授業中であっても使いたいときに、生徒が自分の理由で来室できる部屋である。だから心身に「何かある」生徒が来ているはずだ。でも、である。
 身近にやる気無さそうそうな(そう見えてしまっている)生徒はいないだろうか。「若者の問題」は、大人が作っている「大人の問題」でもあるという。大人は自分達と切り離して考えてはいけない。著者は高校生と大人をつなぐ若者として、大人に「個として向き合ってほしい」「可能性を信じる」大人として頑張っている「姿勢を見せる」、ということを望んでいる。「本当に大人に期待していなかったら大人に文句なんて言わないし、反抗的な態度はとらない。わかってほしいという気持ちの裏返しや、やり場のない想いを発散するためそういう行動をとってしまうのだ。」と。生徒がなぜそういった言動を取るのか、当たり前ではあるが、人への興味関心、可能性を信じる事、自分の中のやる気が、人を相手とする私たちの仕事の原点であると確認した。
(百合丘高校 養護教諭 根本節子)
映画時評
ふたつの「日本のいちばん長い日」
 「日本のいちばん長い日」を観た。リアルタイムの邦画は滅多に観ない。しかし今回は、旧作「日本のいちばん長い日」(岡本喜八監督、1967年)に衝撃を受けた者として、劇場に足を運ばずにはいられなかった。原田真人監督は、あの完璧とも言える旧作に一体何を付け加えたくて撮ったのかを知るために。
 二作が決定的に違うのは、旧作では演者も観客も、全て戦争を身を以て体験しており、さればこその凄まじい迫力でたたみかけて来る点だ。2008年の鑑賞当時、手帳に貼り付けた配役表によれば、三船敏郎、笠智衆、志村喬といった主役級の役者はもとより、端役に至るまで文字通りのオールスターキャストである。手帳のメモでは、「1967年当時はこの配役で、この題材の映画が撮れたのだ。」という感慨に加え、宮城事件で決起した青年将校たちが近衛師団長を殺し、その名を使って命令を出したなどといういきさつを知らなかったことを恥じてもいる。一方新作では、誰も戦争を“知らない”中で、事件を描かなければならない。演じる側に要求できるレベルも違う。とすれば、今だからこそできることは何か。 
 時代と共に忘れ去られるものがあるならば、時代が進むにつれ、見えて来るものもある。原田監督が意図したのは、ソクーロフ監督の「太陽」(皇后役の桃井かおりの演技が印象に残る)に触発されたという現身(うつしみ)の天皇の姿とその言動を描くことと、登場人物それぞれの背後にある“家族”という要素だった。“あの日”の人々と現代の人々の感性を、“家族”という共通項で括って繋ごうとしたのである。だから阿南大臣は子どもたちを風呂に入れ、鈴木首相の不自由な体には、いつもたくさんの家族が手を添える。あまりに現代的過ぎて、違和感を感じる場面もありはするが。
 監督の大きな目的は、若い観客や出演者に当時の実状を知らしめることだろう。現に、畑中少佐役の松坂桃李は完成した作品を観て、戦争の「怖さを知らなかったことに対する怖さというのも強く感じました。」とインタビューで語っている。
 家族描写に力を入れたために、旧作の息詰まる緊迫感は失われているし、時系列に従っているのにもかかわらず、何が起こっているのか知識の無い者にはわかりにくい。けれども本作をきっかけに若い人たちが当時の状況を想像し、薄氷を踏みつつの戦争終結であった、と知るだけでも意味がある。
 同様の意味で、この夏に観たドキュメンタリー作品をどうしても紹介したい。「それでも僕は帰る シリア 若者たちが求め続けたふるさと」。人口2000万人強(2011年現在)のシリアでは、国内避難民425万人、国外に脱出した難民は220万人(2013年)。2015年には、難民だけで400万人以上という統計もある。それは、死の危険にさらされ、それでも生き延びて国外に出た人々の数である。
 カメラは脚色する余裕も無く、主人公バセットの周りで次々に起こる事実を映し出す。おびただしい死。凄まじい砲撃。子どもの死。一瞬映る拷問室。親友の死。――家族と共に過ごす安息の中では輝くような笑顔を見せる青年が直面するこれらの映像は、フィクションではない。観客は、再構成された“現実”ではなく、正真正銘のリアルな現実の中に放り込まれる。ここにあるものを、純粋に映画作品としてのみ論評することは、不可能だ。観客は自身の日々の生とバセットのそれとの落差に呆然とし、自分にできることは何かを考え始める。
 このように、目の前にある現実を突きつけて迫るのも映画の使命なら、過去を復活させ、検証して眼前に差し出して見せるのも同様である。新作「日本のいちばん長い日」は、過去を語る方法の可能性を提示して見せることに成功したといえるだろう。
(逗子高校 松長裕美)
今はなき大船工技
 大船工業技術高校(大船工技)の閉校から今年で12年が経過した。私の赴任したのは1997年4月である。男子ばかり(実際は女子も若干名いたが)の小規模校(1学年3クラス、全9クラス)、その程度のことしか知らなかった。その当時すでに閉校のうわさがあり、どうなるのだろうという多少の不安はあった。学校は大船駅の北西側で鎌倉市岡本にあった。付近には工場やマンションが立ち並び、その中にひっそりとたたずみ、お世辞にも活気のある学校とは言えなかった。今となっては跡地が学校だったのか、それとも、工場だったのかわからないという人もいるようだ。数年前にたまたま来て見るとそこには立派な病院が建ち、工場の跡地には大規模なショッピングモールができて風景は一変していた。ある卒業生がこの病院に来た時に、母校のあった場所だと気づいて驚いたとか。
 私は普通科の職員(現在は退職している)であり、工業科について詳しいことはわからない。が、最後に居合わせた者として、その変遷をささやかながら綴ってみたい。大船工技の前身は大船技術高校(大船技高)である。綿引光友「技高は二度、『廃校』となった」によると、技高は4年制で県下に7校あり、いずれも県立職業訓練所に併設する形で発足したという。技高生は「一昼二夜」(2年生以降は1週間のうち1日は昼間、2日は夜間)と呼ばれる登校形態であった。一方、職員は4日は昼間、2日は夜間の勤務形態であった。学年ごとに登校日が異なるため全員が揃うことはなかった。大船技高は1963年4月に開校され、1976年3月に他のすべての技高とともに閉校となった。志願者が減少したことと新学習指導要領に対応するためであった。
 1973年4月からは大船の他、相模原、平塚西の3校が全日制工業技術高校として発足する。工技の特徴はいずれも技能者養成のための実習に力点をおいた学科を設置していることである(大船の場合には機械科と電子科のち電気科と改称)。午前から実習が行われる日には普通科の職員の授業がないといったように変則の時間割であった。工業科の職員数は比較的多く、生徒一人一人に目配りできるという印象を受けた。たとえば、鋳造や鍛造、旋盤などといった実習では生命にかかわるような危険な作業を伴う。したがって、生徒の一挙手一投足に常に気を配らねばならない。実習を通じて生徒の中には専門分野に興味を持ち、資格取得を目指したりする者もいた。
 新校設立準備委員会は藤沢工業高校(藤工)との間で開かれた。大船工技は2001年度に募集停止となり、創立30周年となる2002年度末の閉校が決まった(同時期に平塚西、2年後に相模原がそれぞれ閉校となる)。最後の学年の生徒たちが卒業していくと、3月下旬には閉校式が行われた。その間にも校内の備品が、その多くは藤工へ、一部は他校からの求めに応じてあわただしく搬送された。職員は備品の搬出や大量の廃棄物の処理に追われる日々であった。藤工の校内の一角には大船工技を記念して資料室が置かれている。技高時代を含めての記念誌やアルバム、各種賞状やトロフィなどが収められている。そして、翌月藤沢工科高校として藤工の地に第1回新入生を迎えた。
(大船工技旧職員 秋末一政)
新刊図書
「専門家として教師を育てる(教師教育改革のグランドデザイン)」岩波書店 佐藤学著
 グローバリゼーションと知識社会化が急速に進む現在、各国において教師に対する政策は主要テーマであり続けてきた。その結果、国際比較でいうと、現状で日本の教師の学歴水準は開発途上国並となり、世界でも最低レベルになってしまった。加えて多忙化や学校組織の自律性が著しく低いことも問題である。かっては世界でもトップレベルだった日本の教師の質をもとに戻すためには必要な改革は何か。特に教員免許のあり方の制度設計とはどういったものかといったところを中心に教育学者の第一人者が論議を呼ぶ提言を行った書である。
「沈黙の国から来た若者たち」文芸社 原田房枝著
 在オーストラリア35年、留学生支援学校で多くの高校生と接してきた著者は、日本の家庭と教育の問題点――何が優れ、何が劣っているのか――を鋭く分析する。そして、留学は帰国後こそが難しいと指摘、違いを得るために送り出すのであれば、違いを受け入れる覚悟が要る。社会全体とシェアし還元できることで、留学は真の意義を持つものとなるという論説は本質をついている。 
「ピケティ入門(『21世紀の資本』の読み方)」金曜日 竹信三枝子著
 (著者のコメント)ピケティについて、日本の格差を取材してきた記者の目からわかりやすく書いて欲しいという要請がありましたのでこの本を出しました。選挙を前に、アベノミクスをピケティを参考に分析してみたらどうなるのかについても論考しています。「格差は放置すれば拡大するもの」というピケティの論が、だから格差は当然、と読み替えられかねない日本の空気の中で、そうしたすり替えに待ったをかけたいという思いがありました。ご関心があれば一読ください。
「『慰安婦』問題と戦時性暴力(軍隊による性暴力の責任を問う)」法律文化社 髙良沙哉著
 日本と植民地支配との関係、裁判所・民衆法廷が事実認定した被害者・加害者証言の内容、諸外国の類似事例との比較から被害実態と責任の所在を検討。戦時性暴力の視座から単なる「強制の有無」の問題にとどまらず「制度」の問題であることを強調した書である。
最近の教育関係雑誌より
 県民図書室で定期購読入している雑誌を紹介します。これらの雑誌は県民図書室前の廊下の書架に並んでいます。ぜひ手にとってご覧下さい。
☆『季刊フォーラム 教育と文化』(国民教育文化総合研究所)
☆『くらしと教育をつなぐ We』(フェミックス)
☆ 教育科学研究会編集『教育』(かもがわ出版)
☆ 日本教育学会 『季刊 教育学研究』
☆ 季刊教育法(エイデル研究所)
☆ POSSE(NPO法人POSSE)
☆『学校図書館』(全国学校図書協議会)
☆『教育再生』(日本教育再生機構)
☆『季刊 人間と教育』(旬報社)
☆『家族で楽しむ 子ども農業雑誌 のらのら』(2015年秋号 農文協)
☆『DAYS JAPAN』(発行編集:広河隆一)
☆『世界』(岩波書店)
☆『切り抜き情報誌 女性情報』(パド・ウイメンズオフィス)
☆ 月刊 高校教育
余瀝
 高校再編計画が発表になり、また多くの高校度が姿を消すとのこと。県立高校への希望者の数から考えると減らす必要があるのか疑問である。また、自分たちの卒業した母校がなくなる若者達に、故郷や国へのアイデンティティを持たせることは可能とこの施策をすすめる人たちは考えているのか?
編集 県民図書室 石橋 功
発行 一般財団法人神奈川県高等学校教育会館県民図書室 http://www.edu-kana.com/
〒220-8566 横浜市西区藤棚町2丁目197番地 電話(045)241-2546 FAX(045)241-2700
編集 県民図書室 石橋 功
9 9000009 NO.93       2018/05/18   本館 開架 所蔵     共同時空No.93
「労働教育」の実践をはじめよう!
馬鳥 敦
「労働」をテーマとした授業をスタート
 2004年度、当時勤務していた県立高浜高等学校の学年団で「総合的学習の時間」の企画担当となった。この仕事は本当に楽しかったと記憶している。第3学年の総合的学習の時間の授業として、従来から実施してきた地域の皆様を講師にして実施する「市民講座」(12講座)、県行政書士協会の事業を活用した「消費者問題講演会」に加えて、新規の企画として「結婚子育て」、「社会保障・年金」、「防災」、「労働」をテーマとした授業を企画・運営した。
 「労働」をテーマとしての授業は、次のように4時間で展開した。テキストとして、県商工労働部(当時)作成の「2004労働手帳」を取り寄せ、全員に配布した。
 ○第1時間目「労働基準法って何?」
  ワークシート利用。高校生のアルバイトをめぐる○×クイズからはじまって、労働基準法とは労働者の権利を保護するため、労働条件の最低基準を規定した法律であって、アルバイトにも適応することを切り口に、労働契約、最低賃金、労働時間・時間外労働についての学習を展開。
 ○第2時間目「労働者の権利」
  ワークシート利用。アルバイトをめぐる○×クイズからはじまって、労働災害、年次有給休暇、母性保護、育児休業・介護休業制度(家庭と仕事の両立支援)、リストラ(整理解雇)についての学習を展開。
 ○第3時間目 講演会「社会で役立つ!ワークルール」
  平塚商工労働センター(当時)から2人の外部講師を招聘した講演会を実施。
 ○第4時間目 この単元のまとめ。
  ワークシートの整理。話し合い。
 はじめての試みであって、こなれない部分もあったが、生徒の反応は悪くなかったこと記憶している。
 特に、アルバイトの職場で実際で起こっている問題点について、各クラスの授業担当者(副担任)と生徒の活発なやり取りが行われたようだ。配布した「2004労働手帳」は、生徒には難解であったようだが、数人の保護者から「私が活用しました」という類の言葉をかけられた記憶がある。学校で実践する労働教育は、労働者である保護者へのアプローチも視野に入れるべきことも大切ではないかということを実感した。
生徒・若者をとりまくきびしい労働環境の中で
 さて、その後日本の労働環境は大きく変動した。2004年には労働者派遣法の適用職種が製造業に拡大され、非正規労働者の割合は増加した。昨年11月に公表された総務省調査によると、日本における非正規労働者の割合は労働者の37.1%に達した。
 現在、「ブラック企業」「ブラックバイト」という言葉に象徴されているよう日本の若者は、きびしい労働環境に投げ込まれている。「若者雇用対策法案」が検討されているが、一方で「アベノミクス」の一環として労働者保護規制の緩和が企図されている。このままでは、ますます若者の労働環境は深刻化されていくことが予測される。このような状況の下、高校生にワークルールをきちんと教えていく労働法教育の環境整備をすすめていくことは、今日的課題であるといえる。
県教委への問題提起
 2015年3月16日、神高教は連合神奈川として、桐谷教育長に「学校における労働教育の推進に関する要請」を行い、以下の4点を要求する交渉・協議を行った。
 (1)働く上で必要なワークルールや労働安全衛生、使用者の責任、国際労働機関、経済状況や雇用問題に関する知識を教育活動の中で十分活用できるよう、教員の研修機会を保障すること。
 (2)各学校が、労働組合、労働行政、NPO等の外部機関と連携をはかることができるよう条件整備に努めること。
 (3)各学校段階で、労働教育を実施する際利用できる神奈川県の実態に根ざした教材を作成すること。
 (4)中学や高校卒業者に対して、働く上で必要な最低限のワークルールや困ったときの相談先を書いたリーフレット等を配布すること。
実践的な労働教育の交流の場として
 神高教は、実践的な労働教育の交流の場として、研究者、NPO、行政、労働組合と連携し、「労働教育研究会」を立ち上げ、都高教とともに積極的なとりくみをスタートした。
この研究会は、2014年12月20日に労働教育研究会発足公開シンポジウム「労働教育の実践を進めよう―若者たちの未来のために」を実施した。このシンポジムの内容は、YouTubeで簡単に観ることができるので、ぜひご覧いただきたい。この中では、県立田奈高等学校(当時)の吉田美穂子さんが「生徒の実態をふまえた労働教育」というテーマで実践報告をしている。
立ち遅れる労働教育
 「労働教育研究会」の呼びかけ人の1人である竹信三恵子さんは、『しあわせに働ける社会へ』(岩波ジュニア選書、2012年)という著作をあらわしている。その中で、著者は「最近学校では、『キャリア教育』というものが盛んです。キャリアとは、職歴、仕事の実績という意味です。非正社員が増え、正社員としての就職の門戸が狭まる中で、会社に学生を採用してもらおうと学校も必死です。親たちが子どもの将来に不安を強める中で、就職率の高さを大学選びの指標にする例も増えています。そんな状況に対応するため、子どもたちに自分がどんな職業で身を立てていくか考えさせ、見合った仕事力を養うのが『キャリア教育』です。(中略)『仕事をする力』をつけることは会社も歓迎します。そのため、キャリア教育に力を入れる学校は、近年増えています。一方で、働き手としての権利やルールを学ぶ『労働教育』は普及が遅れています。」(p123)と指摘し、社会で現在普通に生きていくための労働教育の重要性を様々な例を用いて強調している。
県民図書室への期待
 生徒・若者をとりまくきびしい労働環境の中で、高校の教職員が労働教育の重要性を共有し、各学校現場で労働教育を実践していくことはきわめて重要な課題となっている。神奈川県高等学校教育会館県民図書室が、労働教育の実践に関する資料・教材を収集し、各学校現場に労働教育に必要な情報を発信されることを心から期待したい。
(神奈川県高等学校教職員組合執行委員長)
学校図書館は、今・・・
今も昔も、日々精進!
池上貴子
 異動するたび、ひときわ緊張を強いられるのが、“図書館常連さん”とのファーストコンタクトだ。
 大ざっぱに分けて、常連さんには、人につく「犬型」と、場所につく「猫型」がいると思っているのだが、自分が「猫型」なせいか、私が勤めていた間の常連さんは基本「猫型」だったように思う。どちらにしても、(「犬型」の人には特に)自分は生徒たちの希望にどれだけ沿えるだろうかと心配になる。
 何をするにも文字通り手探りだった新採用時代、常連さんの活動から何をしていけばいいのか少しずつ学んだ。その他にも多くのことを学ぶのに生徒たちが指針となった。
 その最たるものは「生徒が読みたい本は生徒が知っている」ということだ。
 「何を当たり前のことを」と思うかもしれないが、当時リクエスト制度は今ほど定着していなかった。年に2回の購入希望調査による選定をしていた際、生徒の購入希望をもとに図書委員が直接選んだ本の利用率の高さは目を見張るものがあった。こうした実績あってこそ、選定方法の変更もすすめることができたのだと思う。
 生徒から学ぶのは、もちろんいいことだけでなく、戦いや駆け引きもそうである。最初の2年くらいはおっとりと何でも信じたが、3年目で「?」と思い、裏を読むことを覚えた。ちょっと気づくのが遅かったが、しっかり鍛えてもらったという感じだ。
 異動するたび、そこで出会う生徒たちには様々な種類のことを教えてもらった。
  ・特殊なジャンルの本は、生徒が貸してくれた。
  ・イラストの得意な生徒から、便利な画材と色塗りの技術を習った。
  ・聞いたこともないバンドのおススメ曲を何曲も聞かせてもらった。
  ・ゲームの攻略方法や裏技を教えてもらった。
  ・同人活動の苦労や醍醐味を語ってくれた。
  ・PCで複雑な処理を引き受けてくれた。   などなど…
 役に立つとか立たないとかは関係なく、生徒たちから教えてもらったことから、楽しみを共有し、いろいろな趣味が同居でき、より多くの利用者が違和感なくそこに居られる図書館、(特に蔵書構成において)そうした場を提供したいというのが、私の漠然とした目標になっている。
 今いる学校は工業系の学校で、専門的なものも含めて新たに勉強しなくてはいけないことばかりだ。
 技術・流行… リクエストだけでは捉えきれない生徒たちのニーズを見逃さないよう相変わらず心配の日々を過ごしている。
 常に新陳代謝を繰り返す「生徒」という利用者が、私たちの導き手だ。図書館は、司書が、ではなく、利用者が育てていくのだとしみじみ実感するのである。
(川崎工科高校)
書評と紹介
藤川隆男・後藤敦史編
『アニメで読む世界史2』
山川出版社 2015年1月刊
 本書は、アニメを通じて世界史を学ぶ目的で書かれた本である。前作の『アニメで読む世界史』が、『フランダースの犬』や『アルプスの少女ハイジ』などで有名な「世界名作劇場」を題材に、19世紀のヨーロッパ・アメリカの歴史を描いていたことを考えると、本書で扱う範囲はかなり広がっている。「本当の意味での『世界史』の本になった」と言える。時代は紀元前から日本の高度経済成長期まで。地域もアジア・アフリカ・ヨーロッパ・アメリカ、日本に広がった。扱うアニメも「世界名作劇場」に加えてスタジオジブリ、ディズニーといった、かなり有名な作品が取り上げられている。本書は「最初から読んでいけば、世界史の流れが理解でき」しかも「楽しんで読む」ことを目指したかなり意欲的な本である。(「 」内は本文からの引用。)
 本書の特長はそれだけに止まらない。各章で扱われる11本のアニメそれぞれに、約20ページにも渡る様々な視点からの解説が加えられている。例えば『ターザン』の章では、『ターザン』以外に、続編の『ターザン&ジェーン』『ターザン2』そしてE・R・バロウズによって書かれた原作『類人猿ターザン』など関係するあらゆる作品が取り上げられ、さらには歴史的背景についてもかなり詳しく言及されている。おそらく題材として取り上げられたアニメを見たことがあっても、知らなかった知識を得ることができ、また繰り返し見たくなるに違いない。(私も『ジャングルブック』、『ノートルダムの鐘』など何本かつい見てしまった。)
 本書は以前この欄で紹介された『市民のための世界史』の編集者である大阪大学歴史教育研究会に参加する若手研究者たちによって書かれている。本書で描かれる歴史的叙述は最新の研究成果を反映したものであり、しかも子供に話せば「パパやママすごい!」と尊敬してもらえるようにわかりやすく面白く読めるように書かれている。
 例えば、『アラジン』のランプの精のジーニーの髪型。あれは中国の清を建国した女真族の辮髪である。なぜイスラーム世界を舞台にしたアニメで辮髪が登場するのかと言えば、実はアラジンの舞台が、原作(『千一夜物語』)では中国だからである。映画化する上でほとんど中国らしさは削られたが、彼の辮髪は残ったのである。この様な興味深いエピソードが随所に盛り込まれているのも本書の魅力である。
 世界史を楽しく学ぶ以外の目的が本書にはもう一つある。それは大学での歴史研究のあり方を、大学外(ここではアニメの世界)に広げていくことである。大学外の歴史教育、歴史博物館、歴史文学など歴史にかかわる文化活動をパブリック・ヒストリーと言うが、パブリック・ヒストリーへの関心は最近、特に高まっている。ただその一方で大学での歴史研究は衰退していっているらしい。結果として、資料もろくに確認せずに、ネット上に書かれた説明があたかも事実であるように転載されていくという現象が起きており、従軍慰安婦問題などの問題では、特にそういう傾向が強い。無数の資料を比較し、資料の適否を判断し、蓋然性の高い説明を行う歴史家の力が、パブリック・ヒストリーの場でも発揮されるべきだと考え、編者は本書を作成したのである。
 本書を読むことで、アニメの新たな魅力に気付くと同時に、歴史学の大切さにも気づけるであろう。歴史に関心がある多くの人に、歴史学の入門書としても読んでほしい本である。
(神奈川工業高校 中山拓憲)
藤田和也著
『養護教諭が語る東日本大震災 何を体験し、何を為し、何を果たしたか』
農文協 2015年2月刊
 「ここは海抜○○メートル」の表示を見かけるようになった。3.11の日、学校はどうだったのか、語る機会が少なくなっている。本書は東日本大震災で甚大な被害を被った岩手、宮城、福島の被災地における養護教諭、のべ58名の被災体験とその活動についての語り(証言)の記録である。
Ⅰ.津波被災体験の聴き取り
 多くの学校は避難所となり、保健室はさなが
ら野戦病院と化し、養護教諭は保健の専門家として傷病者のケアをにない、保健室が保健ステーションとして機能していくなかで感染症対策や支援者との連絡調整などコーディネーターの役割を果たしていった。
 このような中で学校が再開され、子どもたちが戻って来る。避難している子どもは元気そうにしながらも保健室の先生に気持ちをもらしている。仮設住宅からチャーターバスで片道1時間、授業が終わるとすぐにバスへ。身体を動かしてたっぷり遊んだり、おしゃべりする時間も友達もいない。家族を失いひとりぼっちの仮設で大人の帰宅を待つ小学生。月日が経つにつれ仕事や収入の見通しがない不安からはじまる両親の喧嘩に胸を痛める中学生。「頑張らなくていいんだよ、つらいときはつらいって言っていいんだよ」と語りかける。「でも先生、頑張らなくなったら全然頑張れなくなりそうなんです」と気持ちを抑え言葉を飲み込む子ども達の苦しみをありのままに受けとめる養護教諭。そして「震災体験を通して成長していく子どもがいとおしい」という。人との関わりの中で育っていく教育の本質をその言葉に見る思いがする。
Ⅱ.原発事故被災体験の聴き取り
 震災の翌日も出勤して「原発が爆発したかどうかもわからないままに12日と14日の2日間に飯舘村の線量の高いところを子ども達の安否確認のために車で一軒一軒回った」福島の養護教諭Dさん、4月22日の学校再開に向け名簿作成に一番必要とされる『健康管理表(緊急連絡先がわかる)』を取りに全職員で防護服(9着しかなかった)やカッパを着て学校に突入したと証言するIさん。
 住み慣れた家には戻れず、理不尽な避難生活を強いられてきた福島では子ども達に「してもらって当然」という被害者意識も生まれ、悲しみと不安に怒りや投げやりな気持ちが加わって、新たな荒れがみられたという。
 「どうせ俺たち被爆してっから」原発事故がもたらす罪の深さに心が痛む。
Ⅲ.養護教諭の被災体験から何を学ぶか
 こころのケアとして養護教諭とカウンセラーがクラスに入って表現活動プログラムに取り組んだ実践で子ども達が気持ちを表現することがうまくできるようになるなど教育活動として手応えを感じるようになったという証言が続く。
 混乱の中でも学校という生活の場を子どもたちに取り戻すことで、こころの安定や回復力を育てたという被災地の報告は教職員として子どもに向き合う、今という日常のかけがえのなさを私たちに諭してくれる。
 本書には、子どもの現実に寄り添って思い悩み、自らの悲しみや悔いを引きずりながらも、子どもの生活環境を整える役割を担い、子どもの成長に喜びを見いだしていく養護教諭の姿がある。著者による共感的な聴き取りは“その時”と“今”を引きだしながら、養護教諭としての職責と新たな希望の芽を育てているのだと思う。
 多くの方に本書の一読を願う。
 最後に、著者の藤田和也氏は長年に渡り神奈川県教科研養護教諭部会研究の指導助言者をつとめ、私たち高校の養護教諭を励ましてくださる存在であることも合わせて紹介する。
(港北高校 養護教諭 児玉智子)
映画時評
北野武監督
「隆三と七人の子分たち」
 北野たけしの映画は、デビュー作「その男、凶暴につき」を皮切りにけっこう観たのだが、そう好きにはなれなかった。海外からの評判は高いが、私は彼が執拗に描く暴力に意味を感じなく、映画としての厚みがないように思っていた。最近亡くなった菅原文太主演の「仁義なき戦い」と比べても、暴力の必然性がまったく分からず、いわば思想性のない暴力が落書きされただけの映画だと感じていた。高倉健の任侠映画は、全共闘時代のノンセクト・ラジカルにアイデンティティを与え、菅原文太主演の多くのやくざ映画は、内ゲバのように無意味に人が殺害されて、時代を写していた。
 北野アウトロー映画に厚みを感じないのは、いわば暴力表現における思想性の欠如と感じていた。誤解のないように言っておくが、私は暴力には反対である。しかし、暴力的なものがすべて剥ぎ取られた真空の状態も、ウソの世界のように思う。個々の倫理的な側面では暴力の否定が言われているのに、国家レベルでの暴力は拡散している。建前と本音がさらに距離を拡げながら、国家が暴力性を肥大化させている時代だからこそ、そうした暴力のあり方を問うてほしいのだ。
 北野武は漫才師であったはずだ。人を笑わせるのが仕事だったはずだ。なのに、観客の眉間に皺を寄せさせるだけの映画を作ってどうすると、毒づきたくなるのは必然だろう。
 しかし、とうとう北野は、喜劇を作った。それが「隆三と七人の子分たち」である。暴力と笑いがうまく混在したイケてる映画であった。出演者はみんなジジイである。しかし、ちょっと格好がいい。主演は藤竜也だ。彼と松田英子が主演した大島渚監督「愛のコリーダ」からもう40年も経ってしまったが、相変わらず魅力的だ。加えて、近藤正臣や中尾彬や小野寺昭など存在感溢れる役者が脇を固める。
 映画のストーリーは単純で、藤竜也演じる元やくざの隆三が、暴走族上がりの京浜連合の若い奴らにオレオレ詐欺でだまされる。それを知った元やくざの仲間たちが結集し、京浜連合に一泡吹かせるというものである。元やくざたちは皆ヨボヨボでどこか滑稽だが、義理人情を大切に生きる。そのやくざたちは、煙たがられても蔑まれても、好々爺などにならずに、自分を生きる。それが何とも格好がいい。 
 かなり笑える映画をやっと北野は撮ってくれた。
 京浜連合をやっつけた隆三と子分たちは、しかし、逮捕されてしまう。けっして、ハッピーエンドではない。いつまでも危険なジジイたちだったのだ。
 新聞を読んでいたら「年寄りよ、不良になれ」というタイトルで、北野武のインタビュー記事が掲載されていた。肩書きもない不良のジイさんがたくさん出てくる映画を作ったということである。北野は年寄りが弱い者扱いにされ、可哀想などと思われたらダメで、そうなると「年寄りはペットみたいになっちゃうよ」と言う。要するにもっと不良になって吠えろということである。この映画には不良のジジイたちが確かに吠え、暴れていた。
 すでに高校を退職した自らを振り返って、社会性がなくなり我が儘しか言わないジジイになるのは嫌だなと思いながらも、年とともに物わかりがよくなっていくのもどうかなと考えさせられた映画だった。
 ところで、当紙を読まれている方の多くは組員であるはずだ(組合員ともいうらしい)。「学校は変容した」とばかり言わないで、ここら辺りでその変容した学校に義理と人情を取りもどすべく、立ち上がってほしい。組員が50%を切ったらヤバイよ。などと書くと、『ねざす』に映画評を書いていないかと思ったら、こんなところで息巻いて、と思し召しの読者にひとこと。ジジイは神出鬼没です。
(教育研究所特別研究員 手島 純)
百校計画の記録-中沢高校
百校計画から前期再編まで
 1973年度から1987年度まで100校の県立高校が建設された。県立高校65校が15年間で165校と増えたのである。その100校の内72校が全学年36学級規模の過大校であった。県教委は91%の全日制高校進学率を維持するため、1983年度から既設校を中心に学級定員増と臨時学級増を導入した。第二次ベビーブームのピークは1989年度で1990年度から学区によって異なるものの生徒の急減期が始まる。それまでは新設校ができるたびに学区内の順位が入れ替わっていたが、急減期以後は学校間格差が固定する傾向が生まれた。神高教は下位に位置付けられた高校を課題集中校と呼び1991年から対策会議を招集し「課題集中校からの教育改革」を掲げて対県交渉を組織した(注)。ところが1999年8月には県教委が前期再編計画を発表する。そして多くの課題集中校が二校統合され総合学科高校や単位制普通科高校に再編されることになる。
過大校化の荒波の中で
 私が中沢高校に赴任したのは1987年度であり創立10周年記念の年であった。中沢高校は旧横浜中部学区で1977年度に開校されたが、校地の基礎工事が遅れて1学年4学級規模のプレハブ校舎時代が3年間も続いた。1980年4月に校舎の一部が完成して新校舎に移転、1981年3月校舎落成後2年間は6学級募集となり、1983年度に12学級を受け入れ始め一挙に2倍の24学級になる。1985年度に全学年36学級規模校となり、1989年度まで過大校時代が続く。私が着任した時期は学区内の中堅校と目されていて、プレハブ校舎時代の、教員も生徒も顔と名前が一致する中で培われた良い伝統が息づいていた。生徒の自主性の尊重と個性の伸長を促すシステムが教科指導でもその他の指導でも行われていたが、生徒の学力の幅が拡大し何よりもふくれあがる生徒増に対応することが難しくなっていた。
急減期の改革から再編校へ
 1990年度の14期生から10学級募集となったが、問題行動が多発した年でカリキュラム検討委員会が「需給表付属資料」を作成し、翌年からは課題集中校対策会議にも参加して定数加配や非常勤講師時数増を要求することになる。以後募集学級数は減るが、生活指導面で困難を抱える生徒が減ることはなく、教科指導以外の謹慎指導や立ち番・見廻りなどの負担は増えていく。小集団学習、履修と修得の分離、多クラス展開さらには中学校訪問、地区懇談会開催などの改革を推進した(注)。1999年8月に突如、都岡高校と統合され単位制普通科高校への再編指定校となり12月には新校準備委員会が発足する。中沢高校の従来の改革に加え2学期制の導入、90分授業、7つの系とそれにあわせた選択科目の設置を決定、それらの先導的試行を進めることになる。2002年度入学生と2003年度入学生は中沢高校26期生、27期生であると同時に新校1期生、2期生でもあり、都岡高校との合同の行事を工夫した。2004年度に横浜旭陵高校として再出発したが、私は17年間の中沢高校勤務を終え転勤した。
 注:詳細は課題集中校プロジェクトチーム編「学校づくり最前線」1997年3月刊を参照のこと
(神高教シニア運動代表 三橋正俊)
県民図書室を利用しよう
 高校教育会館の地下1階県民図書室は教育・労働に関する資料、図書、反戦平和のフィルム等を収集してきました。
 下記のような新刊本、雑誌も購入しています(もちろん書評で取り上げた本を含む)。
 ご来館をお待ちしています。
新刊図書
「21世紀の資本」
 格差は長期的にはどのように変化してきたのか?資本の蓄積と分配は何によって決定づけられているのか?所得格差と経済成長は今後どうなるのか?18世紀にまでさかのぼる詳細なデータと、明晰な理論によって、これらの重要問題を解き明かす。
 格差をめぐる議論に大変革をもたらしつつある、世界的ベストセラー。
「帝国の慰安婦」
 性奴隷か売春婦か、強制連行か自発的か、異なるイメージで真っ向から対立する慰安婦問題は、解決の糸口が見えないままだ。大日本帝国植民地の女性として帝国軍人を慰安し続けた高齢の元朝鮮人慰安婦たちのために、日韓はいまどうすべきか。
 元慰安婦たちの証言を丹念に拾い、慰安婦問題で対立する両者の主張の矛盾を突くいっぽう、「帝国」下の女性という普遍的な論点を指摘する。
「アメリカにおける公教育としての職業教育の成立」
 これまで日本では学校教育において職業教育が軽視されてきたが、政策レベルにおいて、職業教育の必要性を強調する中教審答申と、公共職業訓練や専門高校の縮小傾向という相矛盾する状況が見られる。
 そうした問題意識から、1906年からの職業教育運動の展開、1917年のスミス・ヒューズ法制定によるアメリカにおける公教育としての職業教育成立の教育史的意義を、職業教育の公共性という観点から解明していく。
最近の雑誌記事より
 県民図書室で定期購読入している雑誌を紹介します。これらの雑誌は県民図書室前の廊下の書架に並んでいます。ぜひ手にとってご覧下さい。
☆『季刊フォーラム 教育と文化』(国民教育文化総合研究所)
☆『くらしと教育をつなぐ We』(フェミックス)
☆ 教育科学研究会編集『教育』(かもがわ出版)
☆ 日本教育学会 『季刊 教育学研究』
☆ 季刊教育法(エイデル研究所)
☆ POSSE(NPO法人POSSE)
☆『学校図書館』(全国学校図書協議会)
☆『教育再生』(日本教育再生機構)
☆『季刊 人間と教育』(旬報社)
☆『家族で楽しむ 子ども農業雑誌 のらのら』(2014年秋号 農文協)
☆『DAYS JAPAN』(発行編集:広河隆一)
☆『世界』(岩波書店)
☆『切り抜き情報誌 女性情報』(パド・ウイメンズオフィス)
☆ 月刊 高校教育
余瀝
 高校教育会館図書室も様々な変化が強いられる状況になっております。せっかくの施設、成果があまり利用されないのはもったいないことです。何か意見・提案がありましたら教えていただければ幸いです。編集 県民図書室 石橋 功
発行 一般財団法人神奈川県高等学校教育会館県民図書室 http://www.edu-kana.com/
〒220-8566 横浜市西区藤棚町2丁目197番地 電話(045)241-2546 FAX(045)241-2700
編集 県民図書室 石橋 功
10 9000008 NO.92       2018/04/20   本館 開架 所蔵     大量退職大量採用時代を迎えて
 現在、神奈川県の県立高等学校教職員は、約半数が50歳代で、40歳代は採用氷河期だったため極端に
少なく、最近になって30歳代以下が急激に膨らんでおり、非常にアンバランスな年齢構成となっている。
これを受け、県教委も「組織的な授業改善に向けて」の目的の一つとして、「教員の世代交代に伴う指導
力の継承」を挙げている(内容の是非についてはここでは触れない)。
 このような状況下、様々な方とお話をすると、「うちは職員室の雰囲気がいい」という声が聞こえてく
る学校はどちらかというと少ないのかなと感じる。どちらかというと、ベテラン層と若手層双方から、互
いに「コミュニケーションがとりづらい」という声が聞こえてきたり、人数の少ない中間層ならではのご
苦労が耳に入ってくる。とはいえ、生徒にとっての少しでも手厚い支援を実現していくためには、職員一
人一人が主体的に職場・職員集団作りに取組むことが大切だ。今の50歳代は、新採用時代、同世代が多
く、また年の近い先輩にも恵まれていた。その時とは職場の成り立ちが異なるのが現状で、その中でそれ
ぞれの世代がお互いに歩み寄って相互理解とコミュニケーションを深めていく必要がある。「批評家」で
はなく「実践家」に。最近は「オン・ザ・フライ・ミーティング」という言葉を見かける機会も増えてき
たし、難しく考えないで、みんなでいっぱい生徒の事話そうよって思う。
かながわ生徒・若者支援センターの設立
 2014年8月29日、「かながわ生徒・若者支援センター」が設立された。僕は、微力ながら事務局長の
任を仰せつかった。
 センター設立の背景には、若者達にのしかかる「格差と貧困」の問題がある。経済格差は教育格差と
連動し、「貧困の連鎖」を生んでいる。また、若者をめぐる困難は、経済的困難ばかりでなく、家庭的・
家族的困難、疾患・障がい、民族的・国籍的マイノリティ、性・ジェンダーなどの様々な要素が複合的・
重層的にのしかかっているケースも多く見られる。これらの問題の中には、比較的近年になってから生ま
れたor 議論され始めたものもある。社会が変容していく中で若者を取り巻く環境も変化しているわけだ。
僕個人的には、それに合わせて「公教育」が担う役割も変化(拡大?)していると考えている(変わらな
い役割がほとんどだけど)。
 さて、高等学校の現場では、いわゆる生活指導・進路指導・キャリア教育など様々なとりくみが行わ
れてきている。しかしながら、特に様々な困難をかかえる生徒が多く在籍する学校では、複合化する課
題への認識やその対応への専門的なノウハウの不足、教職員定数上の制約などから、個別生徒に対する
支援が不十分となり、結果として不登校、中退、引きこもり等を招き、就労に結びつかないままに社会
に送り出すケースも見られる(僕もその送り出した経験者の一人だ)。もちろん、高校に通うことが全て
中 尾 光 信
一般財団法人
神奈川県高等学校教育会館
       県民図書室
2015. 2.
No.92
僕達は、様々な困難を抱える若者達とどう向き合うのか
~そろそろ「若手」じゃなくなりつつあるのかな、の立場から~
― 2―
ではないし、生徒の発達段階や家庭事情等により、様々な選択肢・生き方がある。ただ、送り出す側の
僕達教職員は、特に90年代以降(さらにリーマンショックが重なり)悪化した雇用情勢や、居場所とな
るコミュニティーの減少や家庭機能の低下等により子ども達が孤立化しやすくなっている社会環境にも
思考を巡らせた上での判断が求められていると思う。
 一方、困難をかかえる若者達の支援には、NPO をはじめとする多くの民間支援団体が活動していて、
若者の相談活動、居場所確保、就労支援などに実績をあげている事をご存知だろうか。支援者の経験に
よると、早期発見・早期支援ほど効果が大きいと指摘されている。しかし、高校中退、卒業後は、公的
な機関との繋がりが薄まり、本来支援を必要とする人の姿がさらに見えづらくなってしまう。支援対象
者が高校生である場合、高等学校と連携を強く望む支援者の声も聞くが、高等学校側の垣根が高く意思
疎通が難しいという。また、民間支援団体が支援を持続可能としていくための人的・財政的不安定であ
る等の課題がある。
 以上のような課題のもと、「かながわ生徒・若者支援センター」は、高等学校を両者(高等学校と民間
支援団体)の共通のプラットホームとして(生徒が高校に在籍しているうちに、高校の中で)、このよう
な若者達への支援の可能性を追求することを目標としている。事例研究活動、学校・支援者連携モデル
事業などを行い、さらには今後、支援者養成活動、支援者仲介活動など、取組みを拡充していく予定だ。
なお、当センターは会員になっていただける方を募集中である。会員には、仕組の検討・準備過程で行
う各種取組や検討素材の情報提供を行っていくので、是非ご入会いただき、仕組づくりにご参加、ご協
力いただければ幸いである(団体会費: 1口10000円(年)、個人会費:1口 5000円(年)、電話:
070‒1444‒8309、メール:seitowakamono-shien@yahoo.co.jp)。
学校の「内」と「外」?
 こうした取組みを通して民間の支援者と関わっていると、「子どもの最善の利益」
という言葉にしばしば出会う。これは国連で採択された国際条約である「児童の権
利に関する条約(通称:子どもの権利条約)」の第3条にある「児童の最善の利益」
に相当する言葉だが、高校の教育現場でこの言葉に出会うことはほとんどない。「チ
ルドレンファースト」くらいは時々耳にするかなという感じか。これは、ほんの一
例だが、個人的な印象として、高校の現場教職員は、学校内(現場)の事には非常
に熱心なのだが、学校を取り巻く環境・情勢については関心が薄いように思う(自
戒をこめて)。学校の外では、民間、行政、政治、研究等、様々な領域の人々が教育
に高い関心を持ち、様々な議論をしているし、様々な立場の人々が現場作りに関わっている。本文で触
れてきたような議論についても、様々な書籍が出版されている。やや古くなるが、『脱「貧困」への政
治』(岩波書店2009年)では、湯浅誠、雨宮処凜ら現場支援実践者と研究者達との議論が掲載されてお
り、90年代~ 00年代の社会の変容、社会的に大きく問題になった事件(秋葉原連続殺傷事件等)の背景
に貧困と社会的排除があったこと、若者の社会参加こそ支援すべきこと、そして、「諸価値の葛藤に耐え
ながら合意形成する“ 関係性” こそが重要」といったことなどを指摘している。また
『ルポ労働格差とポピュリズム』(岩波書店2012年)では、公務業界でも非正規雇用
の問題が深刻であること(官製ワーキングプア)や、様々な段階・部分での対立構
造が新たなポピュリズムを生み出す危うさを指摘している。他、最近は荻上チキ(同
い年)、古市憲寿(年下)ら様々な若手批評家・社会学者や民間支援者が情報発信を
している。そうしたいわゆる「若手」の視点を含めた多様な議論を多くの方と共有・
勉強させていただきながら、僕は僕なりに、より良い現場作りに取り組んでいきたい
と思う。                        (横浜明朋高等学校)
― 3―
 生徒はいつも忙しい。勉強に部活にバイト。読書に時間を“ 使ってしまう” のは惜しいと思っている。無
駄?遊び?知的好奇心を満たすのは楽しいことで、必要なことでしょ。
 住吉の生徒の進路はほとんど進学だ。しかしあまりガリガリ勉強する雰囲気ではなく、わかりやすい本が
好まれる。いまどきの絵柄でマンガになった世界史・日本史を入れてみたら、同じような要望が多数あがっ
てきた。“ 頭がよくなる勉強法” 系もよく借りられるので、進路コーナーの棚上に勉強法コーナーも作った。
レファレンスでも大学の推薦入試関係は多い。小論文、面接、志望理由書、時事問題。試験前や合格後の課
題として学部に関する資料も探しに来るが、生徒にはほとんど前知識がない。教員に言われて初めて図書館
を利用するような生徒も多い。ぼんやりとした、何を知りたいのか本人でもわかっていないことを調べるの
なら司書のいる図書館の出番だ。
 「世界の本ない?」「世界の何?」「学校をつくる的な」「国際協力とかそういうの?」「そうそう」「新しい
本だとこれとか。分類だとこの辺。海外ボランティアも関係するかな。NGOとか」「あ、いい!どれがおす
すめ?大学の課題なんだよね。あと自分の興味。読めるかな」生徒がつぶやく単語やイメージから可能性を
ばーっと思い浮かべ、言葉を引き出して絞っていく。書架に連れて行き、他分類からも関連しそうなものを
かき集め、中を見せながら読めそうな本を選んでもらう。(それも10分休みだったりして。しかし今すぐ何
かこたえなければ逃してしまう!)紹介できる資料を補充して、次の来館を待ち望む。
 『ヘタリア』(日丸屋秀和著、幻冬舎コミックス)が好きな生徒のためにも、広がる興味に合わせていろん
な本を紹介した。第一次大戦、図説の各国歴史、王朝、池田理代子のマンガ、ヨーロッパの世界遺産、教会、
城、絶景、「ヘタリア」語学本、接客用英会話、海外で働く女性の体験記、留学、日本在住の外国人、異文
化交流。入れるそばから喜んで借りていく。そんな子が書店で見つけてリクエストしてきた本は、ほかの利
用者もよく借りていく。彼女は将来海外で働くという夢を持つようになり、世界遺産検定をとって観光ガイ
ドになる専門学校に行きたいという。
 ある保護者が学校見学時、新着図書コーナーを見て「今は読ませたい本じゃなくて生徒が読みたい本を入
れるんですね」と言った。そう見えます?こちらとしてはどうにかして「何これ!」という興味を引き出し
たいと思って本を選んでいる。(向こうの方の会話で「スティーブ・ジョブズ」って言ってたぞ。「テラスハ
ウス」人気だなあ。この辺、書架の奥で借りられないけど、ひっそり読まれてる。新しいジャンルを入れて
みたら手に取った、しめしめ)いつも利用者を観察し、聞き耳を立てている。さらに授業や国際理解講座で
触れられたテーマ、話題になっている社会問題、進路、行事、部活、他校でレファレンスに使われたものな
ども日々チェックしている。ちょっとでもアンテナにひっかかって、教科書で教わる以外の知らない世界を
広げてほしい。そんな気持ちで今日もせっせと餌をまく。
                                           (住吉高校)
山 田 恵 子
もやもやに形を与える
学校図書館は、今・・・
書評と紹介
― 4―
 世界がニッポンに注
目している。日本のア
ニメやアイドルは海外
でも人気が高く、それ
をきっかけに日本に興
味をもつ外国人は多く
いる。日本人よりも日
本を知っている外国人
も多い。日本への外国人旅行者数も増加し、そ
の数は1200 万人とも言われている。観光立国
ニッポンを掲げ、国も様々な政策をとっている。
2020 年には東京オリンピックも控えている。加
えて、Twitter やFacebook などSNS の普及は、
私たちと世界の距離を縮めた。私たちは簡単に
世界中で起こっていることを瞬時に知ることが
できる。世界中で活躍する人たちとSNS を通じ
てコミュニケーションをとることもできる。世
界と私たちの距離はどんどん近くなっている。
 では、我が国ニッポンと自分の距離は近いだ
ろうか。ニッポンの伝統、福祉、過疎化、そし
て文化。このようなテーマが話題になる時、そ
れは現状の深刻さが中心になることが多いので
はないだろうか。そしてこのようなテーマは、
どこか漠然としていて、自分の日々の生活とど
う関わっているのか実感しにくい。だから「な
んだか大変なコト」くらいの認識で終わらせて
しまいがちだ。私たちはニッポンの今をどのく
らい知り、自分のこととして認識しているだろ
うか。そして教員として、これからを担ってい
く子どもたちに、ニッポンの今をどのように伝
えていくべきだろうか。
 漠然とした大きなテーマを考える際に、その
入り口は自分にとって受け入れやすいに越した
ことはない。そんな大きなテーマを独自の目線
からまとめた本が「ニッポンの嵐」である。老
若男女問わず人気のある、日本を代表するアイ
ドルグループ、嵐。その5人がそれぞれの興味
関心に基づき、それぞれが設定したテーマに
沿って日本国内を訪れた旅の記録となっている
一冊である。2010 年、全国の小中高等学校へ学
校図書として活用されることを目的に配布され
た。
 大野智さんは、青森県で芸術、ものづくりを、
相葉雅紀さんは関東、関西4県にまたがって介
護や福祉の現場を、松本潤さんは島根県の離島
で過疎化問題を、櫻井翔さんは奈良県で農業問
題を、そして二宮和也さんは東京都と京都府で
エンターテイメントをそれぞれ取材している。
5人の取材で最も注目したい点は、その分野に
関わる若者との飾らない交流である。彼らは真摯
に話を聴き、実際に体験をしながら、その仕事
に携わっている若者たちからその問題の『今』を
取材している。そんな様子が写真と記事からス
トレートに伝わってくる。きっと自分たちと同
世代の若者が、ニッポンの抱える大きな問題に
試行錯誤を繰り返しながら努力している姿に、
尊敬の気持ちをもって取材したのだろう。彼らが
見て感じ、そして伝えたいニッポンの今と未来。
私たちが知らなければならないことを、嵐という
入り口を通して知り、考えることができる。
 5人の旅はどれも魅力的であるが、私は大野
智さんの弘前の旅が一番印象的であった。それ
は私が青森県出身で、大学時代の6年間を弘前
で過ごしていたから。当時の思い出とともに、
弘前の奥深さ再認識し、思いを馳せることがで
きた。生活していた時には気がつかなかった、
気づけなかった弘前に胸が躍る。この本を通し
て、自分の住んでいる地域を改めて知りたくな
る。自分のふるさとを知りたいと思うことが、
日本の今を知ることの第一歩ではないだろうか。
5 人が見て、触れて感じてきた、彼らだからこ
そ伝えることができるニッポンの『今』を覗い
て見ませんか。
          (寒川高校 𠮷田早織)
『ニッポンの嵐』
M.Co.(角川グループパブリッシング)
          2011年6月 刊
― 5―
 この一年は「アナ雪」ブームでした。とりわ
け挿入歌の「Let it go」は「ありのままで」と
邦訳され、「レリゴー」と多くの人が口ずさん
だとか。本稿はこの映画とこの歌について、こ
のテの映画や音楽には無縁のオヤジの感想です。
 映画の中でまずこの曲が歌われるのは、それ
まで自分を抑えてきたエルサが、妹アナの結婚
に反対し、すべてのものを凍らせるという魔力
で「氷の王国」を作り上げる場面です。抑圧か
ら解放され、自己を肯定し、生きる喜びと自由
を手に入れるという前半のクライマックスと
言っていいでしょう。そんなエルサは孤独なの
ですが、それを見逃してしまうと、とにかく
「ありのままでいいんだ」、ということだけがイ
ンプットされてしまいます。これは危ない。自
己を肯定することは誰しもが持つ願望ですが、
現実にはなかなかできない。そんな欲求を、映
画の中とはいえ満たしてくれるので、思わずそ
こに飛びついてしまうのでしょう(この映画と
この曲がヒットした理由の一つです)。しかしそ
れは、無数の情報が溢れ、多様な価値観が交錯
し、社会的基盤があいまいで、その結果、自己
の存在や、何が是であるかという判断基準が不
安定な現代において、ともかくも自己を肯定し、
自己の存在だけは確定してしまおうということ
ですから、時に危険な方向へ突き進むおそれな
きにしもあらずであり、しかもバーチャルと現
実との差異について、実感しにくい、もしくは
意識的であれ、無意識的であれ、現実から逃避
する傾向がある中では、これはどうしたって危
険と言わざるを得ない。
 これで終わったらどうにも救いようのない映
画となったでしょうが、エルサと王国を救おう
とアナは、山男のクリストフ、トナカイのス
ヴェン、雪だるまのオラフと姉のもとへ行き、
結果、自己犠牲を伴うところに生まれる“ 真実
の愛” によって二人のわだかまりは解かれ、王
国には平和が戻る、というハッピーエンドで映
画本編は終わります。そして、エンドロールで
もう一度「Let it go」が歌われます。この「Let
it go」は前者のそれとは異なる。ここでのエル
サは、孤独ではないように思えます。一応は、
自分が他者を認め、また自分も他者に認められ
て、その上で「ありのままで」と宣言している
のがその理由です。つまり、わがまま勝手な
「ありのまま」ではなく、相互の信頼関係の中
での自己肯定であり自己解放であり、これがほ
んとうに実現すれば本来の意味での「Let it go」
なのでしょう。
 ここでもオヤジは危惧してしまった。それは、
本当にそれぞれが自己を肯定でき、自己を解放
できるはずの世界、すなわち相互信頼のある共
同体が果たして生まれるのか、またそれを生み
だすにはどうするか、ということです。世にグ
ローバル化といい、IT化といい、一見世界は
近く親しくなりそうなのだが、現実にはそんな
世界の構築はひどく難しそうだ。すると、エル
サがエンディングに至っても、まだ「Let it
go」と歌わなければならない、「ありのままで」
と宣言せざるを得ないということは、真の自己
肯定、自己解放がなされていない、あるいは相
互信頼のある共同体ができていないことを示し
ていると言えはしまいか。「孤独でないように思
えます。」だの「一応は」だのと記したのはそう
いうことです。
 それでも、この曲をあえて歌うことが理想へ
近づく一歩ならば、それはそれでよしです。逆
に、外的な圧力や危険な「ありのまま」によっ
て歌うことさえ許されなくなったら、その先に
待っているのはそれこそ氷の世界です。そんな
状況が近い将来やって来るのではないかと思っ
てしまったのは、心配性のオヤジのなせるわざ
でありましょうか。 
 では、歌えるときに歌いましょう。「レリ
ゴー。レリゴー……」。
        (横浜翠嵐高校 青木 健)
『Let it go』考
映画時評
― 6―
県民図書室は全教職員のものだ!
■ 4年ぶりの旧職員OB会
 昨年末、4年ぶりとなる追浜技高の職員OB会が開かれた。40 年以上たっても、ここではあいかわらず筆
者は若手だ。夏島会と名づけた職員OB会は、技高廃校(1976年)後に設立され、ここまで続いてきた。
 夏島会立ち上げのきっかけの1つに、同分会(開校以来10 年間のべ組合員数は38 人。ほぼ100%分会)が
廃校直前に『職場づくりの歩み』(B5 判81 ページ、75年11 月刊)という冊子を作ったことが挙げられる。最
終年度の分会員はわずか9人だったが、「技高の歴史を書き残そう」との思いから、10年足らずの分会の活
動記録と分会役員・分会員たちが綴った思い出などが収録されている。ちょうど40 年前のものだが、この冊
子を県民図書室の書架の隅で発見した時は、正直、ビックリ。筆者らが70 年代のはじめ、技高対策会議など
で配布した資料(青焼き!)もファイルに綴じられ、保管されていたが、ちょっと恥ずかしかった。
 県民図書室は84年に開室し、翌85年から貸出業務を開始した。したがって、今年度は「県民図書室開業
30 年」にあたるが、それより10 年以上昔の会議資料まで、保存されているとは思いもよらなかった。
■ 分会教研報告集や分会ニュース綴りの数々
 支部教研の報告集が並ぶ書架には、分会が作成した記録や冊子もある。残念ながらその数は多くない。一
番古いと思われる分会教研誌は、大秦野定時制分会作成の『みずなし』第1集(74年3月)だ。タイプ印刷、
41ページの冊子。当時どこかで入手した記憶があるが、こうしたものを作った分会のパワーに圧倒された。
巻頭文に「われわれが日常の教育実践のなかでかかえている問題を、文章化することにより明確化し、おの
れの教育観をあきらかにしていく」とある(79年、第6集で廃刊)。これ以外の分会教研誌、報告集として
は、西湘(77 年)、北陵(82年)、厚木(85 年)、日野(85 年)、平商定時制(84 年)などのものがある。
 分会ニュースの合本がいくつかあった。それらを丹念に読んでいくと、職場での取り組みがわかり、興味
深い。百合丘「魁(さきがけ)」は、78 年から84年までの間に発行した100 号分を2分冊にまとめている。住
吉「築(きずき)」は83 ~ 88年発行分を合本。大半はガリ版印刷のもので、懐かしい。和泉「和泉分会
ニュース・年間冊子」(2001年)は1年分(50号)が揃う。ある女性組会員が、他県教組の女性が語った
「どんなに教育委員会や管理職が攻勢をかけてきても、悲観することはありません。なぜなら、彼らは直接に
は生徒に接することができないからです。私たちこそが、授業を通して生徒たちと語り合い、考え合い、影
響を与えていくことができるのです」との言葉を引用し、「この大らかな、楽天性を見ならいたいと思いま
す」と書いている。“ 攻勢” は今日、激しさを増しているかもしれないが、大らかさと楽天性を持ちつつ、不
当な支配には厳しく抵抗したいものである。68年5月発行の平沼「分会ニュース」(ガリ版刷り)が最古か。
■ これで最後だ、ハイ・チーズ!
 最後に、「ハイ・チーズ!」ということで、次ページ掲載の地図の解説をする。この地図は、約80年前の
横浜市域図の一部。教育会館、藤棚団地が建つ場所に「第一中学」(希望ヶ丘)の文字が見える。岡野町に
「女子師範」「高女」(平沼)、南軽井澤に「第二中学校」(翠嵐)、その東側に「神奈川高女校」(神奈川学園)
の校名。偶然かも知れないが、一中の真北に高女、さらに北上すると二中が並び、一・二中(正式名称には
横浜がつく)の中間に高女が立地する。神中鉄道(現相鉄線)の終点は西横浜駅、星川は北程ヶ谷駅と呼ば
れていた。よく目を凝らすと、市電の路線網がわかる。「藤棚町」電停の開設は1913(大正2)年だ。
 連載は本号で名古屋(おわり)。所蔵資料の紹介が不十分であった点、深謝したい。「高校全教職員が協力
し資料蒐集にあたれ」(小室元委員長)の言葉を掲げ、筆をおく。      (綿引光友・元県立高校教員)
ふじだなのほんだなから
― 県民図書室所蔵の資料案内 ―(6)
― 7―
【図】昭和初期の藤棚周辺地図
 この地形図は筆者の父の遺品で、1932(昭和7)年7 月に印刷発行されたもの。「昭和3 年12 月横須賀
鎮守府御認可」の文字が欄外上部にある。原図は縦102㎝、横72㎝、当時の横浜市全域をカバーしている。
南部は磯子区まで、金沢区・戸塚区はない。保土ヶ谷区は川島町までで、二俣川は当時、都筑郡の村だっ
た。当地図は、藤棚を中心にB5 に入るよう原図(2万5千分の1)を90% の大きさにした。
― 8―
      「イスラム国」事件で自衛隊の海外派遣が話にのぼるようになってきた。戦前の日本のアジア侵
略はほとんどの名目が「日本人保護」であった。戦後この反省から平和憲法を持ったはずなのであるが。何
か「愛国者」コールが高まるにつれマスコミも腰が引けてるような気がする。
                                           石橋 功
余 瀝
発 行 一般財団法人 神奈川県高等学校教育会館県民図書室 http://www.edu-kana.com/
    〒220-8566 横浜市西区藤棚町2丁目197番地 電話(045)231-2546 FAX(045)241-2700
編 集  県民図書室 石橋 功
☆『季刊フォーラム 教育と文化』
            (国民教育文化総合研究所)
 2014 年秋号(77 号)
  特集 「教育再生」にふりまわされないために
☆『くらしと教育をつなぐ We』(フェミックス)
 2014 年10/11 月号(192 号)
  特集 水俣から福島へ ―希望を伝えあう―
 2014 年12/ 1月号 (193号)
  特集 [ 顔を知ってるあの人] の困りごとから動き出す
☆教育科学研究会編集『教育』(かもがわ出版)
 2014.11 特集1 PTA 再考
     特集2 教育のICT 化・問題と可能性
 2014.12 特集1 高校で変わる未来
     特集2 揺れ惑う科学研究
 2014. 1 特集1 人間としての教師へ
     特集2 老人と子ども
 2014. 2 特集1 子どものからだを育む文化を
     特集2 教育の民主主義を求めて
☆日本教育学会 『季刊 教育学研究』
 第81 巻第3 号(2014.9)
  特集 占領期日本における英語教育構想
     「ジェンダー教育実践」が生み出す葛藤と変容
 第81 巻第4 号(2014.12)
  特集 保育学と教育学の間
☆季刊教育法(エイデル研究所)
 2014年12月 特集 子どもの権利条約約20年の成果と課題
☆POSSE(NPO法人POSSE)
 2014 年9 月 vol 24
  特集 ブラック研修 新連載 貧困の現場から社会を変える
☆『学校図書館』(全国学校図書協議会)
 2014 年10 月号NO.768 特集 甲府大会リポート
            読書感想画指導の取組み
 2014 年11 月号NO.769 特集 子どもの読書と
                学校図書館の現状
 2014 年12月号NO.770 特集 読書ノートのすすめ
            校内協力体制による図書館運営
 2014 年 1 月号NO.771 特集 学校図書館オリエン
                   テーション
☆『教育再生』(日本教育再生機構)
 2014 年10 月号 教育再生のこれまで、そしてこれから
 2014 年11 月号 育てること、育つこと
 2014 年12 月号 今こそ、地域から学びを
 2015 年 1月号 「国史」を語る国へ
☆『季刊 人間と教育』(旬報社)
 2014 冬 84 号 特集 PISA グローバル化する学力競争
☆『家族で楽しむ 子ども農業雑誌 のらのら』
             (2014 年冬号 農文協)
 特集 畑がよろこぶ生ゴミマジック
☆『DAYS JAPAN』
 11 月号 特集 遺伝子組み替えの犠牲者たち
 12 月号 特集 動物たちの感情世界
 1月号 若者を蝕む依存症という危険
☆『世界』(岩波書店)
 11 月号 特集 ヘイトスピーチを許さない社会へ
 12 月号 特集 報道崩壊
 1月号 特集 未来を選択する選挙
☆『切り抜き情報誌 女性情報』
           (パド・ウイメンズオフィス)
 2014.10 特集 土井たか子さん逝く
        安倍改造内閣5人の女性閣僚
 2014.11 特集 職場のハラスメント2014
 2014.12 特集 子どもの虐待 どう防ぐ
☆月刊 高校教育
 2014.11 特集 変わる高校入試と入試マネジメント
 2014.12 特集 最新の実践研究と学習指導要領改訂
 2014. 1 特集 2015 年高校教育の展望
 2014. 2 特集 中教審・高校教育部会
        高大接続部会の議論を総括する
県民図書室で定期購読入している雑誌のうち、いくつかを取り上げます。それぞれの雑誌
の掲載内容については、その一部の紹介となります。これらの雑誌は県民図書室前の廊下
の書架に並んでいます。ぜひ手にとってご覧下さい。
最近の雑誌記事より
11 9000007 NO.91       2014/11   本館 開架 所蔵     共同時空No.91
戦争を語り継ぐこと
矢野慎一
 敗戦後69回目の暑い夏は、安倍内閣による集団的自衛権行使容認の閣議決定で始まった。日本が再び戦争をする国になるのか、それとも平和憲法を守りつつ、21世紀の国際社会の中で独自の地位を占める国になるのか、後世から見てこの夏は大きな分水嶺となるに違いない。本稿では、こうした動きに対して私たちには何ができるのか、また何をすべきなのかを考えてみたい。
 筆者は「戦時下の小田原地方を記録する会」の一員として、地域の戦争を記録する運動に参加してきた。しかしながら、69年の歳月は確実に人びとの戦争の記憶を風化させている。平和憲法を守るためには、あの戦争の真実を語り継いでいくことが不可欠であり、そのためには歴史学研究、歴史教育と共に、戦争を記録する運動の果たす役割がきわめて大きい。神奈川には1970年代より継続して活動してきた戦争記録運動団体がいくつもある。戦争を記録する運動とは、日本と地域の戦争をめぐるさまざまな事象を記録して、社会に向けて発信することを主な目的とする運動である。もちろん個々の運動は多様であるが、本稿では「戦災・空襲」「銃後の生活」「戦争遺跡」の調査と研究をテーマとする神奈川の運動団体を紹介したい。
 日本における本格的な戦争記録運動のおこりは、1960年代末から1970年代はじめにかけて始まった「空襲・戦災」を記録する運動である。その頃全国で設立された運動団体は、約80にものぼると言われている。時代背景として、米軍による北爆とベトナム戦争があったことは周知の事実であり、空襲体験者が自らの体験と北爆とを重ね合わせたことが運動の始まりだったのである。
 神奈川では、まず1945年5月29日の横浜大空襲と、米軍占領下の横浜の記録運動に取り組んできた「横浜の空襲を記録する会」がある。1971年に結成された本会は全国でも有数の長い歴史をもち、1975~1977年には『横浜の戦災と空襲』(全6巻)を編集・発行した。本書は現在でも空襲研究の基本的な文献として高い評価を受けている。それ以降も着実に活動を続け、現在も毎年5月29日に横浜大空襲を語り継ぐ会を催している。
 
「平塚空襲を記録する会」は、時代がやや下って1989年に発足した。1945年7月16日の平
塚空襲は、一夜に投下された焼夷弾量(447,716本)が、八王子空襲に次いで国内で2番目に多いという激しい空襲だった。平塚の戦争と空襲に関する資料の収集と体験の聞き取り、戦災地図の作成などを活動の中心としている。現在も多くの記録出版物を刊行し続けている。1970年代後半から1980年代になると、全国で「銃後の生活」の調査が進んだ。これは銃後に暮らした庶民にとっての戦争を記録する運動で、神奈川で聞き取りという手法にこだわって戦争を記録してきたのが、「戦時下の小田原地方を記録する会」である。本会は1979年に結成され、これまで聞き取った体験には、空襲、箱根の外国人、傷痍軍人、学童疎開、学徒勤労動員などがある。1990年代後半からは、神奈川県西部の本土決戦陣地跡の調査にも力を
入れている。会誌『戦争と民衆』は現在73号を数え、また多くの出版物を刊行している。
 1990年代は「戦争遺跡」の調査が活発化した。すでに神奈川では、1980年代中頃から地域の戦争遺跡の掘り起こしが盛んとなっており、「陸軍登戸研究所」や「日吉台地下壕」の調査が進んでいた。
「陸軍登戸研究所」(川崎市多摩区)は、細菌兵器や風船爆弾など特殊兵器の開発と贋札の製造を行う秘密研究所であった。高校生や市民の調査によってその全貌が明らかとなり、さらに明治大学生田キャンパス内に残る研究棟の保存運動を契機として、2010年には「明治大学平和教育登戸研究所資料館」が開館している。
「日吉台地下壕」(横浜市港北区)は、慶應義塾大学日吉キャンパス内にあった海軍の連合艦隊司令部地下壕とその他の海軍関係地下壕の総称である。1989年に発足した「日吉台地下壕保存の会」が、保存運動を進めると共に見学会を開催し、毎年千名以上の見学者が訪れている。
 以上のような団体による運動の成果は着実に蓄積され、社会に受け入れられている。しかし、筆者が今後ますます重要になっていくと考えるのが、運動団体と教育現場との連携である。敗戦後長い間、戦争は社会や家庭で語り継がれてきたが、残念ながら現在は戦争を学ぶ機会が学校教育の場に限られてしまっている。そのため学校における平和学習の重要性はさらに増している。例えば小学校では、教科書の教材を通して戦争を学ぶ。ところが、教える教師自身が戦争に対するリアリティを感じられていない。そうした教師への支援において、地域の運動団体が果たす役割は大きい。さらに中学・高校の歴史教育や平和学習においても、運動の成果がもっと取り込まれていくべきである。
 現在のような時代状況だからこそ、歴史学研究と戦争記録運動の成果に裏打ちされた歴史教育をさらに進め、戦争の真実を語り継いでいくことは、教師にとって重要な使命であると考える。また戦争記録運動を、今後も継続していくことも大切である。日本が国際社会の中で平和国家としての立場を推し進めるためにも、このような地道な活動が大きな意義を持つことになるだろう。
(柏陽高校)
学校図書館は、今・・・
1冊とひとりを結ぶ ~にのりぶの日常~
池谷晶子
 二宮高校図書館(にのりぶ)は、生徒昇降口の真上の2階というアクセスのいい場所にある。だが、さまざまな利用者に活発に利用されている、とはまだまだ言いがたい。どうしたら来たいと思えるか、そして実際に足を運んでもらえるか。本校でも、廊下まで使って展示をしたり、バルコニーにパラソルを出して食事場所を提供したり、いろいろなことを試みている。やっと来館してくれても、いい場所に座れないと帰ってしまうので、どの席も落ち着くようなレイアウト作りに悩んだりもしている。
 そしてもちろん、来館した利用者が思わず手に取りたくなるような本をできるだけ用意したい。司書や生徒が選ぶ毎年1000冊弱の本は、やはり誰かに開いてもらってこそ、価値があるというものだ。試行錯誤の毎日の中で、本と利用者とが結びついたささやかなエピソードを紹介する。
 7月に、『東宝特撮全怪獣図鑑』(小学館2014)を購入した。当初購入予定はなかったのだが、たまたま書店から届いたチラシを見た男子生徒が、本の表紙の怪獣を「これは○○、これは○○…」とほぼ言い当てていったのだ。入れないわけにはいかない。夏休み明けに見つけた彼は、「買ったんですね!」と喜び、丹念にページをめくっていた。「でも、これは重くて借りられないですねえ…」「ま、無理して持って帰らなくてもね、図書館でじっくり見てよ」ということで、この本は読者を得た。よかった、と思っていたら、今度は女子が「あ!この本、欲しかったんだけど買えなかったの!私のために買ってくれたんですね!」と言い出した。「…えっと、別の子のために買ったんだけど、こういうの好きなの?」「そう、嬉しい、ありがとう!」彼女も丁寧に見ていき、これで2人目。さらに別の男子が、「これすげえ、テレビでやってたやつも載ってる。東宝だから、まあ限られてはいるけど」。そうだ、この子、特撮や映画が好きなんだった。ソファで背を丸めて読んでいった彼は、別の機会に、友達にもこの本について教えていた。この本は、今後、貸出につながることはあまりないかもしれない。けれど、少なくとも3人の生徒が手に取り、楽しい時間を過ごしたことを司書は知っている。利用者のダイレクトな反応を見られるのは、何よりの喜びだ。
 棚にありながらも動きのない本と利用者を結びつけられた時も、とても嬉しい。2学期に入ってすぐ、時々来館する女子生徒が、友達に「ねー、なんか面白い本ない?」と聞いていたのだが、その友達は即座に「ない!」ときっぱり。これは放っておけない。「こらー、面白い本ないとか言うなー」「えー、だって分かんないんだもーん」「司書さん、何か面白い本ないですか?推理小説じゃないやつで」ということで、いろいろ話すうちに瀬尾まいこさんの本を薦めてみることに。「瀬尾まいこさんの本って、扱うテーマは重いんだけど、会話が楽しくってすいすい読めるよ。虐待の話とか、家族が解散しちゃう話とか、自殺しちゃおうと思って宿に泊まるんだけど、そこで人に出会ってうんぬん、とか…」「あ、それにします!」というわけで、「もし合わなかったらまた考えようね」と言いながら『天国はまだ遠く』(新潮社2004)を貸した。彼女は後日、「面白かったです!お母さんも読んで面白かったって言ってました」と報告してくれた。
 これからも、1冊とひとりを結びつける地道な努力を、直接的・間接的にしていきたい。展示の仕方、待機の仕方、話しかけるタイミング、話し方、いつも迷いながらの日々だ。だが、利用者とのやりとりに必ずヒントはある。そう信じて、今日もカウンターに立つのである。
(二宮高校)
書評と紹介
大阪大学歴史教育研究会編
『市民のための世界史』
大阪大学出版会 2014年5月刊
 本書は、大学教養課程の世界史教科書として編集されたもので、書名にある「市民」(人民でも民衆でもなく)とは、「将来市民となるであろう学生」のことを指している。大学の教科書というと、教員の専門分野に関係する概説書という印象が強いが、本書では古代文明の形成から2011年の東日本大震災までが叙述の対象となっている。また、大阪大学の得意分野である内陸アジア史や海域アジア史、そして「近代世界システム」論を踏まえた叙述となっており、新しい世界史の概説書ともいえよう。
 高校世界史の教科書と比較すると、書かれている用語(事項)数を大幅に減らし、各時代・地域の社会構造や文化の概要、そして諸地域間の関係性を重視した記述となっている点が特色としてあげられる。たとえば、ローマ帝国については、カエサルとオクタウィアヌス以外の人名を用いずにこの時代を概観している。また、世界史におけるアジア諸地域の役割を意識した、すなわち「進んだ(豊かな)ヨーロッパ」と「遅れた(貧しい)アジア」という二項対立からの脱却を意識した記述も特色の一つである。それゆえ、いわゆる「大航海時代」についても、その前提となるアジア海域の活発な交易関係からの連続として捉えた記述となっている。さらに、各時代における日本(列島)に関する記述は、本文ばかりでなくコラム(「日本的伝統」の成立;第2章、「日中貿易の担い手たち」;第5章、「日本軍が残したもの」;第11章など)も含めて充実しており、「日本」を含めた「世界史」の構築を模索する編者の意欲を感じることができる。
 高校教員にとっての本書は、これまでの教材研究や授業実践の内容を振り返り、そして再構築するための貴重な参考書として位置づけられるであろう。筆者に関して記すなら、ここ10年ほど歴史学における新しい研究動向やその成果についての情報を積極的に収集してきたが、それらを体系化する際の参考にすることができた。また、高校世界史では、大学受験(だけにその責があるとは思わないが)との関係がある以上、一定の用語(人名・事件等)を暗記することは避けられない。それらを受験が終わってからも有用な知識として残すためには、どのような授業が有効であるのか、ということを考える際のヒントになるであろう。本書では各章の冒頭などに様々な問いかけが記されている。その中には、『「鎖国日本」をはじめ、大航海時代以後のアジア諸国は「世界の動きをよそに」「眠り込んで」いたのだろうか?』(6章)、『19世紀末に進んだ世界の一体化と、現在のグローバル化にはどんな共通点があるだろうか?』(9章)、『日本が戦争した相手はアメリカだけだったのだろうか?』(11章)、『第二次世界大戦後長い間、社会主義はアジア・アフリカで人気があった。その理由はなぜか整理してみよう。』(12章)など、これらの問いかけは「暗記科目」としての世界史を超えるための導入に利用できる可能性が大であろう。さらに、「大学での専攻は歴史ではないが、自身の受験科目が世界史だったから世界史教員になった」「他科目の採用だが必修なので世界史の担当が回ってきた」という先生方にとっては、「世界史」を構造的に捉える一つの指針として本書が役立つかも知れない。
 最後に、次に記す2つの問いかけは、我々、高校の社会科教員すべてに対する問いかけでもあることを指摘して拙文を結びたい。『歴史というのは(1)すでにわかっている(=動かない)過去のことを、(2)暗記するだけの、(3)現在や未来とは関係のない(=役に立たない)科目だろうか?』(序章)、『歴史学者は、本ばかり読んでいる「浮き世離れした」人々だろうか。歴史学など学んでも、就職の役に立たないのだろうか。』
(大師高校 澤野 理)
KEU編集委員会編
『KOJIEGONUEKIWORKS&VOICE』
KEU編集委員会2006年12月刊
 藤沢西高校前のバス停に降り立つと校舎壁面いっぱいの表情豊かな顔々々が出迎えてくれる。見る者全てに語りかけ、元気を、慰めを、心を映す鏡の様に気づきを……その時々に何ものかを与えてくれる。「壁画の西高」として親しまれている大壁画である。約140面の壁画が校内の至る所に描かれ、現在も制作が続いている。学校では他に類を見ない。その一面一面に描き手の生徒の幾多のドラマがある。県の財産である校舎に壁画を描くという奇跡にも近いことを可能にしたエネルギーとドラマがある。それらから醸し出されるものが“この学校は他にはない何かを与えてくれる”という希望を感じさせ、それが学校全体の空気となり伝統を作り上げている。
 この壁画を指導したのが美術担当の故植木孝二教諭である。遊学中のニューヨーク・ソーホーに新たなアートの芽生えを確信して壁画の指導を始め、茅ヶ崎高、横浜日野(現南陵)高、そして1998年に赴任した藤沢西高で大きく開花する。美術室廊下の壁面から始まり、2000年には植木氏と生徒の思いを中核に、必ず実現させたいという周りの生徒、職員、保護者の思いが、学校を生徒が主体的に生き生きできる場にしたいという校長の思いに通じ(校長は何度も県に足を運んだ)、一体となって3、4階にわたる大壁画を可能にした。
 オーストリアの画家・エゴン・シーレを愛する植木氏にとって、創造とは自己を見つめ、己の中に葛藤を生み出し、苦しみぬいて高めていく営みであり、そこから生まれる一本の線の大切さを説いていた。壁画も原画制作から完成までに、描く生徒の内面に葛藤を生み、何度も植木氏とぶつかりあってその芸術性を高めていった。
 植木氏の一日は、5階の美術準備室の窓から眼下の墓園に眠る若き教え子への合掌から始まった。細やかな心遣いのメッセージは読む者の心を打ち、情熱的な指導は生徒とぶつかることもあるが、時を経て伝わっていった。準備室に行くと、どんなに忙しくても手を止めて入れてくれるコーヒーとお菓子。味わいながら本音で語り合い、悩みを聞いてもらった生徒、職員がどれだけいたことだろうか。行事の後の反省会では、いつも手料理で楽しませてくれた。温かい心は世の中にも注がれ、地球環境に優しい生活を実践していた。お酒の席でのエピソードももちろん。休日の自宅は卒業生でにぎわい、季節の集いを大切にした。人を愛し人に愛される植木氏であった。
 2003年夏、病変が見つかり、入院、退院、自宅療養。2005年1月、二度目の復職が叶う。全身の激痛、不眠、一日一食の体でも生徒と共に生きたい、伝えたいと声をふりしぼり4月に50歳で亡くなる9日前まで授業を続けた情熱は皆の心を打った。先生らしいお別れをと斎場は卒業生の手で植木氏のFRP彫塑作品で飾られ、植木氏を乗せた車は、大壁画の前のバス停で停まってクラクションを鳴らして別れを告げた。
 その後、植木氏が歴任した3校の教え子たちが制作したのがこの本である。「WORKS」は植木氏の創作の軌跡の写真集。「VOICE」は幼馴染、友人、教え子、同僚からの追悼文集、写真や語録も収録。教え子たちとの心のふれあいは、生徒が生き生きできる学校とはどういうものか、それはどのように作られていくのか、私達学校職員はいかにあるべきかなど多くを教えてくれる。
 今秋、耐震問題で藤沢西高の東棟の取り壊しが始まり、大壁画をはじめ多くの壁画が惜しまれながら失われていく。是非とも手に取っていただきたい一冊である。
 他に、藤沢西高の壁画をカラー写真で綴った「神奈川県立藤沢西高等学校『壁画写真集』」(藤沢西高壁画写真集作成委員会)もある。
ともに「高校教育会館」で扱っている。
(藤沢総合高校 関口康太郎)
ふじだなのほんだなから―県民図書室所蔵の資料案内―(5)
学校史、周年記念誌がおもしろい!(4)
■母校で元首相はどんな話をしたのか?
 前号で予告をしたので、小泉純一郎元首相(横須賀高校60年卒)が創立百周年記念式典に先駆けて実施された講演会において、全校生徒を前にどんな話をしたか紹介する。
 元首相は「高校時代、政治家だけにはなりたくない、と思ってたんですよ」と切り出し、「だから、皆さん、今考えていることも必ず変わりますから、人間の考え方というのは時間が経つと、年月が経つと変わってくるんですよ。今、これしかない。と思わないほうがいい」と(「この道しかない!」などと言っている現首相に聞かせてやりたいものだ)。そして、「いつの間にか、変人と言われながらも総理大臣になっちゃった。不思議なもんですよ」と言っている。講演録を読みながら、小泉節に会場は大爆笑だったに違いないと思った。
 「マイナスをいかにプラスにしていくか」を考えた方がよいと述べたあと、「今ね、変人って言われるの結構楽ですよ。何か変わったことをやると『私、変人って言われているからいいんだ』って言うと、みんな納得しちゃいますから。マイナスをプラスにとらえる努力っていうのは、これから大変大事だって思っているんです」と語っている。これぞ「自虐私観」(笑)かもしれない。
このあとは、「人をほめることが大事」「尺度を変えると評価が変わる」「人間として一番大事なのは信頼」「生涯学ぶことが大切」「失敗して当たり前。世の中、うまくいくことはめったにない」「人間の真価は一番苦しいとき、どう立ち向かうかで決まる」といったことなどを熱く語りかけている。
 旧制四中の設立にあっては、横須賀と藤沢とが誘致合戦を演じたと前号で紹介したが、このとき、小泉元首相の祖父で当時県会議員だった又次郎(その後、横須賀市議、衆議院議員、逓信大臣を経て横須賀市長となる)が深く関わっていたと横須賀高100周年記念誌の『百年の風』にあった。又次郎は元首相が9才のとき亡くなっているが、まさか自分の孫が四中(横須賀高)に入学するとは思いもしなかったであろう。
■横須賀よりも大津の方が先だった
 前号の文末でふれたが、四中(横須賀高)よりも2年前の1906(明治39)年、横須賀町豊島町組合立横須賀高女(大津高)が開校した。県立第一高女(平沼高)に次ぎ、県下で2番目の高女となる。同校100年史の『百年の記憶と歩み』(2009年刊)には、その前身である女子実業補習学校の学則が紹介されているが、天長節などの他に地久節(皇后の誕生日)も休業日と認められていた。女学校だからこその特権のようだ。 同じ09年、愛甲郡立女子実業補習学校(23年県立厚木実科高女と改称。現厚木東高)が開校している。同校100年史『夢はるか』(2007年刊)には、17(大正6)年の卒業生が書いた思い出が掲載されているが、横浜への1泊旅行の際、「往路は平塚まで舟、復路は馬車」とある。相模川を舟で南下していたのである。■高等女学校の登場
 県立中学の第1号は一中(希望ヶ丘高。1897年)だが、中学校令(1886年)が制定されてから11年後、全国で最も遅れた開校だった。これに対して高女の場合、高等女学校令(1899年)が出された翌々年の1901
(明治34)年、第一高女(設立時は県高女。1930年、横浜第一高女と改称)が開校している。同校が開校した1901年は、昭和天皇が誕生した年でもある。入・卒業期を西暦年の下2桁で表すことができ、平沼の在校生・卒業生は今も高女時代からの通し番号を使っているようだ(同窓会HP)。
 同校校歌は1916(大正5)年に作られ、その一番の歌詞は「をしへの道のみことのりわれらが日々のをしへなり」(作詞は佐佐木信綱。一中と同じ)とある。「みことのり」(教育勅語)を手本に毎日、励むとの歌詞はいかがかと、男女共学となる50年、「学びの道にいそしむは我等が日々のつとめなり」と改訂した。 一中の校歌は、開校からずっと遅れ、34(昭和9)年に作られている。同校歌は戦後、「皇国」を「御国」、「神中」を「神高」と一部の歌詞を書き換えたが、85(昭和60)年、新校歌に作り替えられた。校歌制定は今見たように、高女が1916年、一中が34年。ところが校旗は、一中が28(昭和3)年、一高女が38(昭和13)年と、ここでは一中が早い。高女の校旗、一中の校歌・校旗は開校から30年以上経てから作られた。両校の校旗が15年戦争開始期に制定されているが、軍旗の影響がありそうで興味深い。
■高女が次々に設立された
 一高女のあと、20年のブランクがあり、1921(大正10)年、県立平塚高女(平塚江南高)が誕生した。同校の『創立50年史』(73年刊)に、皇太子(現天皇)の生誕奉祝行事にふれた記述があるので、ここで紹介する。「昭和8年の12月23日に殿下の誕生をみたわけであるが、それまで内親王さまばかりで、お世継ぎの心配の声も巷間でささやかれていた時期だけに、殿下の誕生はただに皇室ご一家のおよろこびばかりでなく、国民ひとしく待望の慶事であった。(略)本校でも2月23日、講堂に全校生徒を集め、皇太子ご誕生の祝賀式をおこない、五十嵐校長からの訓話の形でこの慶事の意義について語られた」とあった。その後、校長以下3人の教員が学校を代表して、「皇太子ご誕生賀宴に列するために上京参内」したとも書かれている。 戦後、平塚女子高となったが、男女共学化(1950年)に伴い、校名の検討がなされた。陶陵(とうりょう)、白鷺、江陽などが候補に挙がったが、「江」(市内にある江陽中の1字をとる)という字に、発展性のあるという意味の「南」をつけて「江南」に決まったとのエピソードもあった。
 県立高女の3番手は、横浜第二高女(立野高)だが、同校の開校は36(昭和11)年、平塚高女開校から15年後である。この間に設立された高女(実科女学校を含む)を共学化以降の校名(カッコ内の数字は開校年)で列挙すると、城内(07)、上溝(11)、城東(21)、逗子(22)、藤沢(24)、大秦野(25)、大磯(27)、鎌倉(28)、伊勢原(28)、高浜(31)、三崎(33)、山北(42)など12校に上る。これらに大津、厚木東を加えた14校は、市町村立や組合立の高女(うち、大津・厚木東・城内・上溝は45年までに県立に移管)であり、県立高女はわずか3校(平沼、江南、立野)だけだった。一方、県立中学は横須賀のあと、翠嵐(横浜二中、14)、湘南(21)、緑ヶ丘(横浜三中、23)、川崎(27)、鶴見(41)が設立されている。 当欄で取り上げなかったが、県民図書室には平沼(2000年刊)、吉田島(08)の百年史が保管されている。
■やっぱり学校史はおもしろい
 筆者が学校史に関心を持つようになったのは、教員になってまもなくの頃だった。その後、たまたま3校の周年記念誌編集に関わり、学校史・記念誌刊行の意義やあり方などについて考える機会となった。これは今となっては「古きよき時代」のエピソードの1つかも知れないが、長期休業中、県民図書室で“学校史の研究”をテーマに「自主研修」に取り組んだことがあった。今日ならば、即、「却下」であろう。あれから10何年後になって、ようやく研修の成果(?)がここに表れたといえるかもしれない(自画自賛!?)。「学校史、記念誌がおもしろい」との誇大表示の下、4回にわたり連載したが、紹介できた学校はわずか。反省。男女共学(50年)の実施から来年で65年となるが、小田原高校では女子の入学者がたった1人。同校百年史には「驚天動地」とある。旧制中学の「生徒心得」も現在と比較するとおもしろい。「忠君報国ノ志操ヲ固クスベシ」とあり、敬礼、言語、教室の出入、自習などの項目が並ぶ。今ならばHR委員だが、組長・副組長と呼称。喫飯の項には「弁当持参」、自習は毎日「2時間ナスベシ」とある(横須賀高百年史)。
(綿引光友・元県立高校教員)
最近の雑誌記事より
県民図書室で定期購読入している雑誌のうち、いくつかを取り上げます。それぞれの雑誌の掲載内容については、その一部の紹介となります。これらの雑誌は県民図書室前の廊下の書架に並んでいます。ぜひ手にとってご覧下さい。
☆『季刊フォーラム教育と文化』(国民教育文化総合研究所)
 2014年夏号(76号)特集変貌する教育委員会制度道徳教科化のデメリット
☆『くらしと教育をつなぐWe』(フェミックス)
 2014年6/7月号(190号) 特集いろんなところから声をあげる
 2014年8/9月号(191号) 特集いろんなひとがゆきかう場を
☆教育科学研究会編集『教育』(かもがわ出版)
 2014.7 特集1子どもと教師の放課後・夏休み 特集2安倍「教育改革」と教科書
 2014.8 特集1私の「教育の民主主義宣言」を 特集2いま、教育の争点に挑む
 2014.9 特集1同調圧力と学校の自由 特集2沖縄の子どもと基地・貧困
 2014.10 特集1「学力テスト体制」黒書 特集2教育と福祉をつなぐ
☆日本教育学会『季刊教育学研究』
 第81巻第2号(2014.6)池野範男グローバル時代のシティズンシップ教育吉田文「グローバル人材の育成」と日本の大学教育
☆季刊教育法(エイデル研究所)
 2014年6月特集コミュニティ・スクールと学校のガバナンス
☆POSSE(NPO法人POSSE)
 2014年6月vol.23 特集そして誰もいなくなった?少子化×マタハラ
☆『学校図書館』(全国学校図書協議会)
 2014年6月号NO.764 特集甲府大会に向けて 学校図書館と著作権
 2014年7月号NO.765 特集地域や機関との連携・協力
 2014年8月号NO.766 特集学校司書、法制化なる司書教諭と学校司書の連携
 2014年9月号NO.767 特集出版産業の現状とこれから
☆『教育再生』(日本教育再生機構)
 2014年6月号 縄文からつながる日本・日本人
 2014年7月号 日本とは、日本人とは
 2014年8月号 教科書が変われば、日本が変わる
 2014年9月号 大相撲からみる日本
☆『季刊人間と教育』(旬報社)
 2014夏82号 特集この国のかたちと教育
 2014秋83号 特集センセイの時間 小特集みんな悩んで素敵な教師に
☆『家族で楽しむ子ども農業雑誌のらのら』(2014年秋号農文協)
 特集草と仲良く自然菜園
☆『DAYSJAPAN』(発行編集:広河隆一)
 7月号特集 軍事要塞化される沖縄
 8月号特集 福島の母440人の証言
 9月号特集 パレスチナ取材47年
 10月号特集 「慰安婦」がみた日本軍
☆『世界』(岩波書店)
 7月号特集 日本外交の分水嶺
 8月号特集 新成長戦略批判
 9月号特集 歴史認識と東アジア外交
 10月号特集 生き続けられる地方都市
☆『切り抜き情報誌女性情報』(パド・ウイメンズオフィス)
 2014.7特集 都議会女性蔑視ヤジ問題
 2014.8特集 集団的自衛権閣議決定
 2014.9特集 揺らぐ平和の原点
☆月刊高校教育
 2014.7特集 変わる専門学校と進路指導のポイント
 2014.8特集 複雑化する生徒指導課題にどう対応していくか
 2014.9特集 持続可能な社会づくりの担い手を育む
 2014.10特集 教育委員会制度改革で何が変わるのか
余瀝
知人と会うと、少し前は、子どもの話をしたものだが、今は、年老いて介護が要求される親の話が中心となる。確実に老齢化が進む日本を象徴するように、新聞は教育を取り上げる部分が減っている。教育委員会は、高校改革の名のもとに、教育予算を減らしてまた高校を減らそうとしている。県立高校を希望する中学生を考えるなら減らせるはずはないのだが。社会は少し、若者に厳しすぎるのではと様々な点で感じる。
編集 県民図書室 石橋 功
発行 一般財団法人神奈川県高等学校教育会館県民図書室 http://www.edu-kana.com/
〒220-8566 横浜市西区藤棚町2丁目197番地 電話(045)241-2546 FAX(045)241-2700
編集 県民図書室 石橋 功
12 9000006 NO.90       2014/06   本館 開架 所蔵     共同時空 No.90
狭山事件と映画「SAYAMAみえない手錠をはずすまで」
~狭山事件は終わっていない~
手島 純
袴田事件が再審に
 1966年、静岡県で起きた強盗殺人放火事件の犯人として逮捕された袴田巌さんが、48年ぶりに釈放された。袴田事件が冤罪ではないのかという指摘はすでにあり、それがやっと再審決定という形で結実したのだ。それにしてもなんと長い拘置期間であったことか。「袴田さんは心を病んで
いる」という報道もあるが、無理からぬことだろう。死刑判決を受け、日々、死の恐怖を前にしての半世紀である。しかも、やってもいないことで殺人犯にさせられた冤罪事件である。
 袴田事件のニュースで耳目をひくのは、日本プロボクシング協会の支援である。袴田さんは元プロボクサーであった。しかし、袴田さんがプロボクサーであったことが、「犯人」にされた要因のひとつになったのである。警察は、「ボクサー崩れだから殺人などやりかねない」という予断と偏見の上で捜査した。冤罪事件にはこうした予断と偏見がつきまとっている。ここで取りあげる狭山事件も同じである。
狭山事件は・・・・
 1963年5月、埼玉県狭山市で女子高校生が下校途中に行方不明となり、その後、遺体で発見された。この事件の1か月前に起きた「吉展ちゃん誘拐殺人事件」で大失態を演じた警察は、なんとしても犯人を捕まえたい一心で、被差別部落に見込み捜査を行い、被差別部落出身の石川一雄さんを別件で逮捕した。「部落出身者だから殺人などやりかねない」という予断と偏見がそこにはあった。
 石川一雄さんは、一審で死刑判決、二審では無期懲役、そして長い獄中生活を終え、現在は「仮出所」している。しかし、彼の冤罪が晴らされたわけではない。「みえない手」につなぎとめられたままなのである。石川さんは今も無実を訴え続けている。
 私は、学生時代に狭山事件のことを知り、冤罪事件、部落差別などをキーワードにした活動に参加した。狭山事件の弁護団側鑑定にもかかわったことがある。教育の場においても同和教育(解放教育)に出会い、さまざまな刺激を受けた。
 狭山事件は、部落解放運動とのかかわりで、70年代における政治闘争課題になったが、時代の変遷とともに人々の口にのぼらなくなった。50歳後半以上の人は狭山事件のことを知っている人が多いが、今の若者はこの事件を知らない。そんな時代、事件と裁判の風化を食い止めるように、金聖雄(キム・ソンウン)監督の映画「SAYAMA みえない手錠をはずすまで」が制作された。
 狭山事件を扱った映画はいくつかある。私が観たものでは、須藤久監督「狭山の黒い雨」(1973年)や梅津明治郎監督「造花の判決」(1976年)がある。どれも石川さんの無実を証明しようと意図されているが、情念的であったり、逆に解説的であったりするために、映画のおもしろさと深さにやや欠ける。
 しかし、映画「SAYAMA」はそれらの映画とはかなり趣を異にする。金監督は、石川一雄さんの人となりや日常生活に視点を当てることで、石川さんが殺人などするはずはないという確信を観客にもたせた。決して運動のプロパガンダではなく、映画そのもの自律性と芸術性に重きをおきつつも、結果的に「石川さんは無実である」ことを印象づけることに成功している。予断と偏見で肥大した冤罪事件を、等身大の世界へと引き戻すことで、無実の確証を得る。金監督の今までの作風が見事に結実した作品である。 
 在日コリアン2世である金監督は、「花はんめ」で川崎桜本に住む在日1世の悲哀を描き、「空想劇場」では特別支援学校の卒業生を中心とした「若竹ミュージカル」の活動を描いた。どちらもドキュメンタリー作品である。詳細は、『ねざす』№34、49の拙稿に譲るとして、ここで強調しておきたいことは、金監督の作品にはいつも「笑い」があるということである。それは嘲笑でも失笑でも苦笑でもなく、苦難のなかにいる人々が、その苦難を吹き飛ばすように笑うシーンである。不条理な重荷を笑いで解き放つ。金監督作品に登場するこうした笑いは、テーマ自体の重さを描きつつも、生活者としての個々の人間大切にしている視点が表出している。「SAYAMA」では石川一雄さんの妻である早智子さんの笑顔が特に印象的であった。
 石川一雄さんのジョギングシーンも意表をついていている。石川一雄さんとジョギングはあまり結びつかなかったが、実際に石川さんは走っているのだ。狭山事件の被告であるということで近づきにくかった石川さんを「普通の人」にし、観客の伴走を可能
にした。
 日本には冤罪事件がまだまだある。そもそも証拠さえ開示されれば、無実を証明できる事件も多い。日本に裁判員制度が取り入れられて5年が経つが、見込み捜査や証拠の非開示が続けば、冤罪事件は続くであろう。また、石川さんにかけられた「みえない手錠」をはずさせるために、公判を見守ることに加えて、世論の動きが重要である。
 高橋伴明監督「BOX袴田事件命とは」(2010年)という映画が制作され、袴田事件に関して世論を喚起する一要因が作られた。その後、袴田さんの再審が決定した。狭山事件も同じ道をたどってほしいとつくづく思う。
学校図書館は、今・・・
「天空の図書館」へようこそ!
田子 環
 本校の図書館は5階にあります。古い造りの校舎で、もちろんエレベーターはありません。利用者泣かせ、司書泣かせ、そして本を届けてくれる書店さん泣かせの図書館です。図書館のある「新館」(と呼ばれていますが、築35年以上経過しています)は5階建てで、最上階には図書館しかなく、あとは屋上です。隣の教室棟とは渡り廊下でつながっていますが、こちらは4階建てなので、図書館に行ける階段は新館の一か所だけ。利用者は廊下を延々と端まで歩き、新館にたどり着いたら階段をひたすら昇る、というルートをたどって図書館にやってきます。2階の端にある一番遠いクラスからだと片道2分、歩数にして230歩(階段66段を含む)。管理棟の2階にある職員室からも同じくらいかかります。
 こんなふうに300字も費やして、くどくどと書きたくなってしまうくらい不便な場所にある図書館ですが、窓から見える景色は最高です。閲覧室の三方に窓があり、狭い室内ながら気持ちのいい開放感にあふれています。入って左側の窓からは、なだらかな丘に沿って広がる住宅地の奥に円海山が見えます。右手と正面の窓からは、グラウンドを隔てて日野公園墓地の森や野庭団地など、起伏に富んだ地形が一望できます。春から初夏にかけては目に鮮やかな木々の緑が、秋や冬には美しい夕焼けが堪能できます。閲覧室からは残念ながら見えませんが、図書館前の廊下の窓からは富士山もばっちり見えます。視界を遮るものが少なく、空も広々として、初めて図書館に来た人が思わず歓声を上げる絶景です。見晴らしが良すぎるあまり、「高いところは苦手なんだよね」と窓に近寄らない生徒を見かけて、申し訳ない気持ちになったこともありました。
 教室から遠くて不便、というのは、今さら嘆いても仕方がありません。このロケーションを逆手にとり、「高いところにあって居心地がいい」ことをアピールできる愛称をつけて図書館のイメージを良くしよう!と考えました。同じような状況で、県内に「アルプス図書館」、他県に「みはらし図書館」という愛称で親しまれている高校図書館があることは、既に知っていました。アルプスからの連想で…チベット?ちょっと「最果て」感が強くなり過ぎちゃうか。マチュピチュ?発音しづらいから却下。などと悩んだ結果、「天空の図書館」と命名しました。
 最初は少し気恥ずかしかったのですが、ことあるごとに、この愛称を使うことにしました。図書館だよりや新着図書案内などの発行物やポスター類には必ず「天空の図書館」と書き、新入生オリエンテーションでも「天空の図書館へようこそ!」と連呼しているうちに、ちょっとずつ定着してきた気がします。廊下で生徒とあいさつを交わすとき、すれ違いざまに「あの人誰だっけ」「ほら、天空の…」「ああ、司書さんか」なんていう会話が聞こえてきたりすると、嬉しいようなくすぐったいような気持になります。「あ!天界の人だ!」と声をかけられたときには笑ってしまいました。
 距離を苦にせず図書館に来てくれる生徒たちには、感謝の気持ちで一杯です。たどり着くまでは大変だけれど、がんばった人にはご褒美が待っている。気持ちのいい空間に知的好奇心を刺激する本がたくさん揃っていて、時が経つのを忘れてくつろげる。生徒たちにとって、図書館がそんな存在になれたらいいなあ、と思いながら、日々仕事をしています。
(県立横浜南陵高校 学校司書 田子環)
書評と紹介
吉井友二 著
『これからの脱原発・教科書・平和教育』
七つ森書館 2013年12月 刊
 高校で社会科を学ぶ目的はなんだろう。吉井さんの労作にふれて、改めて考えさせられた。当面大方の生徒にとっては受験のためなのかもしれないが、社会科というのは、本来、世の中のしくみと問題点を理解し、さらにより良い世の中に変えていくために学ぶものだと私は思う。
 しかし、文部科学省の教育は、社会を支える人材を養成することが大事であり、現在の世の中は完成された最善のものであり、それを変革してよりよいものにする人材は必要なく、世の中のしくみを無批判に受動的に学ばせること、そうしたことを目標としているのではないだろうか。文科省の学習指導要領:高校地歴・公民分野には「批判」という言葉が1ヶ所しか出てこない。(日本史B-3.内容の取り扱い-(2)-ア)現行学習指導要領には「思考力・判断力・表現力等の育成と言語活動の充実」などと情報発信にやや重きを置いた目標が設定されている。これは昨今の国際的競争の時代に、外国のエリートたちと日の丸企業を背負って互角に渡り合える人材を理想としたもので、生徒個々人のためではないように見受けられてならない。そしてそこには「批判力」を養うという目標設定はない。
 翻って、吉井さんの教育実践は、まさに批判力の養成を主眼にしている感じがする。最近のタームでは、リテラシー(批判的に読み解く力、Critical Thinking)ともいう。「世の中なんかおかしいよね? 矛盾してない?」「これって民主的じゃないよね?」吉井さんはつねにそうした問題意識から出発して、世の中のしくみを解体し、その問題点を生徒に気づかせようとしている。そうした実践を38年間ずっと続けてこられた。同じ社会科教員として、また、ここ20数年間毎月、月に2回は顔を合わせて世の中を論じ合っている仲間(よく飽きずに続いているなあ)としても、その実践の記録は驚異的である。
 そうした教育のために、知識も必要だし、生徒にとって「人ごと」ではなく「自分ごと」にするための鋭い問題提起も必要だ。そのための仕掛けもさまざま試みられている。「吉井先生の授業(やり方)はすごい!と思う。型におさまることを知らず、さあ、マンガのプリントだ、こんどはテープだ、そしてビデオだ・・・・と。わたしたちに歴史というものを、紙切れの上ででなく、目で、耳で、心(先生はよく、イメージをふくらませて、というのである)で感じる授業を展開してくれた。」(生徒感想:本書p.95)立体的で縦横無尽にさまざまなものを教材にしてしまう、その着眼点のしたたかさ。
 「第4章 映像と本のすすめ」には、映画・TVドラマ・著作物など、社会科教材のためのデータベース?が試みられている。その幅の広さは大いに参考になる。評者の根岸も大昔、視聴覚教材の活用の例としてつくってみたことがあるが、社会科教員ならば一度はやってみた人が多いと思う。これを契機に皆さんの知識を集めて、教研集会かどこかで一大データベースをつくってみるのもおもしろいと思う。
 この吉井さんの教育実践は、従って社会科教員限定の有益な著作ではない。教員でない人にも、世の中を分析する視点として興味深く読んでもらえると思う。もし大多数の高校生が、吉井さんのような授業を受けていられたら、この国の世論はもう少し変わっていたかもしれない、そんな可能性を感じさせる著作である。
 そして、社会科教員のかなりの者が、こんな本を書ける吉井さんをうらやんでいる。
(県立横須賀高校定時制 根岸富男)
石井喬 著
一九四五年鎌倉と米軍機による空襲
かまくら春秋社 2013年11月 刊
 著者の石井喬さんは1940年東京のお生まれで、県立横浜平沼高校や県立逗子高校に長く勤務され、現在も「横浜の空襲を記録する会」の会員として活躍されている。筆者にとっては神奈川の社会科教員として、また戦争を記録する活動における大先輩である。
 冒頭、著者は本書執筆の動機を「記憶の風化」であると述べている。東日本大震災においてすら「記憶の風化」が叫ばれている現状があり、ましてや先の大戦の「記憶の風化」は急速に進んでいる。特に若い世代が戦争を知らないことに強い危機感を抱いている。そのため、著者が長くフィールドとしてきた鎌倉の戦争をわかりやすく紹介し、「記憶の風化」を少しでも押しとどめることが本書の目的である。鎌倉は直接B29による空襲を受けたこともなく、戦争による大きな被害はなかった。しかしそのことで鎌倉は戦争と関係なかったと言えるのか。こうした問題意識に基づき、いわゆる鎌倉文士たちの日記、市民からの聞き取りや手記などを資料として鎌倉の人びとの日常に迫る戦争の影を描いたのである。なお本書は、表題の「一九四五年鎌倉と米軍機による空襲」と「治安維持法体制下の鎌倉で」の二部構成となっている。
 本書は、まずB29や焼夷弾など空襲に関わる基本的な用語から解説する。若い世代にはなじみのない用語だが、空襲を理解する際には欠かせない。その上で、個別に防空警報、灯火管制、機銃掃射、疎開などが取り上げられ、併せて大佛次郎ら鎌倉文士の日記に見られる戦争に関する記述が丹念に紹介される。
 内容は多岐にわたるが、筆者が興味をもったのは噂とデマである。多くの噂が流れるなかで、人びとの関心が最も高かったのが、鎌倉がいつ空襲を受けるかである。敗戦後に明らかとなった米軍の空襲リストで、鎌倉は180都市の中で124番目だった。原爆の投下候補地が除外されたりして、必ずしも順番通り爆撃されたわけではないが、米軍はビラなどで空襲を予告して人びとの不安を煽った。鎌倉の人びとが、そうした噂に敏感となっていたことがよくわかる。だからこそ戦争が終わった後で、鎌倉が空襲を受けなかった理由を探し求め、史実にない「ウォーナー伝説」が生み出されたのではないだろうか。
 近年、米軍の日本本土空襲に関する研究は大きく進展している。中でも成果をあげているのが米軍資料研究会である。米軍資料とは、米国立公文書館が所蔵する米軍の対日作戦資料群のことであり、研究会の熱心な活動により、B29や空母艦載機、陸軍機の作戦行動が具体的に明らかとなってきている。米軍の詳細な報告書の作成と膨大な記録の保存は、「戦争ができる国」の実態をよく示している。なおその成果の一つとして、本書でも紹介されている「電波妨害用の錫テープ」(p93)は、「ロープ」と呼ばれ、材質もアルミだったことがわかっている。発見例は少ないが岡山市、仙台市、浜松市、東京都豊島区、神奈川県大磯町で実物が保存されていて、調査報告もある(『空襲通信』第15号、2013年)。
 「治安維持法体制下の鎌倉で」では、鎌倉に住んだ社会主義者や転向者などを特別高等警察がどのように取り締まったかが明らかにされている。それは当然冷酷で非人間的なものだったが、特高が借金取りを追い払ってくれた話(p139)もあり、特高の人間的な一面が描かれていてとても興味深い。
 以上雑駁な内容となったが、著者のますますのご活躍を祈念しつつ紹介を終わる。
(県立柏陽高校 矢野慎一)
ふじだなのほんだなから―県民図書室所蔵の資料案内―(4)
学校史、周年記念誌がおもしろい!(3)
■四中でも開校時から兎狩り
 前号の最後で「花柳病検診」について触れた。「花柳病」と聞いても、意味がよくわからない人も多いであろう。戦前、男は17歳以上で結婚できた(因みに、女は15歳以上)ので、病気のリスクに対する配慮から、このような検診を旧制中学で実施していたのであろうか。かつて某県立高校で「生と性」という授業を担当した身としては、花柳病検診の実際についてさらに「教材研究」を試みたいところだが、ここでは脇道に逸れてしまうので、これでやめておこうと思う。
 花柳病検診と合わせて、兎狩りについても触れたが、これについてはもう少し掘り下げて述べてみたい。三中(厚木高校)の卒業生が兎狩りについて、次のように回想している。「大山のふもとの七沢あたりだったと思うが、そこまで行って全員でウサギを追い立て、囲み込んで捕まえるのである。その獲物を玉川の川原で『ウサギ鍋』にして食べるのだが、実際にはウサギはほとんど捕れず、鍋の中身は豚肉ばかりだった」と。
 四中(横須賀高校)でも、1908(明治41)年の開校時から兎狩りが実施されている。学校史年表の09年12月4日の項に、「午後、裏の曹源寺山でウサギ狩りを行う。1兎を得る」との記述を発見した。
■兎狩りvs兎飛び
 筆者は新制中学の卒業生(当たりマエダの○○!)だが、卒業したM中では、兎狩りはなかったが、丸刈りと兎飛びがあった(笑)。丸刈りを校則で定めていた中学で、“丸ボー”にさせられたボクたちは、恐い教員に命じられ、グラウンドの端から端までピョンピョン兎飛び。考えてみれば、これは「体罰」だったかもしれないが、“丸刈り”中学生にそのような自覚はまるでなく、歯を食いしばりながら“丸刈り兎”(?)を演じていた。「兎飛びのおかげで、今も足が丈夫なのかもしれない」と思っているのだから、いやはや。
 脱兎ならぬ脱線をしてしまった。話を兎狩りに戻すと、一中(希望ヶ丘高校)では不明だが、二、三、四中ではそれぞれ、兎狩りを学校行事として実施していたことが確認できた。しかし、いずれの学校でも、この兎狩りの目的や教育的な意義については触れていない。二中(小田原高校)では前号で紹介したように、明治天皇の皇女たちにプレゼントしていたが、皇室への献上が目的ではないだろう。三中の場合も、「ウサギ鍋」(兎が捕れなければ、「豚の鍋」)にして食べることが兎狩りの目的だったわけではないはずだ。
 ところで、3.11以降、しばしば歌われる唱歌「ふるさと」の一節に「うさぎおいし」とあるが、これは、「うさぎ美味し」ではない。食糧難時代には兎の肉を食べたこともあったので、「美味し」も通じそうだが、漢字で書けば「うさぎ追いし」が正解だ。ここでは「兎追い」や「兎狩り」を表現している。「ふるさと」は、高野辰之作詞、岡野貞一作曲の元文部省唱歌だが、1914(大正3)年、『尋常小学唱歌』(6年)の中に初めて登場した曲だ。ということは、「ふるさと」は歌い継がれて今年でちょうど100年を迎えたことになる。また1914年といえば、日露戦争からちょうど10年、第1次世界大戦が始まった年にもあたる。
■何のための兎狩りだったのか?
 ついつい脱線してしまうが、ご寛容を。本題に戻すと、旧制中学校では、なぜ兎狩りが開校時から、学校行事に位置づけられていたのだろうか。実はこのことも当欄の趣旨と照らせば脱線かもしれないが、「話の成り行き上、しかたがない」と「いいわけがない」言い訳をしたうえで、さらに話を先に進めよう。
 前号を書き終えたあと、哲学者内山節さんが書いた論稿を読み、兎狩りに関してある仮説を思いついた。
 「だから冒頭は『ウサギ追いしかの山』からはじまる。日露戦争の頃から、寒冷地での戦争のために軍服につける襟巻きが大量に必要になった。(略)子どもたちもウサギを追い、その皮を『お国のために』提出するようになっていった。決して牧歌的にウサギを追いかけていたわけではなく、少国民としてお国のために働いたのである」(内山節「復興とローカリズム」教育科学研究会編『地域・労働・貧困と教育』〈『講座・教育実践と教育学の再生』第4巻〉2013年12月、かもがわ出版)
 筆者の仮説とは、「中学生たちに兎を捕獲させ、それをお国に供出したのではないか」というものだ。県立二中、三中、四中の開校年はそれぞれ、1901年、02年、08年であり、日露戦争(04~ 5年)の前後に相次いで設立された。襟巻用の兎確保に関する指示が上から出され、地域や学校において兎狩りが組織的に実施されたのである。高野はその光景を思い浮かべながら、「ふるさと」の詩を一気に書き上げたのではないか。
 筆者が示した仮説を裏付けるためには、兎捕獲を命じる文書を見つければいいのだ。しかし、終戦時に証拠隠滅のため焼却処分を命じる「わが帝国」ゆえ、命令文書を発見できるかどうかはわからない。
■今も兎狩りをしている高校があった!
 兎狩りは過去のものと誰もが思うはずだが、インターネットを使って、調べていたら、今も兎狩りを学校行事として実践している高校があることがわかった。「ナニコレ珍百景」(テレビ朝日系)という番組(2011年11月放送)で紹介されたこともあったという。この高校というのは、サッカーの強豪校でもある岩手県立遠野高校(旧制遠野中学。二中と同じく1901年開校)である(同校HPによれば、1学年普通科4クラス)。
 昨年のウサギ狩りの様子について、同校の校長が次のように書いている。「2年に1度のウサギ狩りが(2013年―引用者)10月4日(金)に行われました。学校で出陣式を行い、2陣に分かれてバスでわらび峠に移動。11時35分から大将の攻撃開始の合図、軍楽隊の進軍ラッパで攻撃開始。生徒の奮闘むなしく今年も戦果はゼロ。気を取り直してレクリエーション。その後、クラス毎にジンギスカン鍋を囲んでの昼食となりました。当日は天気にも恵まれ、狩り場であるわらび峠も暖かく絶好のウサギ狩り日和でした。(後略)」
 79(昭和54)年以来、「戦果」はゼロだそうだ。生徒会新聞には、ウサギ狩りの目的として次の4点が示されている。「①遠野高校の伝統行事を継承する。②先輩方が代々継承してきた行事に触れることで、遠野高校の伝統の重さを感じる。③豊かな自然の中で活動することで、体力の強化、連帯意識の向上を図る。④学年、クラスの団結力と親睦を深める。」
■四中設立をめぐる横須賀 vs藤沢の誘致合戦
 今回は兎を追いかけすぎて、本文の方は「亀さん」となり、肝心の学校史の紹介がほとんど進まなかった。残された紙数はわずかとなったが、最後に旧制四中、横須賀高校の百周年記念誌『百年の風』(2010年3月刊行)について少しだけふれる。記念式典そのものは08年5月に実施されており、小泉純一郎元首相(同校60年卒)が来賓として挨拶している。また、式典の直前、校内において創立百周年記念講演会が開かれ、元首相が「若い世代に願うこと」との演題で全校生徒を前に話をしている。講演内容は『百年の風』に収録されているが、次号でそのさわりだけを紹介する。校長の講師紹介では、小泉元首相が高校時代、図書館でどんな本を読んでいたか披露しているが、そうした記録が卒業後50
年近く経っても保存されていたことに驚いた。
 県立四中設立をめぐっては、横須賀と藤沢とが激しい誘致合戦を演じ、県議会では、わずか1票差で横須賀に軍配が上がった。1票差で惜敗した藤沢(湘南中)の
開校は、日露戦争後の財政難も災いし、10年以上遅れ、1921(大正10)年。四中の2年前に横須賀高女(大津高校)が開校しているが、県立第一高女(平沼)に次いで古い歴史をもつ高女である。
(綿引光友・元県立高校教員)
最近の雑誌記事より
県民図書室で定期購読入している雑誌のうち、いくつかを取り上げます。それぞれの雑誌の掲載内容については、その一部の紹介となります。これらの雑誌は県民図書室前の廊下の書架に並んでいます。ぜひ手にとってご覧下さい。
☆『季刊フォーラム 教育と文化』(国民教育文化総合研究所)
 2014年冬号(75号) 特集 外国語教育のいま
☆『くらしと教育をつなぐ We』(フェミックス)
 2014年2/3月号(188号) 特集 塀の上を歩く人を増やそう
 2014年4/5月号(189号)  特集 大事なものは目には見えない
☆教育科学研究会編集『教育』(かもがわ出版)
 2014.3 特集1 3.113年目を生きる 特集2 卒業式と日の丸・君が代
 2014.4 特集1 失敗と試行錯誤の教育学 特集2 大衆化する大学の苦悩
 2014.5 特集1 若手教師のリアル生き凌ぐ技法 特集2 子どもの「うつ」
 2014.6  特集1 キャリア教育をつくりかえる 特集2 食と教育
☆日本教育学会 『季刊 教育学研究』
 第81巻第1号(2014.3) 保田直美「学校への新しい専門職の配置と教師役割」 朴澤泰男「女子の大学進学率の地域格差」
☆季刊教育法(エイデル研究所)
 2014年3月 特集 どうなる? 教育委員会制度
☆POSSE(NPO法人POSSE)
 2014年3月 vol.22 特集 追い出し部屋と世代間対立
☆『学校図書館』(全国学校図書協議会)
 2014年2月号NO.760 特集 子どもにおくるメッセージ
 2014年3月号NO.761 特集 東日本大震災からの復興
 2014年4月号NO.762 特集 教科指導と学校図書館
 2014年5月号NO.763 特集 読書感想文コンクール60年
☆『教育再生』(日本教育再生機構)
 2014年3月号 よりすぐりの「明言」 「味わい深い言葉」一挙再現
 2014年4月号 さあ、出発しよう! 教科書採択に向けて 
 2014年5月号 教育再生民間タウンミーティング
☆『季刊 人間と教育』(旬報社)
 2014 春 81号 特集 スクールキャピタリズム―公教育は誰のものか
☆『家族で楽しむ 子ども農業雑誌 のらのら』 (2013年冬号 農文協)
 特集 魔法の液体
☆『DAYS JAPAN』(発行編集:広河隆一)
 5月号 特集 第10回 DAYS国際フォトジャーナリズム大賞特大号
 6月号 実測チェルノブイリ放射能汚染図
☆『世界』(岩波書店)
 4月号 特集 復興はなされたのか―3年目の問い
 5月号 特集 集団的自衛権を問う
 6月号 特集 冤罪はなぜ繰り返すのか―刑事司法改革の行方
☆『切り抜き情報誌 女性情報』(パド・ウイメンズオフィス)
 2014.3 特集 ソチ冬季五輪
 2014.4 特集 東日本大震災から3年
 2014.5 特集 ハーグ条約加盟と多様化する家族像
☆『月刊高校教育』
 2014.4 特集 今、高校管理職に求められる力
 2014.5 特集 加速する「教育再生」
 2014.6 特集 大学入試をもう一度根本から考える
余瀝
 「藤棚の坂を登るのが苦痛になると退職のころ」になると若いときから言われて
きた。まさかそこに退職後定期的に行くことになるとは予想すらしていなかった。また89号の執筆を頼まれたとき、この「共同時空」をつくるとは夢にも思わなかった。今後、運命に逆らわずよりよいものを作っていきたい。
編集 県民図書室 石橋 功
発行 一般財団法人 神奈川県高等学校教育会館県民図書室 http://www.edu-kana.com/
〒220-8566 横浜市西区藤棚町2丁目197番地 電話(045)241-2546 FAX(045)241-2700
編集 県民図書室 石橋 功
13 9000005 NO.89       2014/02   本館 開架 所蔵     共同時空 No.89
不登校生徒の対応から見る高校教育現場
~「青年期の心」の活動15年、今考えていること~
石橋 功
 15年以上前に神奈川高教組の教研に「青年期の心」という小委員会を立ち上げ、それ以来多様な個性を持つ子どもたちを研究してきた。この間、各学校にスクールカウンセラーが配置され各学校も多様な生徒に対する対応が必要とされてきたはずである。
 しかし現在も、日常的に「不登校」になる生徒が増えている。あんな学校いかないと宣言して「登校拒否」という明確な意志を持つ生徒からはじまり、なんとなく朝起きれずなんとなくいかなくなってしまうパターン等々、100人の「不登校」生徒がいれば100通りの理由があるといわれるように多種多様な理由がある。そうなると「不登校」生徒に対してどういった指導方針を取るべきかを考えてみれば100通りの指導方針が求められるであろう。しかしそういった多様な指導方針は取られず、マニュアルに従って、無断で休むと親に連絡して登校を促す。その場合生徒は親に言われて家をでる、しかし学校にいかずどこかで休息する場合もある。そのうちに家の電話を自分で取り担任には親は不在といいごまかすようになる(「熱心な」担任は勤め先、親の携帯に無断欠席を連絡する)。次に担任は家庭訪問を行い、本人、親に登校を促す。担任が帰宅後、親と生徒の修羅場になり、生徒は「引きこもり」になっていくパターンがある(「熱心な」担任の生徒の場合、修羅場に至るのが早い場合が多い)。
 「不登校」生徒が学校に行かなくなった理由の多くに学校での生徒の「孤立」がある。もちろん「いじめ」を伴う場合もあるがそこまでいかなくても「孤立」している生徒は、基本的には学校が楽しい場ではない。学校は無理をしなければいけないところである。特に授業中は耐えられても休み時間、体育祭、文化祭、修学旅行等の一般的生徒に楽しい学校生活は「孤立」している生徒にとって苦痛なのだ。そこへの参加の強制は「不登校」の出発点になる。高校では「不登校」は中途退学への道につながり、長期の「不登校」は中途退学をすることが多い。「熱心な」担任は「不登校」な生徒を追い詰め中途退学に追い込んでいく。学校側の立場とすれば、高校は来たい者の来る場所という頭が高校教員のなかにあるので来たくなかったら仕方がないと納得してしまう。
逆に「不登校」生徒に登校刺激を行わなかったことによる、管理職からの追求を考えた場合、電話→家庭訪問→修羅場→引きこもり→中途退学のパターンを選ぶ教員が多い。こうしたパターンにならないためには「不登校」生徒に立ち直りの時間を与えることがなによりも必要である。実際に「不登校」体験者のその後の文章を読んでいると、「熱心な」、待てない教員より、むしろ生徒にあまり関心がないように見える、適切な距離感をわきまえている教員が非常に良かったという指摘がされている。
 高校の場合、生徒に関心があるときはだいたい生徒指導にかかわる関心が多く、こういった生徒指導に「熱心な」高校教員は学校では評価されるが、生徒から嫌われる場合も多い。それは生徒がその熱心さが生徒に向いているのではなく、学校に生徒をあわさせようとしていることを知っているからである。また、学校に向かず自分の好みに合わない生徒を自分の好みに変えていきたいという熱心な高校教員の強い意思を生徒は見抜くからである。生徒指導、特に頭髪服装指導に熱心な教員はその生徒のことを考えて指導するのではなく、学校の体裁とルールを守らないことが許せない高校教員の持つべき体質から行っているのがほとんどで、その裏側に潜むものは「学校のルールを守れない者は学校を去れ」という強い意思である。
 神奈川では現在ゼロトレランス方式なるもので厳罰化が進んでいる。ルールの厳格化の裏側には「自己責任」という新自由主義のイデオロギーがある。ルールがあってもそのルールが形骸化していたのが今までの学校の美徳であったし欠点でもあった。形骸化したルールをなくさないでルールを増やしてきたのがこの頃の流れである。ライター所持はタバコ所持と同じ処分ということで、誕生日のケーキに火をつけられないという事態まで呼んでいる。
 社会全体の正規採用の減少、非正規採用の増大といった若者いじめは、高校のルールの厳罰化をよんでいる。「そんな髪では」「そんなだらしない服装では」「そんな態度では」正規採用されないという論理が「生徒のため」という倒錯したルールの厳罰化を呼んでいる。こうした事態を変えていくとしたら、教員が生徒を伸ばすという原点に立ち返るということであり、本来的には楽しい自由な集団であるべき学校に生まれ変わることであろう。そのためには教員集団自身が自由な集団に生まれ変わらなければならないであろう。そのためには教員一人一人が自由になるためのアイテムとなる知識とネットワークをもたなくてはならない。
 私たちは湘南メンタルクリニック院長の長谷川誠先生をテューターとして『「多動性障害」児―「落ち着きがない子」は病気か?』(講談社α新書榊原洋一著)、『解離性障害―「うしろに誰かいる」の精神病理』(筑摩新書柴山雅俊著)、『「依存症」社会』(祥伝社新書和田秀樹著)等の本を読書会で読んで知識を身につけてきた。またフリースクールの楠の木学園との関係を通じて様々なNPOと連携してネットワークを形成してきた。こうした実践の結果は県教研、全国教研を通じて学校現場に還元してきたと考えている。
(いしばし いさお 県立藤沢総合高校)
学校図書館は、今・・・
加藤 由希子
 少し古い話で恐縮なのですが、4年前、私は前任校の新磯高校図書館に勤務していました。
 新磯高校の図書館は、4階ですが、窓がたくさんあって明るく、気持ちのよい場所でした。向かいが3年生のHR教室なので、利用もわりと多く、10分休みごとに30~ 40人位の生徒が訪れ、一日の平均貸出は45冊前後でした。マンガが少ないのにこの数字はまあまあすごいと思います。生徒さんは、いろいろ複雑な事情を抱えた子も多くて、大変な面はあったのですが、図書館全体には活気があって“必要とされている”手応えが感じられる仕事場だったと思います。
 ところで新磯高校は、後期再編のために、その年度末をもって相武台高校と統合することが決まっていました。新磯側は校舎を使わない「非活用校」のため、図書館も、全部きれいに片づけてカラにすることになっていました。
 計画的に作業を進めなくては、と思いつつも、異動してからの3年間はあっという間に過ぎてしまい、最後の一年間で一気に作業という形になってしまいました。色々あって、大口の移譲本(相武台へ1127冊、相模向陽館へ2790冊)の選定は、ほとんどこちらでやることになり、加えて、司書の人手不足(新採用がないので)の煽りで、研究会の役員の仕事も引き受けることになり、本当に忙しくなってしまいました。とにかく段階的に本を減らしていかなくてはならないので、①大口移譲本を確定したあとに ②8月に県内高校図書館に引き取りを呼び掛け ③10月文化祭で図書委員会企画の古本市 ④1月に学校・公共図書館関係や公民館等に引き取りを募り ⑤2月に生徒・保護者・職員・近隣住民のかたなどに広く呼び掛け ⑥残りを捨てる、という計画を立てました。職場の先生方には、本当に助けて頂きました。作業のために図書館を閉鎖する時期については、悩みました。ここを居場所にしている子たちのことを考えると辛いのですが、結局、3年生の自由登校に合わせて2月から2ヶ月間、図書館を閉鎖することに決めました。ついこの前まで「本は期限内に返却しなさい」だったものが、突然閉館、そのあと「勝手に持っていっていいよ」となるわけで、生徒も随分戸惑ったと思います。
 そんな中でも文化祭で、図書委員の生徒たちと最後の古本市をやったことは、楽しい思い出です。委員長の指揮のもと、絵の得意な子は看板を描き、折り紙のできる子は飾りを作り、手づくりのあたたかい会場ができあがりました。写真はその会場です。
 2月の公開配布会も、2日間で100人以上の人が詰めかけ、盛況でした。それが終わると、あとはひたすら縛って運ぶだけ。生徒もぽつんと「なんだかさみしいね」。ほんとだよね、母校がこんな形になって、まだ使えるものもみんな捨てなくてはならないなんて。 振り返って、その頃の中学生数などを見ても、そもそも学校を潰す必要があったのかな?という疑問もあり、また、大人の事情で、生徒の貴重な高校生活を振り回してしまったという申し訳なさもあり、色々と思うところはあります。それでも、下手するともう図書館には縁がないかもしれないあの子たち、生きるのに不器用そうで、誰にも頼ったり弱みを見せたりしなさそうに見えた、あの子たちが、どこかでふと、図書館ってそんなに敷居高くないんだよ、ということを思い出してくれたら、と思います。どんな人でも受け入れて、無料で休憩できたり、本も借りて帰れて、パケット代もかけずに調べものができて、そんな場所として学校図書館が印象に残っていてくれたら、嬉しいなと思います。
(県立上溝南高校学校司書 かとうゆきこ)
書評と紹介
かながわメディアリテラシー研究所 著
『畳とメディアリテラシー』
かながわメディアリテラシー研究所 2013年6月 刊
 以前から、「かながわメディアリテラシー研究所」(通称kmnpas)の活動については知っていた。研究所のメンバーから活動記録が本になったと教えてもらい、本書を入手した。実物を手にして、まず驚いたのは、タイトルと表紙。なぜ畳?昭和の香り漂うこの和室はいったい?読んでいくと、和室は月1回開催される例会の会場であることがわかった。「畳」も、研究所の活動に大きな役割を果たしているらしい。和室で語り合ったメディア・リテラシーを巡るあれこれ。例会や合宿ダイジェスト。メディア・リテラシーを取り入れた授業の概要紹介やワークシート。「メディア・リテラシーにツッコミをいれるためのブックガイド」等々、盛りだくさんな1冊だ。
 kmnpasの所員は、設立当初から参加している県立高校の教員や学校司書だけでなく、研究者や映像作家、俳人、エンジニアなど多士済々。例会では、それぞれが得意分野を活かした報告を行い、自分の土俵に他の所員を引っぱりこむ。例会のテーマは「ディズニーファンタジー」、「オノマトフォト~写真を使ったコミュニケーションの授業」、「NFLが
変革した世界のプロスポーツ・メディア」などなど。異なる業界の人たちが集まって対話することで、新たな気づきやアイデアが生まれるのを追体験できるのが本書である。志を同じくするオトナたちが集まって、メディア・リテラシーというキーワードから広がるあれこれを、本気で面白がって議論している姿を、ぜひそっと垣間見ていただきたい。眠っている何かがムズムズして、仲間に入りたくなること請け合いだ。ちなみに、本書の奥付には「助成 財団法人神奈川県高校教育会館」とある。こういう自主的な研究活動を支援してくれる存在は、とても心強い。
 本書を読んでいて学生時代のサークルの飲み会を思い出した。先輩たちの会話の中に自分の知らない固有名詞や概念がポンポン出てくるのに圧倒されながら、新しい知識にドキドキして、ちょっとオトナになれたような気分がよみがえる。社会人になって、シゴトに必要な勉強はたくさんするようになったけれど、思いがけない方向から知的好奇心を刺激する何かと出会う機会が減っていたなあ、と改めて気づかされた。目先の仕事をこなすのに精一杯で、面白いことをキャッチするアンテナが錆びていないか?そんなことまで振り返って考えてしまうような、いい体験ができた。
 メディア・リテラシーは、今の世の中を生きていく上で、とても大事な「教養」だと思う。自分が高校生だったときに、こういうことを教えてもらう機会があったら、もっとずっと楽しかっただろう。さらに勉強したくなって、進路に影響していたかもしれない。だからこそ、今の高校生にぜひ伝えたいこと、知っておいてほしいことがたくさんある。メディア・リテラシーを扱う教科は、少なくとも高校では定まっていない。なんてもったいないことだろう。それを逆手に取って、どの教科でも取り入れてみたらいいじゃない?というkmnpasの姿勢は、学校図書館で働く立場として大いに共感するところだ。学校図書館は、学校の中でどの教科とも、どんな素材ともコラボできる存在でありたいと願っている。それに、校内で多様なメディアを揃えている学校図書館は、メディア・リテラシーの学習や実践には力を発揮する。そんなわけで、校内で何か面白いことを思いついたりやってみたくなったときは、ぜひ学校司書を巻き込んでいただきたい。きっといいコラボになるはずだ。
(横浜南陵高校 学校司書 田子 環)
安田浩一 著
『ネットと愛国―在特会の「闇」を追いかけて』
講談社 2012年4月 刊
インターネットで検索していて、ある質問サイトにこんなやりとりを見つけた。
【質問】左翼と右翼について質問です。左翼=売国奴、外国の利益を優先する人々。右翼=国を守るために外国人に厳しい人たち。ってことになってるんでしょうか?
【ベストアンサー】左翼・外国籍の右翼=売国奴、外国の利益を優先するバルタン星人。日本人の右翼=国を守るウルトラマン。
 在特会またはそれに近い者による自作自演とも思えるこの書き込みは実際、在特会の思考様式を端的に表している。彼らには、左翼とはマスコミ、政治家、外国人、公務員、労働組合、日教組等の「生活を護られている者たち」であり、対して右翼とは、左翼とたたかう「愛国者」なのである。そして彼らの「階級闘争」の最大の攻撃対象が、特権階級たる在日韓国・朝鮮人なのだ。
 彼らの言う在日特権とは、①「特別永住資格」、②「朝鮮学校補助金交付」、③「生活保護優遇」、④「通名制度」の四つである。本書も述べるように、①②④は過去の植民地支配の結果として在住する在日韓国・朝鮮人がやむを得ず用いているに過ぎず、③に至っては事実誤認に加え(国籍や民族で生活保護受給が有利になることはない)、彼らの生活苦の確固たる証である。これらを日本人が特権と呼び羨むのは、まったくの見当違いだ。
 どのような者たちが在特会の極端で偏った活動に参加するのか。本書は数多くの在特会メンバーとのインタビューを載せているが、それによると彼らは「普通の人たち」である。在特会員の平均的な姿は「人前で話すことに慣れていない。それまで政治活動の経験もない。いわばまったくの素人」である。集会やデモに参加する中高校生も少なくないという。
 在特会の何が彼らを引き寄せるのか。本書の語を借りれば「『なにかを奪われたと感じる人々』、『地域のなかでも浮いた人間』、『うまくいかない人たち』、『(非正規労働者など)所属を持たぬ者たち』が、アイデンティティを求めて立ち上がる。そしてその一部が拠り所とするのが、『日本人』であるという、揺るぎのない『所属』だった」ということになる。これだけでは数十年来の右翼と大差ないと私は考えるが、在特会と既存保守派との大きな違いがあった。それはネットの活用である。
 2009年4月の「カルデロン一家追放デモ」を動画投稿サイトに載せてから、在特会の主張やデモをネット動画で視聴し入会する者が増えた。13歳の女子中学生を「不法滞在者を即時追放せよ」と叫ぶ「うまくいかない人たち」に共感した者は在特会に加わったが、保守系の活動家多数は在特会の下品な、扇動的な絶叫に違和感を抱いた。「盛り上がることができればいいだけで、要するにネタの一つにすぎないんです。彼らはリアルな“世間”というものを持っていないからなんですよ。」との元「信者」の言葉の通り、在特会は先鋭化のための先鋭化を強め続ける。ネットの仮想空間で「朝鮮人は死ね」「反日左翼は日本から出ていけ」と絶叫するテンションそのままに、街頭行動でマイクを握りしめつつ吠える。これは青春だ、吠えることが目標であり思想もへったくれもないと本書は言う。その通りなのだろうなと納得する。
 保守系からも「常軌を逸したレイシスト集団」と断罪される在特会だが、彼らが勝ち取ったものは決して少なくない。朝鮮高校生徒の授業料無償化は阻止され、私たちの時代に新たな民族差別の跳梁を許したことは悔やんでも悔やみきれない。いまや私たちは、在特会の「闇」とは、自らとは異なる者たちへの想像力や共感を失い果てた、日本社会そのものの姿なのだという事実を直視すべきであろう。この闇は彼らだけのものではないのだ。(県立金沢総合高校 島本篤エルネスト)
ふじだなのほんだなから―県民図書室所蔵の資料案内―(3)
学校史、周年記念誌がおもしろい!(2)
■県内の公立高校の中で一番古いのは?
 前号ではクイズを交えながら、秦野高校と希望ヶ丘高校の学校史を取り上げた。「県立高校で一番古いのは希望ヶ丘(旧制の神中、一中)」と思われがちなのだが、そうではないことを明らかにした。そしてもう1つは、神中が「かつては県営藤棚団地の敷地にあった」という事実も示したかったのだ。ついでにここで補足をすると、1941(昭和16)年開校の鶴見中学(現鶴見高校)は、戦時体制下であったため、校舎建設工事が遅れ、2年7カ月ほど、横浜一中(当時)に同居していた。43年10月、新校舎がようやく完成すると、一中との「お別れ式」の後、鶴見中生徒は新校舎まで歩いて移動した。鶴見中は市内4番目の中学だから横浜四中となるはずだが、大口(神奈川区)に日大四中があったので、鶴見中と名付けられたようだ。
 ところで、「県内で最も歴史の古い公立高校は秦野高校か」というと、残念ながらそうではない。正解は、横浜市立横浜商業高校、通称Y校(戦前は横浜市立商業学校。よく間違えられるが、Y「高」ではない)である。同校は1882(明治15)年の創立だから、一中(希望ヶ丘)よりも15年も古い。横浜市立高校の歴史にまで言及する余裕はないが、Y校に次いで古いのが、前号で触れた桜丘(これまた間違いやすいのだが、校名は「桜丘」であるのに対して、学校所在地は「桜ヶ丘」なのである)。男子校だったY校に対して、遅れること45年後の開校(1927年)となった(市立実科高女。その後、市立高女と改称)。■創立100年を超えた県立高校は何校あるか?
 以下に、「創立100年以上」の県立高校名を一覧表にまとめてみた。
【資料】開校100年以上の県立高校一覧
現校名 開校年 開校時の校名 校名の変遷
秦野 1886(明治19) 三郡共立学校 注1) 県奈珂中学校→県立秦野中学校
希望ヶ丘 1897(明治30) 県尋常中学校 県立第一中学校→県立横浜第一中学校→県立横浜第一高校
小田原 1901(明治34) 県立第二中学校 県立小田原中学校
横浜平沼 1901(明治34) 県高等女学校 県立第一高等女学校→県立横浜第一女子高校
厚木 1902(明治35) 県第三中学校 県立第三中学校→県立厚木中学校
厚木東 1906(明治39) 愛甲郡立女子実習補習学校 愛甲郡立実科高等女学校→県立厚木実科高等女学校→県立厚木女子高校
中央農業 1906(明治39) 愛甲郡立農業補習学校 愛甲郡学校組合立愛甲農蚕学校→県立愛甲農業学校→県立愛甲農業高校
横須賀大津 1906(明治39) 組合立横須賀高等女学校 2) 横須賀市立横須賀高等女学校→県立横須賀高等女学校→県立横須賀女子高校
吉田島総合 1907(明治40) 足柄上郡立農業補習学校 足柄上郡立農林学校→県立農林学校→県立吉田島農林学校→県立吉田島農林高校
小田原城内 1907(明治40) 小田原町立小田原女学校 小田原町立小田原高等女学校→県立小田原高等女学校→県立小田原女子高校
横須賀 1908(明治41) 県立第四中学校 県立横須賀中学校
平塚農業 1908(明治41) 県立農学校 県立平塚農業学校
上溝 1911(明治44) 学校組合立鳩川農業学校 3) 上溝町他6カ村学校組合立鳩川高等女学校→県立上溝高等女学校→県立上溝女子高校
神奈川工業 1912(明治45) 県立工業学校
横浜翠嵐 1914(大正3) 県立横浜第二中学校 県立横浜第二高校
注1)正式名称は大住、淘綾、足柄上郡三郡共立学校 2)横須賀町豊島町組合立横須賀高等女学校 3)高座郡溝村・田名村・大沢村学校組合立鳩川農業学校
【出典】神奈川県教育委員会『神奈川の教育 戦後30年のあゆみ』1979年をもとに筆者作成。
 今秋に記念式典を実施予定の横浜翠嵐(横浜二中)を含めると、表中には15校の校名が挙がっている。ただし、小田原城内は100周年を迎える直前の2004年、小田原高校と統合しているので、この表には入れない方がよいかもしれない。旧制の高女(高等女学校)が5校あるが、横浜、小田原、厚木各地区では、旧制中学の開校から数年後に開校している。一方、この表を作成して気がついたのだが、横須賀地区だけは高女(現、大津)が先となり、2年遅れて四中(現、横須賀)が開校となっている。
 表中に校名の変遷を入れてみたが、横浜市内に2校目の中学校(現、翠嵐)が開校した(1914年)のと同時に、横浜一中、横浜二中とする一方、旧二中を小田原中、三中を厚木中、四中を横須賀中へと改称した。奈珂中(現、秦野)のみ例外で、県に移管後の1935(昭和10)年、秦野中と呼ばれるようになった。
■二中の帽章は一中と同じ「神中」だった
 前回は最古の秦野中と一中(希望ヶ丘)を取り上げたので、今回は旧制二中と三中の学校史を紹介する。小田原高校の前身である神奈川県第二中学校の開校式は1901(明治34)年4月28日に行われた。その2日前の26日、県庁にて「御真影奉戴式」(御真影とは、天皇・皇后の肖像写真)なるものがあった。開校時には「立」の文字が入っていないが、翌月7日、すなわち開校式から10日後、県立第二中学校と改称された(文部省令により、全国一斉に師範学校・小学校を除く学校名に、「何々立」の文字をかぶせることになった)。二中は第一高女(現、平沼)と同様、「20世紀元年」に誕生したことになる。
 初代校長は鳥取県立一中校長だった吉田庫三という人物。松下村塾卒で吉田松陰の甥にあたる人で、わずか33歳というから驚きだ。入試は国語・算術と体格検査。当時の中学校進学率(全国)はわずか3%。
 帽章には一中と同じく「神中」の文字。帽章は生徒に貸与され、卒業時には返却しなければならなかった。新制高校の発足(48年)と同時に「神中」の帽章の改正問題が浮上、「神高」でもよいとの意見も根強かったが、教員・生徒全員投票により、新校章「樫の葉」に決まった。「生徒心得」によれば、和服で外出するときは、袴をはき、制帽をかぶるきまりとなっていた。「神奈川県立中学校規則」(1901年)によると、夏期休業が7月21日から9月10日まで。その代わり、学年末休業(3月26日~31日)はなし。授業料は月額1円だったが、8月分はとらない。1日の授業は5時間(午前中4時間、午後1時間)、授業時間は45分だ。
■兎狩りと花柳病検診
 二中では、開校2年目の03年1月、全校生徒(1・2年のみで約170名)による兎狩りを実施。久野村(現在の小田原市久野)の山中で実施されたが、その時捕獲された2羽の兎は小田原の御用邸(小田原城二の丸内)に避寒中の「お姫様」(15歳と17歳の明治天皇の皇女)に献上された。兎狩りは生徒に人気の学校行事だったようで、毎年1月に実施され、戦後の46年まで続いた。(『小田原高校百年の歩み 資料編』2002年)
 兎狩りといえば、1902年開校(設置は1900年5月。当初は海老名村に建設する予定だったが、土地取得が困難となり、愛甲郡南毛利村の現在地に変更)の三中(厚木高校)でも、年中行事として行われていたとの記述があった。「最初は体力づくりや団体生活の訓練として行われてきたが、昭和に入ると次第に軍事教練に採り入れられるようになった」と厚木高校百年史である『戸陵の歩み 歴史編』(2003年)に記されている。同書は600ページを超える分厚いもので、横書きの2段組み編集となっている。学校日誌や要覧などをもとに詳細な時代年表が作られ、それらをもとに年度別に学校生活など多岐にわたる記述がなされている。
 「太平洋戦争下の生徒と学校」の項に、「花柳病検診」に関する記述がみられ、「17歳以上を対象に昭和17年(1942)7月と同18年(1943)6月の2回実施」(同書186ページ)とあった。他校の学校史ではまだ確認できていないが、戦前の旧制中学校では、このような検診がなされていたのだろうか。
 【訂正とお詫び】前号において、「現小田原高が開校した1900年に」(7ページ1行目)との記述があるが、これは誤りで、
 正しくは「1901年」である。記してお詫びを申し上げます(筆者)。
(綿引光友・元県立高校教員)
最近の雑誌記事より
県民図書室で定期購読入している雑誌のうち、いくつかを取り上げます。それぞれの雑誌の掲載内容については、その一部の紹介となります。これらの雑誌は県民図書室前の廊下の書架に並んでいます。ぜひ手にとってご覧下さい。
☆『季刊フォーラム 教育と文化』(国民教育文化総合研究所)
 2013年秋号(73号) 特集Ⅰ いじめ―いま、おとながなすべきこと 特集Ⅱ 憲法と教育のだいじな話
 2014年冬号(74号) 特集 体罰と懲戒 教育のなかの暴力と向きあう
☆『くらしと教育をつなぐ We』(フェミックス)
 2013年12/1月号(187号) 特集 困りごとが社会を変える
 2013年2/3月号(188号) 特集 塀の上を歩く人を増やそう
☆教育科学研究会編集『教育』(かもがわ出版)
 2013.11 特集1 誰がつくる学校か 学校参加の可能性 特集2 保育園に入れない!
 2013.12 特集1 教育への「行政犯罪」 特集2 子どものネット依存とLINEの世界
 2014. 1 特集1 現代の思春期と中学校 特集2 高校の特別支援教育
 2014. 2 特集1 改憲空間と教育の責任 特集2 子どもと放課後
☆日本教育学会 『季刊 教育学研究』
 第80巻第3号(2013.9) 小川正人「対雁学校の歴史―北海道に強制移住させられた樺太アイヌの教育史―」 山下 絢「子どもの生まれ月と親の階層・教育意識」
 第80巻第4号(2013.12) 特集 教師教育改革
☆季刊教育法(エイデル研究所)
 178号(2013.9) 〔特集〕 追いつめられた教師が保護者を訴える時 〔今日の焦点〕「いじめ防止対策推進法」 幼保連携型子ども園
 179号(2013.12) 〔特集〕 地方公務員災害補償基金制度と教職員の働き方
☆POSSE(NPO法人POSSE)
 2013年 9月 vol.20 特集 安倍政権はブラック企業を止められるか?
 2013年12月 vol.21 特集 “自立”を促す社会のゆくえ
☆『学校図書館』(全国学校図書協議会)
 2013年12月号 NO.758 特集 図書の廃棄と蔵書の更新
 2014年1月号 NO.759 特集 学校図書館法制定60年
☆『教育再生』(日本教育再生機構)
 2013年12月号 道徳「教科化」のグランドデザイン教科書、評価、指導法
 2014年 1月号 「日本人の心」を伝えていくために
☆『季刊 人間と教育』(旬報社)
 2013 冬 80号 特集〈ウニベルシタス〉の崩壊―いま大学に何が起こっているのか 内田 樹「大学の株式会社化」
☆『家族で楽しむ こども農業雑誌 のらのら』(2013年冬号 農文協)
 特集 手づくりしよう発酵肥料
☆『DAYS JAPAN』(発行編集:広河隆一)
 1月号 特集 特定秘密保護法廃棄の闘い、幕開け
 2月号 沖縄タイムス×DAYSJAPANタイアップ企画 沖縄の怒りを無視するな。本土の私たちはこの声を受け止めるべきだ。
☆『世界』(岩波書店)
 12月号 特集 暴走する安全保障施策
 1月号 特集 情報は誰のものか―秘密と監視の国家はいらない
 2月号 特集 空洞化する民主主義―小選挙区制20年の帰結と安倍政権
☆『切り抜き情報誌 女性情報』(パド・ウイメンズオフィス)
 2013.11 10/1~10/31 特集 なぜ防げない ストーカー殺人
 2013.12 11/1~11/30 特集 反対の中、秘密保護法裁決強行
☆『法学館憲法研究所報』(第10号 2014年1月)
 巻頭言 伊藤真「車の両輪」/2013憲法フォーラム
☆『月刊高校教育』(学事出版)
 2月号 高校生の社会性を育む
余瀝
 教科書検定基準改訂、学習指導要領解説書の「領土教育」等の加筆、道徳教科化、教育委員会制度の見直しはこの通常国会で、高校では日本史必修化、新科目「公共」導入へ等々、次々に進められている「安倍教育再生」。巻頭で、専門家を囲んで15年続く教研活動を紹介していただいた。こんな時だからこそ、学問・研究や実践に学び、相互に学び合い、目の前の生徒にふさわしい教材を選び、指導内容を自分で精選するという「教師の専門性」にこだわりたいものです。
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編集 県民図書室 樋浦敬子
14 9000004 NO.88       2013/10   本館 開架 所蔵     共同時空 No.88
「ワークショップ表現教育」10年目を迎えて
~政治が教育に土足で踏み込む時代に抗する~
久世 公孝
 本年度、県高校教育会館「教職員のための夏季教育講座~ワークショップ表現教育~」が開講10年目を迎えた。「夏季教育講座」は、2003年度に10年計画で企画され、昨年度事業が終了したが、会館一般法人化にともなう「公益事業」として今年度試験的に継続をしている。
 「夏季教育講座」は、「新教育課程の本格実施にともなう『総合的な学習の時間』や新教科『情報』の導入」への対策として企画されたものであり、今日的教育課題に関する連続講演会も毎年開催しているが、「学習は主体を育てる参加型で」という高校改革に対する神高教方針を反映し、コミュニケーション教育・開発教育・環境教育などのワークショップ講座、パソコン講座等「生徒参加型授業」に資する研修を主体に考えられたものであった。しかし、ワークショップ講座は徐々に姿を消し、数年前からは「表現教育」のみとなってしまった。
 「表現教育」は、「演劇手法を活用した生徒参加型コミュニケーション教育」の開発を目的としている。2003年度から2009年度の7年間ファシリテーター派遣を劇団文学座に依頼し、様々な俳優・演出家、特に演出家望月純吉氏のお世話になった。2010年度の休止を経て、狭義の「演劇」に拘泥せずより教育活動に汎用性の高い内容を希求して、2011年度から2013年度の3年間は、教育ワークショップで全国的に活躍するNPO法人演劇百貨店から大西由紀子氏を派遣して頂いている。しかし、開講から数年間は参加者数延べ100名弱(5日間開催)であったものの、漸減して、今年度は延べ30名弱(4日間開催)に減じている。
 生徒参加型授業の学校設定科目構築・運営や既成科目へのファシリテーション技法導入が学校現場に定着し、ワークショップ講座はもはや役割を終えたのであろうか?
 2009年11月14日の教育研究所・教育討論会「再編の10年・その到達点を探る」に参加し、『ねざす』45号(2010年5月)に寄稿した。頂いたテーマは「体験的・課題解決的な学習~系・系科目~について」である。
その原稿を一部引用する。
 「(日教組の)教育課程自主編成運動は、総合学習を『学習指導要領に空いた風穴』と位置づけ、学校裁量権を最大活用しての、平和・人権・環境など教育実践を提唱した。『自ら』『主体的』を繰り返し主張する教育活動では、内容や展開について、教職員から児童生徒へは勿論、教育行政から学校へもトップダウンで指示をする方式は不可能である。むしろ教育研究での共有化を経て、教育実践をボトムアップしていく方に理がある。
 特色科目の存在意義は、総合学習と同じではないだろうか。特色科目は、詰め込み教育から脱却し、分かる、楽しい、剥落しない学力が付く授業をおこなうことに意義がある。しかし、それだけではない。私たちは、やらせタウンミーティングなどが明らかとなりつつも、数の暴力といってよい政治的な圧力によって教基法を改変させられた歴史を持つ。今日は、いつでも政治が教育に土足で踏み込んでくる時代である。教育のシステムの中に、教育施策の『全体主義化』を阻止する要因、学び合いを必然化するとともに特定の価値観の注入を無力化する授業展開を配置しておくことは重要である。」
 今夏、私たちは「政治が教育に土足で踏み込んでくる」ことを実感した。神奈川・東京・大阪・兵庫の都府県教委は、文科省検定済み実教日本史教科書に対する排斥指導をおこなっている。埼玉県では、8校の採択に対する県議会文教委員会の再審査を求める決議に抗した教育委員長が辞意を表明する仕儀となっている。市議の圧迫にもとづく横浜市教委による地域史副読本回収・改訂、松江市教委による「はだしのゲン」閲覧制限など、中教審答申による教育行政独立性弱体化(首長コントロール強化)も加われば、こうした動向は今後ますます加速していくことだろう。
 今、教育現場でなし得ることは、日本学術会議「新しい高校地理・歴史教育の創造」(2011年8月)に示された、「歴史基礎」「地理基礎」の提言を推進することである。これは、2006年の世界史未履修問題を契機として、「従来の歴史知識の教授に偏る教授法を改め、歴史的思考力の育成を図る」また「系統地理的な知識や見方を活用して、現代の世界的課題や身近な地域の地域的課題に興味が持てる」ために、主題学習・調べ学習・グループ研究等を重視する内容を持つ。しかし、現行の世界史必履修を廃して新たな必履修科目を設定するに至る途は遠い。が、学校設定科目の中で同様の実践をおこなうこと、必履修を含む既成科目にその方法論を波及させることは十分に可能である。
 しかも、このとりくみには大義名分が立つ。探究型学習の方向性は、PISA型学力向上にインスパイアされた文科省基本方針、「学力の三要素」に「知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等」を掲げ、その育成のために「言語活動充実」を2013年度からの新指導要領の柱のひとつとする「生きる力」路線と一致する。
 「表現教育」は、直ちに「歴史的思考力の育成」等に資するものではないが、「学び合いを必然化するとともに特定の価値観の注入を無力化する授業展開」の最たる実践である。文科省コミュニケーション教育推進会議審議経過報告(2010年8月)、県教委神奈川教育ビジョン(2007年8月)に「演劇の活用」の有効性が記されており、新指導要領国語科には、「脚本化」(国語総合)「演劇教材化」(現代文A)が明示され、既成科目への方法論波及の足がかりとなる。キャリア教育「基礎的・汎用的能力」にも直結する。
 しかし、一方で、教育再生実行会議は10月に「高校到達度テスト導入・センター入試廃止」を提言している。これは、バカロレアではなく高校版ア・テスト導入であり、ペーパーテスト重視・知識技能偏重による注入式授業への「回帰」が危惧される。注入式授業は、特定の政治的スタンスの強要を容易にする。同時に、「神奈川の教育を考える調査会」最終報告(2013年8月)には、新タイプ校の「教育課程の再編」が盛り込まれており、学校設定科目の整理にともなう生徒参加型授業の減少・消滅が懸念される。
 再度問う。生徒参加型授業の学校設定科目や既成科目へのファシリテーション技法導入は学校現場に定着しているのだろうか。もし、そうでないならば、あまり時間はない。今後予想される厳冬の時代において、私たちの最大の武器は教育実践であることを確認したい。
(くぜ きみたか 県立横浜桜陽高校)
学校図書館は、今・・・
星野 好美
日常の授業利用
 私が勤務している学校は普通科のコース制で、2・3年生は一般・国際・美術の3つに、現在の1年生からは一般・美術の2つのコースに分かれている。美術コースの生徒や、他のコースで美術系科目を選択している生徒は、授業時間中に作品制作のための参考資料を求めて個々にやってくることがよくある。「海の中の写真がほしい」「薔薇の絵をなるべくたくさん見て、どれがいいが比べたい」「鯉の滝登りの絵、かっこいいやつ」「○○の展覧会にあった絵」「水が落ちた瞬間の写真がほしい」「ぎざぎざにとがった物が林立している状態を描きたい。参考にできるものを」「とにかくなんか描きやすいやつ」など、探しに来る対象は様々だ。そんな時に活用される本やインターネットなどの資料は、授業だからこそ使われるというものも多く、休み時間等の生徒の自由利用の対応とはまた違った楽しさがある。その時のやりとりを参考に、その後の選書を考えたりもする。
声のかけ方は難しい
 生徒が何かを調べにやって来た時、どのように声をかけるのがいいのだろう、どのような対応がいいのだろうということを、つい考えてしまう。ひとまず「何か手伝えることがあれば手伝うから、声をかけてね」などと伝えてみて、その時点で「○○が載っている本ありますか?」などと返してくれる生徒には、一緒に書架まで行って本を提示してみせたり、該当する書架を教えたりする。特に何も依頼してこない生徒については、ちょっと離れた所から様子を見守る。しばらくして、頼まれはしなかったけれど困っていそうだなとか、途方にくれていそうだなという子には、「何を探しているの?」とか「見つかりそう?」などと聞いてみる。複数の生徒がいる時にはひたすら声かけと指示、様子見を繰り返す。また、ちょっと羽を伸ばし過ぎてのんびりしちゃってるかなと思う生徒には、重くなったお尻をあげてもらう促しもしたりする。 声のかけ方は難しい。調査の援助をするために学校司書がいると理解してもらいつつ、どんな風に声をかけたら良いのか。むしろ今このタイミングでは声をかけないほうがいいのか。どこまでをはっきりと情報を提示して、どこからは生徒自身で考えるよう仕向けるべきか。司書が答えるのではなく、担当教員に質問に行くように促したほうがいい事柄かなど。日々ひそかに迷いながら声かけをしている。
退館後が気になる
 生徒の退出後、あれで大丈夫だっただろうかと心配になることもある。授業時間中に探しているものが見つからなかった生徒や、資料を見つけた様子もなく司書とも一言もかわさないままスーッと教室へ戻ってしまう生徒、「無かったから、いい。自分でなんとかする」と言って出て行く生徒。生徒の多くは、その授業時間中にとりかかる制作のために来館することがほとんどなので、そういう子が同じテーマでもう一度来館することは、ほぼ無い。だから後ろ姿を見送りつつ、モヤモヤとすっきりしない気持ちが残る。
 図書館で調べた時間が生徒にとって本当に実りあるものだったかどうかは、司書よりも図書館から戻ってきた生徒の様子をみている授業担当者の方たちのほうがよくわかっているのかもしれない。だから時々、「あの子、あの資料で大丈夫でしたか?」と聞いてしまうのだが、教員の方から図書館についてのフィードバックをしてもらうことも大切だと思っている。(県立白山高校学校司書県民図書室資料選定委員 ほしのよしみ)
書評と紹介
編「外国につながる子どもたちの物語」編集委員会/まんが みなみななみ
『まんがクラスメイトは外国人 入門編 -はじめて学ぶ多文化共生-』
明石書店 2013年5月刊
 いつも明るく活発なブラジル出身の女の子「リサ」、物知りでしっかり者の男の子「伊藤」、そしていろいろな国の文化や言葉そして問題を抱えた同級生たちと戸惑いながらも前向きに接していく女の子「歩夢(あゆむ)」。そんな彼らが入学した中学校が物語の舞台である。
 国によって異なる文化や風習が元になる事件が思春期の多感な子どもたちを待ちうける。ベトナム人の母親をもつ「グェン」は、ニンニクの効いた弁当が臭いとからかわれる。日本語の日常会話には不自由のないブラジル出身の男の子「アンドレ」は、定期テストで問題文の意味を理解できず散々な結果となる。転校生「ミーナ」が住んでいたインドでは、掃除は違うカーストが行う作業であった。
 物語のもう一つの舞台であるリサイクルショップ「ともきや」では、学校以外で起こる様々なトラブルや取り組みが、ショップオーナー夫妻の活動を中心に紹介される。自己責任という考え方やゴミの捨て方などマナーやルールの違い、義務教育における入学・進級の対象年齢の壁。そして入管法による強制収容・強制送還は、日本も加盟している「子どもの権利条約」でうたわれている人権を奪っていく。
 物語の最終章は卒業式。中学校生活最後の日を迎える伊藤はある決心をする…。
 中・高・大の教員がメンバーである「外国につながる子どもたちの物語」編集委員会が、前作『まんがクラスメイトは外国人-多文化共生20の物語-』の出版から4年を経て新たに製作した姉妹編である。前作同様、イラストレーターみなみななみ氏による優しいタッチのまんがで、全20話が各章8ページでまとめられている。
 内容的には前作に続く「続編」ということではなく、より子どもたちにも読みやすい内容にするための工夫がなされた「入門編」である。各章が1話完結で物語にまつわるデータやことば等の解説に2ページを割くという前作の構成を改め、章ごとの解説をなくし、また全体が一つの物語として読めるようなストーリー性を持たせている。
 「外国につながる」とは家族のルーツや背景に日本以外の地域がある事を表している。そしてこの編集委員会のメンバーは神奈川県で教育相談や補習教室、交流会などを担っている先生方である。関わってこられた数多くのエピソードを20話に絞り込み、さらにそれぞれを8ページという限定された紙面におさめるためには大変な御苦労と苦渋の選択の連続であったに違いない。前作においても、重版の際には登場人物のセリフや解説で触れられるデリケートな部分についての議論を重ね、引用や表現の差し替え等を行ったとのことである。
 悲しいことだが、外国につながる人たちに対してなされる心ない言動や行為は、どのような社会においてもなくなるということはない。このことは経験的にも明らかであるし、たとえば聖書が「在留異国人」を守る立場を強調していることからも逆説的に裏付けられている(みなみななみ氏ブログより)。だからこそこの本を手に取って欲しいのは、フツーの中学生・高校生である。
 この物語で取り上げられるエピソードは、その一つひとつは現実に起こっていることであり、しかも現実には物語のようにポジティブに解決することがとても難しいことであるということは中学生・高校生ならば理解できるはずだ。同時に、外国人を差別するつもりのない多くのフツーの人にとって、知るべきこと・考えるべきこと・なすべきことがとても多くあるということにも気づくことができるだろう。そして、これまで知識としては受け入れていた文化の相違に、歴史的背景に、日本社会に現存する制度的な問題に、そして外国につながる人たちが今現在抱えている問題に少しでも興味や疑問を感じられたならば、さらに続けて前作を読んで理解を深めて欲しい。ぜひクラスで、授業で、部活でご紹介いただきたい。
(県立鎌倉高校 県民図書室資料選定委員 小板宏之)
荻上 チキ 著
『僕らはいつまで「ダメ出し社会」を続けるのか』
幻冬舎 2012年11月刊
 新鋭若手評論家として、古市憲寿、東浩紀、津田大介etc…らと名を並べる荻上チキ。この最近話題の若手評論家達の中でも荻上チキは比較的若い方(今年度32歳)で、実は僕と同年齢。その意味では、同じ時代を生きてきた彼の視点、感覚というものには大変興味をもてるところだった。
 そもそも、この『いつまで「ダメ出し社会」を続けるのか』というタイトルに滲み出る、著者のちょっとしたイラだちというか、危機感のようなものが僕を惹きつけた。“ はじめに” では、「他人の提案に対し、延々とダメ出しを加えるだけではなく、もっとこうしたほうがいいと提案し合う議論を加速させなくては、もうこの社会は持ちません」、「ポジ出し(=ポジティブな提案を出すこと)が不可欠」と語りかける。僕自身「そりゃそーだ」と素直に思うし、同様に感じる方も多いかもしれないが、ふと周りを見渡せば案外そうではないシーンによく出くわすのが実際なわけで。そういう意味で、本書は様々な情報や議論が飛び交うこの社会に、どう向き合い、どのように議論、とりくみを展開していくかを改めて見直すには、よいヒントが散りばめられているのではないかと思う。
 本書では、戦後復興期後、「高度成長期」→「安定成長期」→「低成長期」と鈍化してきている経済的背景の中で、政治でも55年体制の崩壊をはじめとした構造や質の変化が起こり、財政的には「配り合い競争」から「削り合い競争」の時代へと移行している事を前提として確認している。加えて、これまで議論や運動を展開してきた世代と、彼(僕)の世代以下とでは生きてきた時代背景が異なること(≒思考の前提)も指摘している。これは僕自身も思うことで、現実的に「これまで」と「これから」を如何に繋ぐかというのは、今もこれからも自分自身の課題になり続けるのだろうと思っている。
 そうした前提のうえで、著者は、制度を分析するための視点や政策の是非を判断するための視点などを、実例を挙げながら説明し、社会の輪郭と問題点をわかりやすく明らかにしていく。そして、議論を展開するうえで、これまである程度リアリティをもって成立していた、「自由主義⇔社会主義」、「右派⇔左派」、「保守⇔革新」、「小さな政府⇔大きな政府」、「頭でっかち⇔心でっかち」…etcといった対立軸の多くは、世界的な社会情勢の変化の中でスライドしてきているとし、今この現在(これからずっととは言っていない)は、そうした大きな政治思想ベースではなく、「縮退モデル」を受け入れたうえでの現実的な技術的、政策的議論が重要だと指摘する。これは僕としても胸に落ちるものである。決してこれまでの歴史、議論を軽視するわけではない。これまでの経緯も踏まえたうえで、今現在の問題を広く議論する=世代を超えて議論を拡げていくには、必要な視点であると思う。今、若い世代にも社会のことを考え、関わろうとする人達がたくさんいる。ただ、身近なところから学びを深めていこうとしているところに、突然大きな政治思想が降ってきて、そこで腰が引けてしまう人が一定数いるのも現実だろう。そのような現実を乗り越えて、社会に建設的な議論を拡げるために、全世代が思いを巡らすべきではないか。そして、その先に、著者がいうような「社会疫学的な思考」での議論がより活発化していけば、それはどんなに有効で楽しいだろうか。
 さて、社会へ、政治への関わり方は多様化してきている。著者のように、若手(自分)ならではの社会参画の視点、手法を模索、実践していきたいと思うし、共に刺激しあえる仲間を増やしていきたい。
(県立田奈高校 中尾光信)
ふじだなのほんだなから―県民図書室所蔵の資料案内―(2)
学校史、周年記念誌がおもしろい!(1)
■最も古い高校は?
 冒頭から申し訳ないが、クイズにお付き合いを。「143校ある県立高校のなかで、最も歴史の古い高校は?」
 きっとほとんどの方々は、「希望ヶ丘高校!」と答えるだろう。旧制中学のなかで、神中あるいは一中と呼ばれた希望ヶ丘こそ、創立年が最も古い高校と思うだろう。ところが、あれこれと調べてみると、希望ヶ丘ではなく、実は「秦野高校」なのである。かく言う筆者も不勉強で、20数年前までは知らなかった。
 まずはその歴史を、県民図書室所蔵の『秦野高等学校史』(1986年10月刊)を手掛かりにたどってみよう。秦野高校は戦前、秦野中学と呼ばれていた。ただし、1935(昭和10)年に県立に移管されて改称されたもので、それ以前は県奈珂(なか)中学(29年に改称)と呼ばれ、さらに遡ると組合立奈珂中学との校名だった。そして、前身は1886(明治19)年設立の「三郡共立学校」(後に、中郡共立学校と改称され、関東大震災による校舎倒壊を経て、26年、組合立奈珂中学校となる)にさかのぼることができるので、1897(明治30)年開校の神中(開校時の正式名称は神奈川県尋常中学校)よりも約10年前に開校されたことになる。
 秦野高校では、戦後まもない1951(昭和26)年に創立25周年、76年(昭和51)年に50周年記念式典を実施しているので、どうやら県立秦野中学の誕生を創立(開校)年として計算しているようだ。一方では、96(平成8)年には創立70周年・草創110周年記念式典との名称で記念行事(86年の60周年記念では、草創百年祭とも称し、『秦野高等学校史』を刊行)を行なっている。
■70年代はじめ普通科にも男子校があった!
 このような小見出しを掲げたが、この事実は本文を執筆するにあたって、各学校史を読んでいるなかで初めて知ったことだ。朝ドラの「あまちゃん」流にいえば、まさしく「じぇじぇじぇ!」である。
 戦前の県立旧制中学(男子校)は、全部で10校あった。これらは新制高校の発足(48年)とともに、「高校3原則」により、男女共学となった。一方、横浜平沼女子髙(旧第一高女)をはじめ旧制高女や女学校なども、共学化にともない、1950年、校名から「女子」がとれたのである。
 創立以来初の女子生徒が秦野高校に入学したのは50(昭和25)年で、わずか3名、男子は216名だった。翌51年は7名、その後62(昭和37)年までの13年間で、女子入学者は毎年10名前後に留まった。そして、63年からは実質的に男子校となり、再び共学になったのは74年である。この背景には当時、同じ学区域内に女子校が2校(大秦野、伊勢原)あったことにより、「男子は男子校、女子は女子校に」といった男女別学を指向する地域の事情があったからのようだ。
 ともかくも、今まで見て来たように、63~73年までの間、秦野高校が男子校であったことは事実であり、工業科など専門高校を除けば、普通科高校のなかで唯一の存在であったことになるだろう。
■県営藤棚団地の敷地には戦前、一中の校舎があった
 高校教育会館に用事があって行く場合、大半の方々は藤棚交差点角にある第七有隣堂脇の急坂を登る。そこで、またまたクイズの2問目を出そう。「この急坂の名前は何というか?」
 正解は「神中(じんちゅう)坂」である。神中すなわち一中(現小田原高が開校した1900年に県立一中、さらに1914年の現横浜翠嵐高開校時、横浜一中と改称)への通学路であったことから、このように名づけられた。ついでに記すと、会館からの帰り道、タバコ屋の角を右折して下る坂は「願成寺(がんじょうじ)坂」、会館から野毛山方面に向かって坂を上り下りする(厳密にいえば、下ってから上るのだが)と、さらにもう1つ、「神中坂」以上の急坂がある。これは「尻こすり坂」と呼ばれるそうだ。
 神中坂を上りきった右手(県教育会館の手前)に「桜蔭会館」(神中~希望ヶ丘の同窓会「桜蔭会」事務局の建物)がある。「桜蔭会」という同窓会名は1902年、当時の校長の発案で名付けられたが、校舎周辺(敷地面積は4千坪)にはきっとたくさんの桜の木があったからだろう。旧校歌(1934年制定)の一節には、「御国の精華と花咲き続く 桜ヶ丘の吾等の校舎」(佐佐木信綱・詞、山田耕筰・曲)とあるので、藤棚の丘一帯は神中関係者から「桜ヶ丘」と呼ばれていたようだ。
 桜蔭会館入口のすぐ右手の道路沿いに、「神中・神高・希望ヶ丘高 発祥の地」(98年建立)と書かれた記念碑がある。同会館の前庭には樹齢100年を超える杉(ヌマスギ)の巨木があるが、関東大震災・横浜大空襲から免れた「歴史の生き証人」(生き証木?)である。
■桜ヶ丘から希望ヶ丘へ
 ここでクイズの第3問に移ろう。「希望ヶ丘という校名が先か、駅名(相鉄線)が先か?」 藤棚にあった一中は、45年5月29日の横浜大空襲により、校舎のほとんどを焼失したため、戸部国民学校、翌46年からは六浦(当時は磯子区)の仮校舎への移転を余儀なくされた。藤棚での校舎再建案もあったようだが、敷地が狭く拡張が困難のため断念。現在地を相鉄より寄付され、新校舎の建設工事が進められた。朝鮮戦争の影響で半年遅れとなったが、51年9月に完成し、新校地への移転がようやく実現した

 一方、50年4月には、校名が横浜第一高から新校舎の建設予定地(地番は保土ヶ谷区二俣川町中野原)に因み、希望ヶ丘高と改称された(略称の「神高」はそのまま残す)。生徒会が実施した新校名に関するアンケートでは、桜陵高がトップで、続いて希望ヶ丘高、桜蔭高、希望ヶ丘学園などの案があったという。
 相鉄(同線は神中線とも呼ばれ、当時は単線だった)希望ヶ丘駅の開業が48年5月だから、どうやら駅名の方が2年ほど“先輩”だ。というわけで、第3問の正解は「駅名」ということになる。
■希望ヶ丘と桜丘
 『神中・神高・希望ヶ丘高校百年史』(98年7月刊)は資料編と歴史編との2分冊になっているが、合わせると1200ページ近くになる膨大なものである。その「資料編」から次の第4問を考えた。
 「神中開校時の教員の月俸平均は20~40円。一方、校長は年俸で支払われていたが、いくらか?」
 今回に限り選択肢をつける。次のうち、どれか?〔①700円②800円③900円④1000円〕(正解は文末に)
 一方、「歴史編」では8人の元教員や卒業生が思い出話を含め、「母校」について書いているが、読みごたえのあるものばかりだ。執筆者の1人である作家山本昌代さんは、「平和な時代の希望ヶ丘高校」との一文のなかで、入学後1年間、真新しい桜丘高の制服で通学したと書いていた。「高度経済成長期の希望ヶ丘高等学校」を執筆した高橋勝さん(当時、横浜国大教授。現名誉教授・県教育委員)は、「はじめに」において歌詞の一節まで引用しながら、舟木一夫の「高校3年生」に触れていて、思わず苦笑してしまった。
 高橋さんも筆者も小学区制最後の高校生だが、同時期に、高橋さんは希望ヶ丘、筆者は市立桜丘に通学していたことがわかった。当時の通学区域(62年入学生まで)は、希望ヶ丘と桜丘とを「相互に包括して適用」となっていた。希望ヶ丘=神中(一中)とは全く知らず、中学で「あなたはサクラよ!」と言われ、桜丘に通った。夢もチボー(希望)も恋もない「3ナイ高校生」だった。(クイズの正解は④)
 今回は2校の学校史紹介にとどまったが、次回は他校のものを取り上げる。
(綿引光友・元県立高校教員)
最近の雑誌記事より
 県民図書室で定期購読入している雑誌のうち、いくつかを取り上げます。それぞれの雑誌の掲載内容については、その一部の紹介となります。これらの雑誌は県民図書室前の廊下の書架に並んでいます。ぜひ手にとってご覧下さい。
☆『季刊フォーラム 教育と文化』(2013年夏号 72号 国民教育文化総合研究所)
 特集 2006年教育基本法「改正」以後の検証
☆『くらしと教育をつなぐ We』(2013年8/9月号 185号 フェミックス)
 特集:来て、感じて、伝えてほしい〔お話〕佐藤健太さん、市澤美由紀さん「福島の『これから』を考える旅Re:trip」〔お話〕関根彩子さん「身近な家電メーカーが原発 をつくっている」
☆教育科学研究会編集『教育』(かもがわ出版)
 7月号 特集 地域、子どもが生きる場所
 8月号 特集 負けへんで 大阪の教育・子育て  中嶋哲彦 「橋下徹氏の動機と『成功』の秘訣」
 9月号 特集1 政治が強いる道徳を超えて  佐藤広美 「政治が強いる道徳、政治を破る道徳」
     特集2 スポーツ部活動と体罰  小原 紬 「あの光景を思い出すたびよみがえる恐怖心」
 10月号 特集1 教育費「貧乏物語」  大内裕和 「46歳元同級生 奨学金をめぐる対話」
     特集2 教師のワーク・ライフ・バランス
☆日本教育学会『季刊 教育学研究』(80-2 2013.6)
 <特集 地方自治における教育と政治> 小川正人「『素人』教育委員会と教育長の役割・権限関係の見直し―その論議と改革のオルタナティブ―」
☆『季刊教育法』177号2013.6(エイデル研究所)
 〔特集〕 「カラーリングあふれる時代の頭髪指導」 〔今日の焦点〕大津いじめ自殺事件/障害学生の教 育質保証
☆POSSE(2013年 .6vol.19 NPO法人POSSE)
 特集 ブラック企業の共犯者たち ブラック士業/キャリアセンター/親 児美川孝一郎/居郷至伸/麓幸子/今野晴貴
☆子どもの権利条約総合研究所編集 『子どもの権利研究』(日本評論社)
 第23号(2013.8)特集 いじめ防止・震災復興への 子どもの権利提言
☆『学校図書館』(全国学校図書協議会)
 6月号 特集 学力向上と学校図書館
 7月号 特集 読書指導の新しい形
 8月号 特集Ⅰ 子どもから大人まで楽しめる「絵本」
     特集Ⅱ 自主性をはぐくむ部活動・図書館部
 9月号 特集 児童文学の今
☆『教育再生』(日本教育再生機構)
 9月号 座談会(萩生田光一・小林正・司会 :八木秀次) 「安倍政権における教科書とは 教科書法は制定  できるか―土台から建て直すべき検定制度」
☆『季刊 人間と教育』(旬報社)
 2013 夏 78号 特集 特別支援教育の今を問う
 2013 秋 79号 特集 いま、歴史にどう向きあうか
☆『家族で楽しむ 子ども農業雑誌 のらのら』 (2013年秋号 農文協)
 特集 美人ダイコン VSおもしろダイコン
☆『DAYS JAPAN』(発行編集:広河隆一)
 8月号 実測放射能汚染マップ(福島市、千葉県柏市、千葉県松戸市)/いのち
 9月号 実測放射能汚染マップ(福島県双葉町、大熊町)/海女たちの深き海
☆『世界』(岩波書店)
 8月号 特集 2013年参院選―私たちは何に直面しているのか
 9月号 特集 問われる安倍政権の歴史認識
☆『切り抜き情報誌 女性情報』(パド・ウイメンズオフィス)
 2013. 7 6/1~6/30 特集 ストーカー・DV法改正
 2013. 8 7/1~7/31 特集 2013年参院選
☆『法学館憲法研究所報』(第9号 2013年7月)
 巻頭言 浦部法穂「『改憲』論議と日米関係のあり方を問う」
余瀝
 夏休みに入ってすぐに県立高校の教科書採択問題が起こりました。高校では、学校ごとに学校や生徒の実情に即した教科書を毎年選定してきました。今年度も各学校は手続きを既に終了していました。その段階での実教出版の日本史A・日本史Bに対する突然の「再考」指示は、巻頭久世さんのサブタイトル「政治が教育に土足で踏み込んでくる」を象徴するできごとでした。久世さんの結びは、こんな時代だからこそ「教育実践」が「最大の武器」です。「学校図書館は今…」は現役の学校司書の方々にリレーで寄稿していただく予定です。お楽しみに。県民図書室ホームページのフリーワード検索が便利です。ご活用下さい。
発 行 (財)神奈川県高等学校教育会館県民図書室 http://www.edu-kana.com/
〒220-8566 横浜市西区藤棚町2丁目197番地 電話(045)241-2546 FAX(045)241-2700
編集 県民図書室 樋浦敬子
15 9000003 NO.87       2013/06   本館 開架 所蔵     共同時空 No.87
排外主義を超えて
~民際外交から多文化共生社会へ~
山根 俊彦
 日本の政治家による歴史認識を問われる問題発言が続き、これらの発言が外交関係に影響を与えている。一方では、聞くに堪えないヘイトスピーチが、ネットの世界を飛び出し白昼に公然と語られるようになっている。
 こういった発言が、日本社会や日本人の底流にずっと流れていた排外意識を引き出し、在日外国人が生きづらい雰囲気を醸成している。それを制度化したものが、朝鮮高校の生徒たちの高校授業料無償化からの排除、さらには神奈川県の朝鮮学校への補助金カットであろう。
 この春の朝鮮学校排除に反対する集会の中で、田中宏一橋大学名誉教授は、神奈川県での民際外交や多文化共生の取り組みを紹介しながら、「黒岩知事は神奈川の誇るべき歴史に泥を塗った」と批判されていた。
 神奈川県では、1970年代から、地域や学校、そして自治体(行政)において、在日外国人への差別をなくす取り組みが積み重ねられ、全国的にも高い評価を受けてきた。私自身が編集に関わっている書籍もあるので自画自賛になる面もあるが、文献を紹介しながら、振り返ってみることにする。
 神奈川県では、1975年の長洲県知事の誕生と同時に「民際外交」が提唱された。その後、在日外国人(当時の外国人の多くは在日韓国・朝鮮人)に目をむけた「内なる民際外交」の施策が展開されていくことになる。最初に県職員の研究チームから『神奈川の韓国・朝鮮人-自治体現場からの提言』(1984公人社)が出された。次に、有識者を中心に、在日外国人の実態調査を行うチームが作られ、『日本の中の韓国・朝鮮人、中国人-神奈川県内在住外国人実態調査より』(1986明石書店)に結実する。また、渉外部国際交流課は、『ハムケ(ともに)-見る、知る、考える。在日韓国・朝鮮人と私たち』という冊子を作成し各学校に配布した(この冊子は後に明石書店から市販される(1992))。
 「国際交流」といえば国と国とのつきあいでしかなかった時代に、「民際外交」や「内なる民際外交」の理念を打ち出し、自治体主導で提言や実態調査を行ったことは画期的だった。
 地域に目を向けると、神奈川の場合、民族差別を糾す運動は、日立就職差別裁判を嚆矢とする。愛知県のパクチョンソク高校を卒業し、内定をもらった日立戸塚工場から、外国人だとわかって内定取り消しをされた朴鐘碩さんが提訴した裁判である。この裁判は、単に就職差別を裁判所が否定したことにとどまらず、朴さん自身が裁判闘争の中で自らのアイデンティティを取り戻していったことに大きな意義があった。裁判の経過は、『民族差別-日立就職差別糾弾』(1974亜紀書房)にまとめられているが、この裁判を支援した「朴君を囲む会」が、後に民族差別と闘う連絡協議会(民闘連)に発展していく。民闘連は、その後の指紋押捺拒否闘争や戦後補償裁判などの中心を担うことになる。
 1980年代の指紋押捺拒否闘争には、多くの高校生が参加した。16歳の時(当初は14歳の時)にはじめて指紋を押すことになるからだ。神奈川での運動は、『日本の中の外国人-人さし指の自由を求めて』(1985神奈川新聞社出版局)に詳しい。また、呉徳洙監督の映画『指紋押捺拒否』(1984)は、当時県立白山高校3年生の辛仁夏さんを主人公にしたドキュメンタリー映画だ。この映画に出てくる、辛仁夏さんが長洲県知事に出した手紙は今も忘れがたい。
 一方で、指紋押捺拒否のために逮捕された川崎市の李相鎬さんの所にはたくさんの脅迫状が届く。日本社会に根強くある暗い側面を『指紋押捺拒否者への「脅迫状」を読む』(1985明石書店 )で知ることができる。ネットがない時代のヘイトスピーチである。
 学校に目を向けてみよう。高校では、県立川崎高校での取り組みから実践がはじまる。朝日新聞川崎支局の前川恵司氏が書いた『韓国・朝鮮人―在日を生きる』(1981創樹社)に詳しい。当時高校に通う在日韓国・朝鮮人生徒の多くは日本名を名乗り、自分を隠していた。神奈川県高等学校教職員組合では、1976年より「民族差別と人権」問題小委員会が、在日韓国・朝鮮人の生徒たちが自らを隠すことなく生きていける社会や学校をめざして活動をはじめていた。この小委のメンバーが編集した『わたしたちと朝鮮-高校生のための日朝関係史入門』(1986公人社)『この差別の壁をこえて-わたしたちと朝鮮第2集』(1992公人社)は、高校生向けのわかりやすい書物として評価が高かった。
 川崎市教委は1986年、神奈川県教委は1991年に「在日外国人(主として在日韓国・朝鮮人)教育の基本方針」を出す。また、川崎市は、1988年に、全国ではじめての在日外国人と日本人の共生施設「ふれあい舘」を開館。さらに1996年には「外国人市民代表者会議」を設置し、選挙権のない外国人市民の声を聞く場を設けた。『多文化共生教育とアイデンティティ』(2007明石書店)で金侖貞氏がこの間の経緯を細かく追っている。
 1990年に入管法が改正され、南米などから「ニューカマー」と呼ばれる新たに渡日する外国人が増加する。学校現場でも、日本語を母語としない外国につながる子どもたちが急増し、新たな取り組みがはじまる。横浜市鶴見区の潮田中学の実践が紹介されている『多文化共生をめざす地域づくり』(1996明石書店)、『多文化共生の学校づくり-横浜市立いちょう小学校の挑戦』(2005明石書店)などが実践の記録として貴重だ。高校では今号の書評欄にある『人権と多文化共生の学校-外国につながる生徒たちと鶴見総合高校の実践』(2013明石書店)がある。
 今や在日外国人は200万人を超え、どこの学校にも外国につながる生徒たちが在籍しているのが当たり前の時代になった。しかし、日本人生徒の多くは、外国につながる生徒がなぜ目の前にいるのかその背景を知らず、無関心だったり、「外国へ帰れ」と言ってしまう。政治家による排外主義的発言が続けば、その影響を受ける生徒もいるだろう。『まんがクラスメイトは外国人-多文化共生20の物語』(2009明石書店)『まんがクラスメイトは外国人入門編-はじめて学ぶ多文化共生』(2013明石書店)は、外国につながる生徒たちの存在を知るために、中高生向けに易しく書かれた本である。
 神奈川の「民際外交」がはじまって40年近くになる。この間積み重ねられてきた「神奈川の誇るべき歴史」を学び直し、一部の排外主義的な言動に惑わされることなく、多文化共生社会実現に向けた取り組みを続けたいと思う。
(県立横浜清陵総合高校 やまねとしひこ)
活用される県民図書室をめざして
佐久間 ひろみ
 縁あって昨年4月から県民図書室の仕事を始めた県立高校の元学校司書です。
 現役時代専門委員としてしばしば会館には来ていましたが、この図書室に足を踏み入れたのは1回だけ。正直私とは無縁の存在でした。多くの方々は私と同じ状況ではないでしょうか。
 そこで今回改めて県民図書室を簡単にご紹介したいと思います。
県民図書室の発足はいつ?
 県民図書室の開室は1984年。主任手当の拠出金を有効活用しようと、1980年に発足した高校教育資料セン
ターの理念と資料を引き継いだ形で活動を始めました(共同時空83号巻頭言参照)。
当初の運営及び資料収集方針は?
 「戦後の教育関係資料の収集、分類・分析、資料紹介、所蔵資料を基にした二次資料の作成、研究活動成果のまとめなどを活用されるように整備し、一般公開することで教育活動推進の一助とする」ことを目的に、具体的な収集方針として①特に教育運動、事件等に着目した戦後の教育資料②当面解決を迫られている課題の究明に資する資料③高校教育に関する基礎的な研究資料④他の機関・図書館等での収集資料と競合しない資料を精力的に収集することが、第一回高校教育資料センター運営委員会で確認されています。
どこにあるの?
①高校教育会館の階段を上って、自動ドア2枚を通り抜けたら左手をご覧下さい。
②上のホールに行くらせん階段の手前にひっそりと口を開けた入り口が…。一歩踏み込むと下におりる陰気な階段!
③下りていくと右手にドア(いつも開いてます)とその先に狭い廊下。空気が湿っぽくてなんだか怪しい地下室みたい?(これは冗談)その廊下(すぐに左に曲がります)を進むと左に教育関係の雑誌が多数展示された書架があり、その書架のむこう、左手にあるドアを開けると…「県民図書室」です!
 県民図書室の中は…説明しきれないので前出の「共同時空83号」巻頭言(綿引光友氏)や「共同時空76号」「同86号(前号)」巻頭言(吉井友二氏)をご覧いただくか(映像も含め所蔵資料の紹介が具体的に書かれています)実際にのぞきに来て自分の目で確かめて下さい。白髪頭でメガネの司書(私)がご案内いたします。
現在の活動状況は?
 今年2月に図書館管理ソフトを新しい市販の物に乗り換えました。関連して蔵書の検索システムも変更し、キーワードで簡単に所蔵資料の検索ができるようになっています。
 教育会館のHPから県民図書室のHPに入れますので一度試しに検索してみてください。
 現在所蔵データは入力済なのですが、本にバーコードを貼る作業中でもうしばらくご不便をおかけします。年4~5回資料選定委員会を開き受入資料の選定を行っています。今年度の資料購入予算は約180万円(映像資料・雑誌も含む)です。選定の参考にするのは国会図書館の新着データと利用者の方々からのリクエストです。学校図書館では選定基準から外れるけれど授業の参考にしたい資料(DVD等も含む)があったら選定俎上にあげますのでどうぞご連絡を。(開室は平日9:00~17:00です。詳しくはHPをご覧ください)
 県民図書室発足の際、複数の現職学校司書が図書室としての機能整備のために尽力されています。時代は移り、県民図書室も当初の理念を基盤にしつつ柔軟に対応していく必要に迫られています。どうしたら教育と労働の専門図書館として現場をバックアップできるのか、次回から「現場の声」として学校図書館からみた教育現場の状況をリレー形式でレポートしてもらう予定です。もちろん学校司書以外の方の投稿も大歓迎です。生の「現場の声」をお聞かせ下さい。
(高校教育会館県民図書室司書 さくまひろみ)
書評と紹介
宋 基燦 著
『「語られないもの」としての朝鮮学校 ―在日民族教育とアイデンティティ・ポリティクス』
岩波書店 2012年6月刊
 韓国人の大学助教である筆者の、37ヶ月におよぶフィールドワークの聞き取り調査やデータから在日の歴史、朝鮮学校の歩み、そしてその間の生徒のアイデンティティの変化が社会人類学的に語られている。しかし、博士論文を元にした本書は何とも読みにくい。序章の一部:「ポストモダンにおけるアイデンティティの多重性と構造性を…」。正直この論調には苦戦した。でもがんばって美容院、居酒屋などでこの本を取り出し、少しずつ読み進める過程で、改めて「世間」の認識も実感した。「これは北朝鮮の本ですか?」とか「珍しいものを読んでいますね。」と反応が。朝鮮学校=北朝鮮→自分たちと異なる存在!?これが世間の朝鮮学校に対する印象なのか!。
 筆者は、いまだに日本で「あたりまえに生きる」ことが簡単でない現実からの「解放空間」である朝鮮学校では、「朝鮮語」で形成される集団を通してアイデンティティが形成されると指摘する。しかし一方で高校時代「不良」だったと振り返るアボジが「将軍の歌」を歌うときに、朝鮮語を発音が似ている日本語に強調して笑いを誘発する「いたずら」をやった話などを紹介し、朝鮮学校における「集団主義の抑圧」に対する個人の抵抗は「日本語」であったりもするという。さらに長期にわたる朝鮮学校の取材から、三世以降のアイデンティティは、一,二世のものとずいぶん違っていると指摘する。三世以降は、個人(日本語)と集団(朝鮮語)の使用する言葉で分けられた「2つの世界」を持ち、「2つの世界」を行き来することで、両者の世界から受ける抑圧からの脱出を可能にしているという。
 日本人オモニの話(生徒も保護者も実に多様であるのが実態)。拉致問題を北朝鮮が認めて、学生達もいじめられたりしたとき、息子に気をつけなさいと言ったら、「『そういうことが何度もあるけど大丈夫』って言うんです。『何でオモニに言ってくれなかったの?』。そしたら、『オンマ、北朝鮮が悪いんだよ。自分らはこんなことされてもしかたないんだよ』って言うんです。」「2つの世界」をもつ彼は、個としての判断と、集団としての責任を感じているのだと思う。しかし、彼に何の責任があるのだろうか?
 例えば、親が罪を犯した場合、責任がないにもかかわらず、子が世間の非難の対象となったりする。子が幼ければ、どうしようもないかもしれない。しかし、子が成長し独立していたら、子である事実は消えないが、困難はあれ、自分の道を歩めるのではないか。朝鮮学校を幼い頃育てたのは、北朝鮮かもしれない。しかし、朝鮮学校が生まれて半世紀以上経った今、確実に独立した道を歩んでいるのではないか? 神奈川県では、アースフェスタをはじめ、多文化社会の実現をめざしたとりくみに、朝鮮学校の協力が欠かせないものとなっている。そのような道を進む朝鮮学校を単純に=で結び、北朝鮮が悪いことしたから、責任とれと言えるのだろうか?
 神奈川県は、北朝鮮の核実験を理由に、突如朝鮮学校に対する助成金不計上決めた。この問題は、「多文化共生」を掲げ歩んできた神奈川県に生きる私たちに今、「どのような社会を築きたいのか」と問うている。「朝鮮学校のプロパガンダでもなく、無条件の批判でもない、朝鮮学校のありのままの姿を肯定する新しい視覚の発見」をめざしたという本書の、この書評といえない書評が、朝鮮学校の助成金の復活の力になればいい。
(県立湘南高校定時制 県民図書室資料選定委員 加藤はる香)
書評と紹介
坪谷 美欧子・小林 宏美 編著
『人権と多文化共生の学校―外国につながる生徒たちと鶴見総合高校の実践』
明石書店 2013年3月刊
 本書を手にした方にはまず最後にある「参考資料 鶴見総合高等学校多文化共生教育指針」を読んで欲しい。「外国につながりのある生徒たちを本校の「宝」として大切にしていきたいと思います。」(198頁24行)高い支持率を得ている(とマスコミが言う)政権の危険な歴史認識、「慰安婦(性奴隷)は必要だ」と言ってはばからない市長、法的制裁も受けないヘイトスピーチ……。目を覆いたくなる状況下の日本に、こう高らかに宣言している学校があることを、同じ県立高校に働く者として誇りに思いたい。
 しかし、「外国につながる生徒」の支援に積極的に取り組む教員や現場は全体から見るとまだマイナーではないだろうか。私の所属している神高教の教研組織、在日外国人教育小委員会では毎年「在籍アンケート」や「在籍校会議」を実施しているが、毎回「どうしたらいい?」「困った!」との声が挙がる。
 「外国につながる生徒たち」を前にして、戸惑ったり困ったりしている方には、第Ⅱ部、特に4,5章をお勧めしたい。個別対応授業(取り出し)の進め方のヒントやすぐに使える資料もある。6章で取り上げている国際文化系列の授業も、選択科目や「総合的な学習の時間」に取り入れることができる。7章の本多・エステル・ミカさんの言葉も示唆に富んでいる。特に「日本は,私を温かく受け入れてくれた国、父の言葉を胸にこれからも鶴見総合高校で生徒たちと成長したいと思っている。」の言葉は胸を打つ。こんな先生と学べる生徒は幸せだ。(しかし、現行制度では外国籍の教員は「常勤講師」扱い。これは一刻も早く改めるべきだ。職員室が閉じたままの国際化教育など眉唾だ。)
 第Ⅰ部第2章の進路保障の問題も「外国につながる生徒」のいる現場教員には必読だ。生徒はさまざまな「壁」に直面する。支援の第一歩は生徒の状況を把握することだ。「個人情報はできるだけ収集しないほうがいい。」と二の足を踏む職場もあると聞くが、それは明らかに間違っている、滞在資格も知らずに進路指導などできるわけがないのだから。次に必要なのは、生徒に関わる教員が「壁」についての知識理解を深めることだ。本章の執筆者は長年生徒を支えてきた。豊かな実践に裏打ちされた言葉からは学ぶことが多い。
 多文化交流委員会の活動を通して成長していく生徒を描いた第Ⅲ部第9章からは「在県外国人等特別募集」が、当該の生徒のみならず他の生徒にもプラスに働いていることが分かる。(しかし、横浜・川崎・横須賀等では「特別枠」が足りていない。本書をきっかけとなり「外国につながる生徒」が学校に与えるプラス面を知り、「特別枠」の導入に踏み出してくれる現場が現れることを期待したい。)
 実を言うと、私と鶴見総合高校とのつながりは長い。1989年から平安高校に勤務し、寛政高校へ異動、鶴見総合へ統合、合わせて18年になる。90年の入管法改正で鶴見地区は急速に国際化が進み、南米出身の生徒が高校の門を叩くようになった。そのころからの取り組みを回想している第3章はぜひ鶴見総合や他の「特別枠校」の教員に読んでほしい。第10章のインタビューのお二人も寛政のころから日本語指導のみならず生活相談など親身になって生徒を支えて来られた。寛政高校での「外国につながる生徒」受け入れは、鶴見という地域の要請に応えて始まった。しかし、鶴見総合になって地元の生徒は入りづらくなってしまった。立派な教育指針や校内組織があっても、何のための支援かその原点を忘れたルーティンワークになってしまっては「仏作って魂入れず」となってしまう。
(希望ヶ丘高校定時制 舟知 敦)
ふじだなのほんだなから ―県民図書室所蔵の資料案内―(1)
支部教研記録集・報告書、支部教研誌から学ぼう
■なぜ、この連載を始めるのか
 本紙83号(2012年3月)に「県民図書室と教育関係資料」という一文を寄稿し、「県民図書室には“お宝資料”が一杯ある」と書いた。“お宝資料 ”と言っても、ある人から見れば“お宝”であっても、別な人からは、ただの“紙ゴミ”にしか見えない場合もある。
 そこで、眠ったままに近い県民図書室の所蔵資料を紹介してはどうかと考えた。膨大な資料群のなかから、何を取り上げるか―これは難問だが、筆者の独断と偏見、思い込みとわがまま(「わがパパ」?)によって、書架(本棚)から取り出し、具体的な内容にも触れながら、資料案内をしていこうと思う。
■ 支部教研はいつ、どこから始まったのか
 移動式書架の20列に、『教研誌』などとともに、緑色のファイルに綴じ込まれた支部教研記録集(報告書、教研誌)が並んでいる。今回、この支部教研記録集を取り上げようと思いついたのは、「教研改革」が喫緊の課題であると言われているので、その検討にあたって参考になればと考えたからでもある。
 支部教研の記録集は、全11支部(川崎、横浜北、横浜中、横浜南、湘南、三浦半島、県央、県北、平塚、秦野、小田原)のものが一応、揃っている。しかし、2000年以降のものは少なく、恐らく各支部からの提出状況が良くないからではないかと思う。また支部によるばらつきや支部間格差も大きく、およそ30年前のものがわずか1部だけ残っているという支部もある。
 さてクイズになるが、県下で最も早く支部教研を開催した支部はどこか?『神高教30年史』には、「(74年度)県北支部につづいて、川崎・横須賀三浦・小田原・平塚で支部教研が開催された。このうち県北・横須賀などではその後も支部教研が継続し、それぞれの支部教研で分科会運営ができるところまでに成長した」とある。これに従えば、県北支部が県下で最も早く、支部教研集会を開催したことになる。
 図書室にある県北支部教研の綴りには、第5次教研の記録集(76年3月発行)が残っている。今では“絶滅危惧種 ”となった、ガリ版刷り33ページの冊子(字体からみると、ガリ版印刷業者に頼んだようだ)だが、これが支部では初の記録集だったようだ。巻頭文に、「支部教研を始めて5年目で分科会をもち、記録集を発表することになった。分科会ができるようになったから記録も出せるのかも知れない」(県北支部長)とあるから、第1回の開催は72年となる。続けて、巻頭文では支部教研の意義にもふれている。
 「支部教研は近くの学校の集まりだ。隣の学校の成果はすぐに影響をもつ。遠い親戚より近くの他人だ。地域の父母との交流、民主団体の交流もしやすい。今回参加した父親が、『こんなためになるものをなぜ親たちに知らせないのだ』という声は痛かった。次回は姿勢をもっとあらためて工夫をしなくてはなるまい」
 記録集として最古と思われるものは、横須賀・三浦支部合同の支部教研集会の記録集(タイプ印刷、20ページ)であろうか。74年11月、都立大学助教授(当時)兼子仁さんを講師に呼び、初めて支部教研を開催し、その講演記録(演題は「教師の教育活動と教育法」)を中心にまとめられている。支部長の挨拶文に「本年度の本部の方針も各支部でこのような集会を開こう…」とあるので、県北支部教研の先駆的な取り組みなどを踏まえ、全支部での教研集会の開催が求められ、その実践化が図られたのだと考えられる。
■ 2日間開催の支部教研もあった
 川崎支部教研集会の第1回開催は79年1月のようだが、その報告集は44ページに及ぶ大部なものになっている。さらに、第4回目となる81年度末の支部教研集会では、教科別・問題別分科会を2日間に分けて実施し、延べ人数で約400人の組合員などが参加していることがわかった。
 一方県北支部でも、川崎支部よりやや早い78年(第7次)から2日間の教研集会を開いており、第11次(81年度)には、問題別・教科別の分科会(のべ33分科会)を年間に各2回ずつ、開催していたこともわかった。4回分を合わせると、参加者数は約440人だったと記録集には記されている。第13次(83年度)の記録集の奥付を見たら、支部教研委員名簿というのがあり、そこに自分の名前を発見。ちょうど30年前のことになるが、月に1回、年間で13回の支部教研委員会が各校持ち回りで行われ、車を持たない筆者は、会議の開催校に行くのに随分と苦労したことを懐かしく思い出した。
 横浜北支部の支部教研報告誌の巻末には、詳細な「支部教研推進委員会活動報告」がある。また「分会教研活動報告」のページもあり、各分会がどのようなテーマで分会教研を開催し、さらに参加者数まで記録されているものもあった。県央支部や湘南支部では、各分会の現況が一覧表でまとめられていた。いずれも80年代はじめのものだが、職場民主化の歴史を見る上で面白い。91年度県央支部教研集会(1日開催、14分科会)には、180人が集まっている。この数字は、最近の県教研参加者数よりも多い。
■ 「教研改革」に向けて
 「(略)どうあがいても輪切りの末端に位置する高校で、生きる望みを失わず、少しずつでも前に進んでいく教師であるためには、いったいどうすればよいのだろうか。そんなことを考えると気が滅入るばかりで、
同じような人間が集まると話題が暗くなってしまう。しかし、話題を変えるだけでは何も変わらない。今、われわれ一人一人に課せられていることは、まず自分で考え、他の教師と意見をかわし、そうした中で現状打開の輪を広げてゆくことであろう。(略)」
 これは、採用されて2年に満たない、ある若手教員が書いたもので、小田原支部発行の『支部教研誌』(手書き印刷の袋とじで、83年発行)の中で見つけた。小田原支部では75年頃より、教研担当者会議が開催されており、月1回の定例会において報告されたレポートがこの教研誌に収録されているようだ。
 先の一文は、ちょうど30年前に書かれたものだが、若い教員の悩みやその胸中が率直に語られている。「生きる望みを失わず、少しずつでも前に進んでいく教師であるためには、いったいどうすればよいのだろうか」との問いかけは、今日にも通じる教員としての思いだろう。「まず自分で考え、他の教師と意見をかわし、そうした中で現状打開の輪を広げてゆく」ことを求めているが、これも今日的課題と言える。
 ところで、ここ3年ほど県教研参加者が減少傾向にあったが、昨秋の第55次教研では150人と盛り返したとあった(「高校神奈川」号外、13年5月)。県・支部・分会教研の活性化・参加者拡大が課題とされているが、さらには教研活動の記録化・共有化も不可欠であろう。支部教研は今日も取り組まれているはずだが、先にもふれたように、21世紀以降の記録集・教研誌が図書室の書架にはあまり保管されていないようだ。この際、バックナンバーについて調査をし、欠落部分の補充ができるとよいと思う。
 県教研は本年、第56次を迎える。第1次の開催は53年1月だから、今年は、「県教研60周年(60~64年は未実施)」という節目の年にあたる。多忙化により、過去を振り向く余裕など全くないかもしれないが、県教研60年、支部教研40年の歴史を総括すれば、「教研改革」の方向性が見えてくるのではないか。
(綿引光友・元県立高校教員)
最近の教育関係雑誌より
県民図書室で購入している雑誌のうち、いくつかを取り上げます。
内容については掲載内容をすべて紹介することはできませんので、一部となります。
☆『季刊フォーラム教育と文化』(2013年春 71号国民教育文化総合研究所編)
特集 どうなる?高校・大学教育改革
☆『くらしと教育をつなぐ We』(2013年6/7月号 184号 フェミックス)
特集:伝えることをあきらめない〔お話〕大富亮さん「電気代一時不払いで、原発にNOという」〔インタビュー〕堀江まゆみさん「発達障害の人たちの支援―違いを認めあってポジティブに生きる」
☆教育科学研究会編集『教育』(かもがわ出版)
4月号 特集1 教師を生きる哲学 特集2 問われる教育委員会
5月号 特集1 授業の魅力 特集2 戦後教育学を考える
6月号 特集 「安倍教育改革」批判佐貫浩「競争・分断・孤立を超える共同へ―安倍内閣の教育改革の本質と方法批判」 <コラム> 佐藤広美「安倍晋三と日本教育再生機構」
☆日本教育学会『季刊 教育学研究』(80-1 2013.3)
橋本萌「1930年代東京府(東京市)小学校の伊勢参宮旅行―規模拡大の経過と運賃割引要求―」
☆『季刊教育法』176号2013. 3(エイデル研究所)
〔特集〕学校近隣トラブルをどう解決するか」〔今日の焦点〕大阪府の人事評価/桜宮高校生徒自殺事件
☆POSSE(2013年 .3vol.18 NPO法人POSSE)
特集 ブラック企業対策会議
☆子どもの権利条約総合研究所編集『子どもの居場所ハンドブック』
(子どもの権利研究 第22号 2013.2 日本評論社)
☆『学校図書館』(全国学校図書館協議会)
5月号 特集Ⅰ 理数教育と学校図書館 特集Ⅱ 読書感想文指導の取組み
6月号 特集 学力向上と学校図書館
☆『季刊 高校のひろば』(2013年春 VOL.87 日髙教・高校教育研究委員会 旬報社)今号で終刊
特集 高校教育という希望
☆『教育再生』(2013年5月号 日本教育再生機構)
〔特別インタビュー〕 伊藤隆 聞き手:八木秀次「安倍首相が検定見直しを明言 証拠のない自虐記述を教科書に載せない方法」
☆『季刊 人間と教育』(2013 春 77号 旬報社)
特集:「声をあげる文化」をとりもどす
☆日本大学教育学会紀要『教育学雑誌』(2013 第48号)
<研究論文>香川七海「大正時代における修身教育の批判論に関する考察―大島正徳の著作『自治及修身教育批判』を手がかりとして―」
☆『家族で楽しむ 子ども農業雑誌 のらのら』(2013年夏号 農文協)
特集 きみにもできる!あこがれのスイカ&メロン栽培
☆『DAYS JAPAN』(発行編集:広河隆一)
5月号 富岡町実測汚染マップ 第9回DAYS国際フォトジャーナリズム大賞受賞者発表
6月号 特集 放射線と健康障害の真実―北海道がん治療センター西尾正道名誉院長が語る
☆『世界』(岩波書店)
5月号 特集 人間らしい生き方が消えていく―待ったなしの改革とは
6月号 特集「96条からの改憲」に抗する
☆『切り抜き情報誌 女性情報』(2013. 4 3/1~3/31 パド・ウイメンズオフィス)
特集 東日本大震災から2年
☆『女も男も ―自立・平等―』(2013.春夏号 労働教育センター)
「被災地教職員・自治体職員の震災後ストレスとこころのケア」
☆『法学館憲法研究所報』(第8号 2013年1月)
巻頭言 浦部法穂「教育と憲法について思う」 リレー対談「日本社会と憲法」
余瀝
 安倍内閣が朝鮮高校無償化を省令変更で制度的に否定し、黒岩知事は北朝鮮の核実験を理由に「県民の理解が得られない」と朝鮮学校の補助金カットを打ち出しました。この問題に長く関わってこられた田中宏さんが何冊もの本を積み上げ、これが神奈川の取り組みの歴史だと講演会でおっしゃったのが強く印象に残りました。巻頭の山根さんにはその歴史を繙いていただきました。書評2冊から直近の状況がわかります。ぜひ学習の素材にしてください。HPの変更に伴い、紙面を刷新し、新しい連載も始めました。
発 行 (財)神奈川県高等学校教育会館県民図書館 http://www.edu-kana.com/
〒220-8566 横浜市西区藤棚町2丁目197番地 電話(045)231-2546 FAX(045)241-2700
編集 県民図書室 樋浦敬子
16 9000002 NO.86       2013/02   本館 開架 所蔵     共同時空 No.86
3・11を学び続けていくために
~視聴覚資料を手掛かりに~
吉井 友二
 福島第一原発事故から2年が過ぎようとしている。2年経って、原発事故が生み出した問題、原発そのものが抱えている問題、原発をつくり続けてきた日本社会の抱えている問題が、あらためて明らかになったように思われる。
 「原発安全神話」が完全に崩壊したこと。「安全神話」を流して宣伝していたのは東京電力などの電力会社、日本経団連などの財界、歴代の自民党・公明党・民主党政府、文部科学省・経済産業省などの官僚、原発現地の自治体、NHK・読売新聞・朝日新聞などの大手マスコミ、東京大学教授をはじめとする「御用学者」など、〈原子力ムラ〉とよばれる利権集団を構成する人々だったことが明らかになった。
 私たち学校教育関係者にとっても、この教訓は重たいものがある。〈原子力ムラ〉の重要な構成メンバーである文部科学省が「上部組織」なのだから、〈ムラ〉の歪みは学校現場にも降りてきていた。教科書検定がその一例であるが、「将来、原子炉の解体や放射性廃棄物の管理費用は膨大なもので、これを算入すると発電コストは、他のものに比べてかなり高いものになる」という検定前の文が「将来、原子炉の解体や放射性廃棄物の管理に多大な費用がかかる」と検定により変えさせられた(2005年高校「現代社会」)。原発の抱える問題点をできるだけ薄めるように検定が行われてきたのである。また、原発は「とても良いもので社会に役立っている」ということを前提とした[原子力ポスターコンクール]が行われてきた。3・11以降には、放射線副読本が作成されたが、その副読本は放射線の〈効用〉を細かく書き、〈危険性〉にはほとんど触れない、まさに「放射線安全神話」に基づいた冊子であった。そして、この副読本は全国の小・中・高校に配布されたのである。文部科学省には3・11原発事故を引き起こして、多くの人々を被曝させたこと、2011年4月には授業を再開して、避けることのできる被曝を子どもたちに強いてきたことなど、これまでの原発推進の結果3・11原発事故が起きたという認識の欠如、子どもを被曝から守らなければならないという責任感の欠如など、全く反省が見られないのである。あらためて、私たちは学校教育のなかで原発問題とどのように関わり、また関わってこなかったのかを含めて、検証する必要がある。
 原発問題からは日本の政治・経済・社会が見えるし、メディアリテラシーのいい材料にもなる。自然科学的にも物理だけでなく、化学・生物そして地学とそれぞれの分野で扱うことができる。原発問題は今の日本を凝縮した問題を投げかけている。
 3・11を契機として原発関係の映像作品がたくさん生まれている。映像の持つ力は言うまでもないと思うが、言葉であれこれ説明するよりも〈画〉を見せるだけでわかることがよくある。例えば高速増殖炉の怖さは『もんじゅの真相』(1996)を見れば、肌で感じることができる。
 実際に視聴覚資料を紹介しながら、原発問題の諸側面を紹介してみよう。『共同時空』1997年3月5日号に当時の時点での秀作として『チェルノブイリの真実』(1996)、『原発定検』(1991)、『隠された被曝労働』(1995)、『もんじゅ』(1993)を紹介した。3・11以前の作品は、古い作品でも、3・11以前に、ここまで指摘できたのだとか、再発見があり面白い。
 鎌仲ひとみ監督の作品『ヒバクシャHIBAKUSHA世界の終りに』(2003)は原爆と劣化ウラン弾そして原発のヒバクシャを通して扱い、「平和利用」といっても放射線ヒバクに違いはないのだということを印象づけた。新潟中越沖地震後には『巨大地震が原発を襲うとき(小出裕章ほか)』(2008)、『山のかなた(石橋克彦ほか)』(2009)という作品が生まれ、福島原発事故を予見する作品群となっている。こういう作品を福島事故後に見ると本当に悔しい思いがしてしまう。
 福島第一原発事故後、県民図書室には数十本の原発関係DVDが入った。多くは「御用マスコミ」への不信感から、信頼できる情報を求めて緊急の集会や学習会が行われたりしたものをそのまま映像化したものである。『広瀬隆 怒りの緊急講演会』(2011)、『役立つ反原発基本講座・第四回 夏の電気は原発なしで大丈夫(安藤多恵子)』(2011)など、たんぽぽ舎の十数本の講演会・講座シリーズはそうした作品である。また『チェルノブイリと福島(今中哲二)』(2011)、『内部被ばくの基礎知識(松井英介)』(2011)など森の映画社の十数本の講座シリーズも同様である。特にこれから注意が必要な〈内部被ばく〉については『放射線内部被曝から子供を守るために(児玉龍彦・菅谷昭など)』(2011)があり、被曝を避けるための食生活の工夫、免疫力を上げる暮らし方の提言がされている。国会での感動的な児玉発言も入っている。
鎌仲さんの最新作『内部被ばくを生き抜く』(2012)も入った。こちらは鎌田實さんなど4人の医師が証言している。紙媒体の資料だけではなく、こうした講演記録や証言映像が、視聴覚資料として素早く制作されて情報が共有されることは大きな意味を持っている。3・11以降「御用マスコミ」にない切り口で、Ustream映像が注目されたが、そのDVD版と考えられる。そこには教室で伝えられる・伝えたい事実がある。
 授業にお勧めなのは『原発?ほんまかいな』(2011)。全5章で「1.クリーンなエネルギー、2.燃料はリサイクルできる、3.経済性と安全性、4.労働と事故の現実、5.未来の選択」となっており、関西弁のノリで、原発問題の〈今〉を一通り説明している。また鎌仲さんの『ミツバチの羽音と地球の回転』(2011)は原発を拒否し続けている山
口県上関町祝島の人たち、そしてスウェーデンに取材し、原発のない持続可能な未来を展望している。原発は「トイレのないマンション」と言われてきたが『100000年後の安全』(2011)はフィンランドの高レベル放射性廃棄物の永久地層処分場の建設現場の映像と関係者へのインタビューで構成されたドキュメンタリー。10万年後に放射能レベルがある程度おさまってくるというのでこのタイトルがつけられた。原発のツケは10万年後まで!
(県立茅ヶ崎高校 よしいゆうじ)
新着DVD・フィルム一覧(2012年9月~2013年2月受入)
パネル
ヒロシマ・ナガサキB2判 30枚太陽と月と 私たちの憲法の人々の情熱118分
D V D
太陽と月と 私たちの憲法の人々の情熱   118分
絵日記による学童疎開600日の記録 お茶の水学童集団疎開の記   録28分
東京電力原発事故・震災記録DVD 福島・いま記録に 第一集   17分
にんげんをかえせ20分東京電力原発事故・震災記録DVD 福島・いま記録に 第二集   10分
予言42分東京電力原発事故・震災記録DVD 福島・いま記録に 第三集15分
君知ってる?首都炎上 アニメ東京大空襲18分東京電力原発事故・震災記録DVD 福島・いま記録に 第四集   12分
ZERO9/11の虚構 日本語版   105分
蔵書目録(2012年9月~2013年2月受入)
081イ
岩波ブックレット №846~№861 岩波書店 2012
210セ
資源の戦争 「大東亜共栄圏」の人流・物流 倉沢愛子 岩波書店 2012
210セ
東南アジア占領と日本人 帝国・日本の解体 中野聡岩波書店 2010
213ヨ
つたえたい 街が燃えた日々を 戦時下横浜市域の生活と空襲 横浜の空襲を記録する会 編 横浜の空襲を記録する会 2012
308コ
研究社日本語教育事典 近藤安月子/小森和子 編 研究社 2012
317.3カ
戦後日本の公務員制度史 「キャリア」システムの成立と展開 川手摂 岩波書店 2012
360ワ
地域とからだ まなざしを問う 「共に生きるための市民福祉講座」記録集 わらじの会 編 わらじの会 2012
361.7セ
「セーファースペース」のこころみ 問うこと・問われること・支援することに開かれた運動の場を求めて "catbloc, まつまり ほか" 著者 2010
361.86ウ
これでわかった!部落の歴史 私のダイガク講座 上杉聰解放出版社 2011
361.86ウ
これでなっとく!部落の歴史 続私のダイガク講座 上杉聰 解放出版社 2012
361.86フ
部落問題意識調査(第2次)報告書 部落解放神奈川県共闘会議 部落解放神奈川県共闘会議 2009
366.1ニ
知ろう!使おう!労働契約法 労働契約法研究会 日本労働弁護団 2008
366.28メ
生きている働いている 障がい者の就労を地域で支える 目黒輝美/佐々木哲二郎/泉浩徳 大学教育出版 2012
366.29イ
若者が働きはじめるとき 仕事、仲間、そして社会 乾彰夫日本図書センター 2012
366.3ス
絶対トクする!学生バイト術 「これだけは知っておきたい」働くルール 角谷信一/広中健次 (有)きょういくネット 2009
366.628コ
国鉄闘争・分割民営資料集 「国鉄闘争・分割民営資料集」編集委員会 国鉄労働組合 2012
366.6ニ
働く人たちのひみつ みんなを守る労働組合 学研パブリッシング コミュニケーション ビジネス事業室 学研パブリッシング2011
366.6レ
連合白書 2008春季生活闘争の方針と課題 日本労働組合総連合会(連合) コンポーズ・ユニ 2007
367.4ニ
永久未婚社会の消費者像 調査研究報告書 日本経済新聞社 産業地域研究所 編 日本経済新聞出版社 2012
367.5メ
揺らぐ男性のジェンダー意識 仕事・家族・介護 目黒依子/矢澤澄子/岡本英雄 編 新曜社 2012
367.6ア
解説子ども条例 荒牧重人/嘉多明人/半田勝久 編 三省堂2012
367.9ヒ
LGBTQってなに? セクシュアル・マイノリティーのためのハンドブック ケリー・ヒューゲル 明石書店 2011
367カ
アジアの中のジェンダー 多様な現実をとらえ考える 川島典子/西尾亜希子 ミネルヴァ書房 2012
367タ
カウンセラーが語るモラルハラスメント 人生を自分の手に取りもどすためにできること 谷本恵美 晶文社 2012
367ニ
多様性が尊重される社会をめざして ジェンダー平等教育実践資料集 日本教職員組合 編 アドバンテージサーバー 2009
367マ
3,11から考える「家族」戦後を問う、現在を歩く 真鍋弘樹岩波書店 2012
367ワ
まだある!職場のセクハラ・パワハラ 和田順子 新水社 2012
368.8イ
わが魂は仲間とともに 薬物依存回復施設 茨城ダルク野20年岩井喜代仁 どう出版 2012
369.4コ
子ども白書 2012年版 東日本大震災後を生きる子どもたち日本子どもを守る会 編 草土文化 2012
R370.5セ
全国学校総覧 2013年度 原書房 2012
R370.5モ
学校基本調査報告書 平成24年度 初等中等教育機関 専修学校・各種学校編 文部科学省 日経印刷株式会社 2012
R370.5モ
学校基本調査報告書 平成24年度 高等教育機関編 文部科学省 日経印刷株式会社 2012
370.6コ
公教育計画研究 3 公教育計画学会 編 八月書館 2012
370.7ミ
民主教育研究所年報 2011 第12号 「環境と地域」教育研究の理論と実践 民主教育研究所 編 民主教育研究所 2012
371.2カ
今求められている教育とは 子どもの現状から考える 勝俣秀夫 東銀座出版社 2009
371.2ニ
教育社会学研究 第91集 第91集 日本教育社会学会 編 東洋館出版社 2012
371.5コ
共生のインクルーシブ教育へ 私たちの考え方 インクルーシブ教育推進研究プロジェクトチーム 国民教育文化総合研究所 2012
371サ
親と教師が少し楽になる本 教育依存症を越える 佐々木賢 北斗出版 2002
373.2キ
「免許更新制」では教師は育たない 教師教育改革への提言 嘉多明人/三浦孝啓 岩波書店 2010
373.2ニ
「学校保険法の一部を改正する法律」 子どもたちが安心・安全な学校生活を送るために 日本教職員組合養護教員部会 編 アドバンテージサーバー 2009
373.3ニ
日本教育行政学会年報 38  教員人事行政における「質保証」38 日本教育行政学会 編 日本教育行政学会 2012
373.41ソ
教育基本法の社会史 副田義也 有信堂高文社 2012
373.5モ
平成23年度 地方教育費調査報告書 (平成22会計年度)文部科学省 日経印刷 2012
373ケ
現代の眼 1966年7月号 現代評論社 1966
374.9カ
がくあじさい ミニレポート集 9 2011年7月 末まり子/布川百合子 編 林知子 発行 2011
375.34カ
「されど部活動」 神奈川県高等学校体育連盟調査研究委員会 編 神奈川県高等学校体育連盟 2011
375.43カ
なぜ、人は平気で「いじめ」をするのか? 透明な暴力と向き合うために 加野芳正 日本図書センター 2012
375.4ホ
ルポ子どもの貧困連鎖 教育現場のSOSを追って 保坂渉/池谷孝司 光文社 2012
375.66ノ
ある教師の戦後史 戦後派教師の実践に学ぶ 野々垣務 編 本の泉社 2012
375.92フ
全国学力テストとPISA2006 未来への学びに向けて 福田誠治 アドバンテージサーバー 2008
375オ
子どもたちとの七万三千日 教師の生き方と学校の風景 大森直樹 編 東京学芸大学出版会 2010
376.2カ
近現代と神奈川 神奈川県教育委員会教育局教育指導部高校教育指導課 神奈川県教育委員会 2012
376.2カ
郷土史かながわ 神奈川県教育委員会教育局教育指導部高校教育指導課 神奈川県教育委員会 2012
376.2ト
歴史的思考力を伸ばす授業づくり 鳥山孟郎/松本通孝 青木書店 2012
376.6ニ
働くことってどういうこと? 普通職業教育・労働教育実践集 日本教職員組合 編 アドバンテージサーバー 2012
376.9イ
中学社会 新しいみんなの公民 中学校社会科用文部科学省検定済教科書 育鵬社 2012
376.9イ
中学社会 新しい日本の歴史 中学校社会科用文部科学省検定済教科書 育鵬社 2012
376.9イ
中学社会新新しい日本の歴史 教師用指導書 「新しい日本の歴史」教師用指導書編集委員会 育鵬社 2012
376.9イ
新しいみんなの公民 川上和久 ほか 育鵬社 2011
376.9イ
中学社会新しいみんなの公民 教師用指導書 中学社会「新しいみんなの公民」教師用指導書編集委員会 育鵬社 2012
376.9キ
教科書に書かれなかった戦争 Part60 花に水をやってくれないかい? 60 イ・ギュヒ 梨の木舎 2012
376.9シ
中学社会 新編 新しい歴史教科書 中学校社会科用文部科学省検定済教科書 藤岡信勝 ほか 自由社 2010
376.9ト
新編新しい社会 公民 中学校社会科用文部科学省検定済教科書 五味文彦 ほか 東京書籍 2007
376.9ト
新編新しい社会 歴史 中学校社会科用文部科学省検定済教科書 五味文彦 ほか 東京書籍 2009
376.9ト
13歳からの道徳教科書 道徳教育をすすめる有識者の会 編育鵬社 2012
376.9ニ
新しい東アジアの近現代史 上 下 国際関係の変動で読む未来をひらく歴史 日中韓3国共同歴史編纂委員会 編 日本評論社 2012
376.9フ
中学社会 新しい歴史教科書 中学校社会科用文部科学省検定済教科書 藤岡信勝 ほか 扶桑社 2009
376.9フ
中学社会 新しい公民教科書 中学校社会科用文部科学省検定済教科書 八木秀次 ほか 扶桑社 2009
376.9ミ
"公民教科書で""ジェンダーの平等""はどうなっている? 育鵬社と他の5社の教科書を比較検討" 民主教育研究所「ジェンダーと教育」研究委員会 民主教育研究所 2012
K377.42カ
検証 高校改革推進計画 神奈川県高等学校教育会館 教育研究所 神奈川県教育研究所 
377.42イ
鐘紡長浜高等学校の青春 井上とし ドメス出版 2012
377.47ヒ
神奈川県立平塚江南高等学校旧蔵資料 藤野敬子(元神奈川県立平塚江南高校教諭)編 平塚博物館 2012
377.6シ
女子美100年とその時代 1900-2000 女子美術大学略年史女子美術大学百年史編集委員会 編 学校法人女子美術大学 2000
377.6モ
大学への早期入学及び高等学校・大学間の接続の改善に関する協議会 報告書 一人一人の個性を伸ばす教育を目指して 文部科学省高等教育局大学振興課 2007
377.92サ
大学入試の終焉 高大接続テストによる再生 佐々木隆生 北海道大学出版会 2012
378.1シ
日本の社会教育実践 2012 第52回社会教育研究全国集会資料集 社会教育推進全国協議会 社会教育推進全国協議会 2012
378.4ナ
世界の友だちとつながるために 多文化共生編 Ⅳ 奈良県外国人教育研究会 編 奈良県外国人教育研究会 2010
378.7セ
これからの在日外国人教育 2006年版 全国在日朝鮮人教育研究協議会 編 全国在日朝鮮人教育研 2006
379.41キ
日本の民主教育 2012 教育研究全国集会二〇一二報告集 教育研究全国集会二〇一二実行委員会 編 大月書店 2011
379.41ニ
日本の教育 第61集 日教組第61次教育研究全国集会(富山)報告 日本教職員組合 アドバンテージサーバー 2012
379.41ニ
日教組教育研究全国集会報告書 第60次 第11分科会 自治的諸活動と生活指導 中学校・高校 日本教職員組合 日教組 2011
379.41ニ
日教組教育研究全国集会報告書 第61次 第1分科会~第25分科会 日本語教育 (作文・話しことば) 日本教職員組合 日教組 2012
379.41ニ
日教組教育研究全国集会報告書 第62次 第1分科会~第25分科会 日本語教育(作文・話しことば) 日本教職員組合 日教組 2013
379.73カ
鹿児島高教組の60年 鹿児島県高等学校教職員組合 鹿児島県高教組 2010
379.83ニ
日教組第34次全国学校現業研究集会報告集 第34次 学校に安全と安心を 日本教職員組合 編 日本教職員組合 2013
404ユ
科学の進歩とは何か 工作者としての科学者 湯浅一郎 第三書館 2005
543.5ム
東海第二原発を廃炉に 首都圏で一千万人の避難はできない! 村上村長を支え原発ゼロをすすめる会 編 本の泉社 2013
543ノ
ノンちゃんの原発のほんとうの話 中学校の教師たち LLC都市教育研究所 2011
576.5コ
「合成洗剤は有害です」 あなたが使っているのは合成洗剤?石けん? 合成洗剤追放神奈川県連絡会 編 合成洗剤追放神奈川県連絡会 2012
680キ
近代日本の社会と交通 第14巻 鉄道の文学誌 小関和弘 日本経済評論社 2012
R813ケ
現代用語の基礎知識 2013 自由国民社 2013
908セ
(コレクション)戦争と文学 3 謀 冷戦の時代 五木寛之 ほか 集英社 2012
908セ
(コレクション)戦争と文学 12 闇 戦争の深淵 大岡昇平 ほか 集英社 2013
908セ
(コレクション)戦争と文学 18 滄 帝国日本と台湾・南方 佐藤春夫 ほか 集英社 2012
908セ
(コレクション)戦争と文学 10 敗 オキュパイドジャパン 志賀直 哉ほか 集英社 2012
908セ
(コレクション)戦争と文学 17 哭 帝国日本と朝鮮・樺太 中島敦 ほか 集英社 2012
908セ
(コレクション)戦争と文学 11 兵 軍隊と人間 細田民樹 ほか 集英社 2012
916セ
記録 少女たちの勤労動員 女子学徒・挺身隊勤労動員の実態 戦時下勤労動員少女の会 編 BOC出版部 1997
916ナ
国際フリーター、世界を翔ける 21世紀の坂本龍馬をめざせ 中野有 太陽企画出版 2003
916ニ
戦火の子どもたちに学んだこと 13歳からのあなたへ アフガン、イラクから福島までの取材ノート 西谷文和 かもがわ出版 2012
書評と紹介
神奈川総合高等学校「昭和史研究会」翔鴎祭展示目録
『占領下の娼婦から見た戦争』
(研究紀要・授業実践記録別冊)
平成21(2009)年度臨時増刊 神奈川県立神奈川総合高校
 大きな基地を抱える占領下の神奈川県に、1950年、常設の「婦人相談所」が全国で唯一設置された。この相談所は、開設から1972年まで、「狩り込み」などで「保護」された「娼婦」から聞き取った多くの調書を残している。この膨大な調書を、高校生が読み解いた。「娼婦」本人の経歴、家族状況、保護司の調査等、冊数にして26冊、2795人分である。本書は、「昭和史研究会」として行ってきたフィールドワークによる、見て・聞いて・感じる経験の継続の上に行われた、地道な資料分析作業の成果である。
 戦時体制下での「慰安婦」の陰に隠れがちではあるが、敗戦後すぐ、三日後に、内務省は占領軍兵士用に「慰安婦」と同様のシステムを国内に設置する指令をだした。内務省指令に基づいて特殊慰安協会RAA(Recreation and AmusementAssociation)が設置され、8月27日には占領軍兵士相手の慰安所、特殊慰安施設1号店が開業した。このRAAは性病蔓延を危惧したGHQによって、翌年1月12日、「日本における公娼制度廃止に関する件」が出され、廃止される。しかし公娼制度廃止に対する反対運動がおこり、内務省は公娼制度廃止と引き換えに「特殊飲食店等の地区指定」を行った。所謂、赤線である。高校生が読み解いた婦人相談所の資料は、この時代の「娼婦」たちの生の姿を伝えている。
 「慰安婦」制度は戦力である日本軍兵士の強姦を防止し性病を管理するために作られ、RAAは占領軍による強姦防止のために、「一般婦女子を守る」ために制度化された。戦争・軍隊と強姦は切り離せない。強姦があることを前提とした社会に、あたかも「公共の福祉」ででもあるかのように存在させてきたのが公娼制度である。
 本書は、高校生の資料読み解きによって、戦前、広く行われた前借金による身売りが、戦後、前借金が禁止されたのちも、当たり前のこととして行われていたことを明らかにする。
 「一般婦女子の防波堤」とされた「娼婦」、彼女たちは、時とともに存在しなかったかのようにされていく。高校生たちは、彼女たちが確かにそこに存在していた場所を歩き、その後の彼女たちやそこで誕生した子どもたちに目を向ける。子どもたちを追って、エリザベス=サンダースホームも訪ねている。
 昭和史を学ぶ上で体験者の話は大きな力を持つ。高校生に直に語りかける体験者の語りは、語り手の、高校生に「伝えたい」という思いが原動力になって、語り手と語りを受ける者が共有の場を作っていく。語りは高校生に追体験への大きなパワーを与え、高校生はさらなる語りへのパワーを与え返す。しかし、昭和史の語り手の高齢化は否定のしようがない。高校生が直に話を聞ける最後が近づいてくる。その中で本書のような当事者一人ひとりから聞き取られた記録の読み解きは、記録の向こうの、生身の当事者に思いを馳せるとき、聞き取りに負けない体験になる。
 本書は、部員生徒の「文化祭発表の記録」で終わらせるにはあまりにも、もったいない記録集である。当事者の資料読み解きを通して、高校生は当事者の生きた時代に向きあい、その社会のありようを真摯に考えていく。高校生の可能性を考えさせられる記録集である。そして、同じ高校教員として、このように高校生の可能性を引出し、差別的になりかねないテーマに果敢に挑み、高校生の取り組みを支え続けてきた顧問のお話を、是非
とも聞かせていただきたいと思っている。
(県立相模田名高校  鈴木陽子)
雑誌論文目録抄
○季刊 教育法(174) エイデル研究所(12.09)
<特集>なぜ学校はいじめにうまく対応できないか
〔インタビュー〕
なぜ学校・教育委員会と遺族・子どもたちの思いはすれ違うのか―いじめ事件の原因究明を阻む賠償法制の壁― 喜多明人
・最近のいじめ事件の特徴と対応策 武田さち子
・ネットに流出する個人情報と学校の報道対応のあり方 藤川大祐
・子どもに寄り添うということ 原ひとみ
・いじめ裁判から学ぶ―裁判官はいじめどうとらえたか 入澤 充
<資料>
文部科学省いじめ関連通達
<今日の焦点>
・文部科学省「教育改革案」社会の期待に応える教育改革の推進―初等中等教育 南野圭史
・文部科学省「教育改革案」社会の期待に応える教育改革の推進―高等教育 三木忠一
・セカンドステージに入った保護者対応の現状と課題 古川 治・山岡賢三
<連載>
・校長先生のヒントとガイド 清水和夫
・学校と地域を元気にするコミュニティスクール 佐藤晴雄
・事例研究 教育管理職のための法常識講座 梅野正信
・中学・高校生のための労働法入門 道幸哲也
・スポーツ基本法が示す「体育・スポーツ指導者」のあり方 筒井孝子
・「教育紛争解決学」の創設・樹立に向けて 森部英生
・東北アジア共同の家を求めて 黒沢惟昭
<子ども・教育と裁判>
判例研究
新規採用教員のうつ病罹患・自殺と公務起因性地公災基金 静岡県支部長(磐田市立J小学校)事件 山本圭子
判例紹介(教育の分野、福祉・家族の分野、少年法の分野)
○季刊 教育法(175) エイデル研究所(12・12)
<特集>新人・若手教師への支援のあり方
・〔事例紹介〕
新人教師の担当クラスが学級崩壊状況となり、うつ病を発症、自殺に至ったケース
・〔鼎談〕
学級崩壊状況の立て直しは新人教師には不可能な業務―故・木村百合子さん公務災害認定裁判のもつ意義と重要性― 木村和子・小笠原里夏・小野田正利
・新人・若手教師の悩み・苦しみ 松本 剛
・新任教師の離職の背後にあるもの 和井田節子
・若い教師の退職と職場の仲間の支援 古川 治
・先輩教師も保護者と向きあうことに苦労した~若い先生への手紙~ 小野田正利
・虐待を受けた児童と教員の困難 野田正人
・学級崩壊状況にある担任教師をどうエンパワーしていくのか 楠 凡之
・新人教職員の悩みとその支援 押部逸哉
<資料>
公務災害認定裁判東京高裁判決文
<今日の焦点>
教員免許更新制における管理職等の役割について 大野照子
<連載>
・校長先生のヒントとガイド 清水和夫
・学校と地域を元気にするコミュニティスクール 佐藤晴雄
・事例研究 教育管理職のための法常識講座 梅野正信
・学校事故研究 東日本大震災と「学校安全」「防災教育」の根本問題三上昭彦
・大阪の教育はいま、教育関連2条例の運用状況石田精三
・中学・高校生のための労働法入門道幸哲也
・スポーツ基本法が示す「体育・スポーツ指導者」のあり方 高井和夫
<子ども・教育と裁判>
判例研究
児童扶養手当資格喪失通知処分取消請求事件 常森裕介
判例紹介(教育の分野、福祉・家族の分野、少年法の分野)
○季刊 教育学研究(79-03) 日本教育学会(120・09)
<研究ノート>
・戦後初期の「アメリカ児童画展」に関する覚え書き 根津朋実
・アイルランド公教育の成立をめぐって ―研究動向と課題― 岩下 誠
○季刊 教育学研究(79-04) 日本教育学会(12・12)
<特集:災害と教育/教育学>
・被災復旧時における通常の学校教育の展開と 児童生徒たちの心のケアの両立を目指した取組 ―学級経営の視点から― 河村茂雄
・語りえぬ記憶と復興への学習 ―ふたつの大震災の間で― 山住勝広
・日本教育学会・特別課題研究「大震災と教育」 ―その研究テーマ趣旨、経過、目標― 久冨善之
○月刊 教育(802) 教育科学研究会編集 かもがわ出版(12・11)
<特集1> 変貌する職員室
・「白い丸いテーブル」の話 ―ムダと思われた時間と空間が創り出していたもの― 小野田正利
・ささやかな協働を積み重ね新たな「公共性」の創造へ 八木英二
・手記 職員室の風景―全国各地から
・職員室はどのように破壊されてきたのか ―東京の「教育改革」のなかで 橋本敏明
・「不信と対立」でなく「合意と共同」にもとづいて 八木 博
<特集2> 地域に生きる教師
・地域復興に貢献する学校をつくる 徳水博志
・ふるさとを生きる青年たちとともに 茶森茂樹
・「教育改革」の嵐のなかで地域に根ざし子どもを守る 山口妙子
・数学の授業は生徒の現実から―生徒とともに生きる 中村 潤
○月刊 教育(803) 教育科学研究会編集 かもがわ出版(12・12)
<特集1> 「学力向上」の陥穽
・学力の教育学的規定 佐貫 浩
・「最近、勉強楽しくないがやけど」 ―高知から学力問題を考える 宮地崇夫・濵田郁夫・上杉美和
・「数が苦」から「数楽」へ ―ダウン症の子どもたちとの<算数・響育> 小笠 毅
・文化と生活をつなぐ体育授業づくりの課題 黒川哲也
・数字をひとり歩きさせ子どもを追い込まないために ―宮城県の入試制度・学力検査から 大木一彦
・「わたしたちの教育課程論」を広げ深める 本田伊克
<特集2> 小さな学校の魅力
・小さな学校の教育的意義を考える 境野健兒
・地域に根づき、支えられて子どもを育む ―小さな学校・保育所の再発見 濵田郁夫
・学校統廃合の議論に見る地域と学 武者一弘
・「高校の歴史は村の歴史」―高校分校化の時代に 宮本和夫
○月刊 教育(804) 教育科学研究会編集 かもがわ出版(13・01)
<特集1> 変わる高校・変えられる高校
・高校教育論の再構築に向けて 児美川孝一郎
・東京の高校再編で失われたもの・失われなかったもの 河合美喜夫
・「学びたい」を駆り立てる 澤山 春
・進学校の開かれた学校づくりと学びあい 小池由美子
・「卒業するのがもったいない」 ―子どもも先生も育ちあえるところ 浦田直樹・小山 民
・新しい「都立高校改革推進計画」を読み解く ―これまでの「改革」と国際比較から 天野一哉
・「高校再編」の傍らですすむ〔教育―福祉―労働〕の協同 南出吉祥
<特集2> 教師の適格性と分限処分
・教員の分限処分取り消し訴訟 津田玄児
・指導力不足教員問題を考える ―分限処分を視野に、東京の状況を踏まえて 鈴木敏夫
・「再任用更新拒否裁判」の原告となって ―ずさんで恣意的な「雇い止め」に異議あり 杉浦孝雄
・教師の尊厳性が破壊される指導改善研修 ―その人権侵害の実際 芦名猛夫
<特別論文>
小さな村の小さい学校の魅力―北海道・西興部村から 細金恒男
○月刊 教育(805) 教育科学研究会編集 かもがわ出版(13・2)
<特集1> せめぎあう政治と教育
・「悪の陳腐さ」をもたらす政治と、教師の倫理 佐藤広美
・政治は「福島」を守ったか?―新たな政治教育の課題 慶徳芳夫
・学び、経験し、発信する ―高校生とともに学んで考えたこと 石川秀和
・議論が分かれることこそ学校で ―社長と組合青年部長の「Wコラボ」講演会 佐藤 功
・「お祭り」のなかで若者が政治と出会うとき ―マヌケな社会とマヌケな自分に向きあう 矢内琴江
・「声をあげれば社会は変わる」感覚を取り戻す ―首都圏青年ユニオンの実践に学ぶ 河添 誠
・争点としての「主権者教育」 久保田貢
・沖縄の日本「復帰」と教育―元沖縄県知事から 大田昌秀
<特集2> 貧困・家族・支援
・「子どもの貧困」を受けとめ学校全体でとりくむ 小山治男
・「学ぶ権利」は贅沢ではない ―岡山市での就学援助集団申請のとりくみ 岡村真沙子
・こどもも親も教師も孤立感・切迫感のなかに ―「相談室」から見る学校・教師 田中寿太郎
・ひとり親世帯の経済的貧困とネットワーク 一盛 真・大谷直史・香川志都
・つながりの貧困と排除をめぐって 仲野 誠
○月刊 教育(806) 教育科学研究会編集 かもがわ出版(13・03)
<特集> あの日からの「福島」と教育 
・〔座談会〕
福島県双葉郡の教育長に聞く ―原発災害と教育行政の挑戦 武内敏英・庄野富士男・高橋尚子+境野健兒・細金恒男・片岡洋子・佐藤広美・藤田和也
・子どもを被曝から守ること、そして移動教室の意義 宍戸仙助
・心と体のケアとともに成長を促すとりくみを ―震災後の子どもたちと学校 井戸川あけみ
・高校生たちの作品と思い―震災体験を問い続ける 小林みゆき
・子どもたちの歓声が野良にこだまする日まで ―農の力で希望の種を蒔く 菅野正寿
・被災者の分断と葛藤―いわき市の場合 川副早央里
・フクシマが問う原発立地自治体の地域づくり 多久和祥司
〔講演より〕
アーサー・ビナード 夏の線引き ―核兵器と核燃料を見破る法 中嶋みさき
県民図書室のホームページが新しくなりました
インターネットで「神奈川県高等学校教育会館」→「県民図書室」へ
所蔵図書や視聴覚資料の検索が簡単にできます。
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過去 1ヶ月の新着図書もアップされています。
図書室の閉館日もお知らせしていますので、利用の際は確認してください。
余瀝
 3月 11日であれから2年。『DAYS』最新号の特集に、福島で子育て中の方々が、今も、さらに深刻に日々「選択」を迫られながら生きざるを得ない状況であることが書かれています。「3・11」を「風化」させない、今の問題として向きあい続けることの大切さを繰り返して確認していきたいと思います。巻頭は、授業の中で学び続けるための視聴覚資料の紹介です。
 書評では県民図書室に学校から寄贈された「研究紀要」の紹介をお願いしました。県立神奈川総合高校昭和史研究会のメンバーによる「敗戦後の娼婦の実態を探る~県立婦人相談所の資料分析を通して~」が寄贈され、一読したとき、難しい生の資料の読み込みに挑戦し、その分析を行い、関連したフィールドワークを行い、戦争・軍隊と暴力について深く学んでいく高校生の力のすごさに驚きました。またその力を引き出し、ここまでまとめ上げられた顧問の先生のご指導に感服しました。県民図書室には他の図書館にはない、現場での実践報告にあたる資料も多数所蔵されています。ホームページが新しくなり、検索が簡単になりました。ぜひご活用ください。
発 行 (財)神奈川県高等学校教育会館県民図書館 http://www.edu-kana.com/
〒220-8566 横浜市西区藤棚町2丁目197番地 電話(045)231-2546 FAX(045)241-2700
編 集 県民図書室 樋浦敬子
17 9000001 N0.85       2012/10   本館 開架 所蔵     2012年 6年目の夏休み
広島・福島・上野千鶴子
宮野 未来 
 「正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい 正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと 気づいているほうがいい」(吉野弘『祝婚歌』)“正しいこと”を“真実”または“事実”と置き換えてみると、“事実は人を傷つけやすいもの”となる。教員6年目の夏は好機に恵まれ、広島に福島にフェミニズムにと、事実を目の当たりにし、傷つき、考えさせられる夏となった。
 8月6日、広島で開催された原水爆禁止世界大会に出席させてもらった。戦争で被爆したという事実は、多くの人を傷つけ、多くのものを奪い、今もなお人々を苦しめている。広島大会の中で、体験談を聞かせてもらった。当事者が語ることの力強さに圧倒された。決して歴史上の事実で終わってはいないし、この日に広島に集うことに意味があると再確認した。たとえ、日々の生活の中で忘れてしまったとしても、思い出し、共有し、語り継いでいくことが大切だ。67年が経ち、もはや戦争を自分の経験として語れる人は少なくなっている。その中で自分ができることを考えたい。
 「被爆国日本」という言葉は、死語になっていない。2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震に伴った、福島第一原発の事故。まず原発事故以前の巨大地震という現実に、当初、私などは目を背けてしまった。あの時期、私はかなり意図的にニュース断ちをした。テレビ画面に津波の映像が映ったら、すぐにチャンネルを変えた。新聞の報道写真を見られるようになったのも、かなり時間が経ってからだ。事実を正面から受け止められる自信がなく、純粋に怖かった。地震・津波の被害を直視すると、傷ついてしまうことを知っていたのかもしれない。
 しかし、傷つくことを恐れて逃げてばかりもいられない。傷つきながらも立ち上がったのが、官邸前金曜デモなのではないか。私も6月末から一ヶ月間、時間が許す限り通ってみた。デモのことを知ったのはツイッターを通してだ。初めて参加したのは6月29日。17時前に永田町に到着した。まだ人は全然集まっておらず、警察の姿もほとんど見えない。「嵐の前の静けさ」そう感じた。18時からスタートするデモだと聞いており、17時半頃に列に並んだ。18時、みるみるうちに人は増え、「原発反対!再稼働反対!」の声がスタートした。その日のデモのメンバーの印象は、ほとんどが20代から30代で、それも個人で来ている様子だった。ひとりひとり、絵やメッセージカードを片手に、静かにそこにいる人が多かった。
 それが回を重ねるにつれ、人数の変化もさることながら、参加者の年齢層も変わっていった。新聞やテレビで少しずつ報道され始めたからだろう。2012年の4月から細々と始まった首相官邸前抗議行動が、大きな動きとなっていった。数回訪れ、鳥肌が止まらないこともあった。動員じゃない、誰に何を言われたでもない人たちが、こんなに集まっている。それぞれ年齢も格好も様々な中で、主張していることはただ一つ。なのに、全く動こうとしない政府。市民の大きな動きに対する衝撃と、政府に対する憤りが入り混じっていた。
 福島にも足を運んだ。正確に言うと、一緒にデモに参加していた先輩に強引に誘われ、恐る恐るついて行ったというのが本当のところだ。神高教平和運動推進委員会主催の福島ツアーで、飯舘村、南相馬市、二本松市を訪れた。何より衝撃を受けたのは、その風景だった。飯舘村の草原となった田畑。ただ何もなく広がる南相馬市の海岸、二本松市の仮設住宅。現実を目の当たりにした。加えて仮設住宅に住んでいる方の話を聞く機会があったことは、また私に事実をつきつけた。3月11日以降、福島に起こったことは本当にやるせなく、人々に大きな影響を及ぼしている。そしてこれからもその影響は続いていく。福島で生きている、闘っている人たちがいる。
 “事実は人を傷つけやすいもの”だから、傷つきたくなければ見なければいい、という話ではないのだ。傷つきはすれど、どうその事実と向き合い、闘うかー闘いの話である。ケンカの話である。今年の夏はまた、幸運なことに「売られたケンカは買う」という上野千鶴子さんの講演会にスタッフとして携わることができた。多くの人が見て見ぬふりをして諦めかけている事実を、ビシッと明言してくれる上野さんの言葉には、闘いのヒントがたくさんあった。
 まず、講演会を企画するにあたって、『上野千鶴子に挑む』(千田有紀編 勁草書房 2011年)を手に取った。上野さんの“弟子”たちが、彼女のこれまでの研究に“挑む”というものだ。大きなくくりとして、「ジェンダー・家族・セクシュアリティ」、「文化の社会学」、「ポストコロニアル・マイノリティ」、「当事者主権」と4部構成になっており、それぞれの中で、対幻想論、マルクス主義フェミニズム、主婦論争、男性学、女子文化、言葉とジェンダー、消費社会論、共同幻想論、「慰安婦」問題、おひとりさまなどのテーマが扱われ、上野さんの携わってきた分野を網羅するものになっている。
 「カツマーとカヤマーのあいだ―教育のネオリベ改革とジェンダー―」と題した講演会の内容もまた多岐に渡った。こころを病む東大生と上野ゼミの保健室化、ネオリベラリズムが社会へ与えた影響、若者の中のジェンダー、母の娘への呪縛、カツマー(勝間和代を支持する人たち)とカヤマー(香山リカを支持する人たち)、社会的弱者から学ぶことなどなど。男性が女性化し、女性が男性化(現実には女性に家庭も、介護も、キャリアも、墓もと、女性性と男性性の両方を背負わせているのだが)している中で、放っておけばジェンダーがなくなると言う人もいる。しかし、それを「押し戻し、介入、抵抗していくべき」と上野さんは言う。実際、ネオリベ改革で得をした女性もいるが、勝ち組は氷山の一角であり、その下には努力したくてもできない層がいるのが現実だ。
 講演の後半は質疑応答タイムだったが、リードする上野さんの言葉の中にも印象的な言葉があった。著書『サヨナラ、学校化社会』(ちくま文庫 2008年)に「私は『いけんがありませんか』というときには、かならず『異見』と書くようにしています。異なる見解というわけです。ご『異見』というのは、その人のオリジナリティのことです。『異見』というのは、あなたと私はここが違う、という距離のことだからです。」という文章がある。フロアーからの質問に対する上野さんの切り返しに、異見は異見として聞きながら、言うべきことはしっかりと主張する姿勢を見ることができた。
 上野さんに言わせると、長年彼女のファンであることは“不幸”なのだそうだが、それでも注目せずにはいられない。前掲の『上野千鶴子に挑む』には次のような文章がある。「『あなた(たち)の幸せはあなた(たち)が考えなさい。そしてそれを実現するために行動しなさい』。自分(たち)の考える幸せのかたちとはまったく違う幸せのかたちが提示されていながら、私たちが上野の著作を読み続け、勇気を与えられ続けるのは、彼女の著作の底流に、そんなメッセージが流れ続けているからだろう。」(阿部真大「ポスト『家族の世紀』の『おひとりさま』論」pp.357)講演会でも「上野さんのメッセージに励まされてきた」などの発言が相次ぎ、感想アンケートには「教員を辞めようと思っていたけれど、また学校に戻って実践する意欲がわいてきた」とあり、通ずるものがあるだろう。
 “事実は人を傷つけやすいもの”だけれど、ゆっくりでも、それに向き合い、傷つきながらも、闘うことを続けたい。
         
(県立寒川高校 みやのみく)
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新 着 DVD・フ ィ ル ム 一 覧 (2012年6月~2012年8月受入)
DVD
松代大本営
イラク 放射能を浴びる子どもたち (30分)
イラク アメリカ軍の撤退を求めて ジャーハダ イラク民衆の闘い (36分)
GOBAKU アメリカは誰と戦っているのか? (50分)
原発 その利権の構造 (30分)
「主婦の一日」 (10分)
きょうを守る 東日本大震災ドキュメンタリー (70分)
姉妹よ、まずかく疑うことを習え 山川菊栄の思想と活動 (76分)
内部被ばくを生き抜く 4人の医師が語る経験 広島、チェルノブイリ、イラク、福岡 (80分)
ちいさな哲学者たち (103分)
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新着図書一覧(2012年6月~2012年8月受入)
081 
岩波ブックレット №841 フォトエッセイ希望の大地 桃井和馬 岩波書店 2012
081 
岩波ブックレット №838 ひきこもりのライフプラン 斎藤環・畠中雅子 岩波書店 2012
081 
岩波ブックレット №839 避難する権利、それぞれの選択 河崎健一郎 他 岩波書店 2012
081 
岩波ブックレット №837 「学び」という希望 尾木直樹 岩波書店 2012
081 
岩波ブックレット №840 日本の保育はどうなる 普光院亜紀 岩波書店 2012
081イ 
岩波ブックレット №842 学校を改革する 佐藤学 岩波書店 2012
081イ 
岩波ブックレット №844 年表昭和・平成史 中村正則・森武麿 岩波書店 2012
081イ 
岩波ブックレット №845 内村鑑三をよむ 若松英輔 岩波書店 2012
081イ 
岩波ブックレット №843 "3・11後の自衛隊" 半田滋 岩波書店 2012
140エ 
ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか NHKスペシャル取材班 角川書店 2012
159ノ 
ニッポン女子力 「気がきく」「たてる」最強のDNA 能町光香 小学館 2012
213シ 
写真アルバム 横浜市の昭和 趙衛国 いき書房 2012
303コ 
男女共同参画統計データブック2012 日本の女性と男性 独立行政法人国立女性教育会館 ぎょうせい 2012
304ア 
若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か 赤木智弘 双風社 2007
304サ 
60年代のリアル 佐藤信 ミネルヴァ書房 2011
304ト 
福祉社会論 東北学院大学社会福祉研究所研究叢書Ⅷ 東北学院大学社会福祉研究所 東北学院大学 2011
316マ 
ヘイト・クライム 憎悪犯罪が日本を壊す 前田朗 三一書房労働組合 2010
318Yシ 
神奈川県職員録 2012 神奈川県総務局人材課 神奈川県総務局人材課 2012
318.8マ 
原水禁書名運動の誕生 東京・杉並の住民パワーと水脈 丸浜江里子 凱風社 2011
361.6ヤ 
ネットと愛国 在特会ノ「闇」を追いかけて 安田浩一 講談社 2012
361.9キ 
京大生のフリーター・イメージ 京都大学文学部社会学研究室 2009年度社会学実習報告書 京都大学文学部社会学研究室 太郎丸博 編 京都大学 2010
361ウ 
上野千鶴子に挑む 千田有紀 勁草書房 2011
364.1ル 
準市場 もう一つの見えざる手 選択と競争による公共サービスジュリアン・ルグラン 法律文化社 2010
364オ 
不安家族 働けない転落社会を克服せよ 大嶋寧子 日本経済新聞出版社 2011
366.2Yカ 
神奈川県における若年層のフリーターの実態に関する研究 神奈川県政策研究・大学連携センター シンクタンク神奈川 シンクタンク神奈川 2012
366.29オ 
大学就職部にできること 大島真夫 勁草書房 2012
366.29キ 
キャリア教育コーディネーター 新たな教育作りの仕掛け人 一般社団法人キャリア教育コーディネーターネットワーク協議会 河合塾 2011
366.29コ 
これが論点!就職問題 児美川孝一郎 日本図書センター 2012
366.3 
パワハラなんでも相談 職場のいじめ・いやがらせで困っていませんか 金子雅臣・加城千波 日本評論社 2012
366.38ミ 
働き続ける女子のための会社のルールとお金の話 宮本恵美子 中央経済社 2012
366.3ト 
解雇・退職 シリーズ 働く人を守る 徳住堅治 中央経済社 2012
366.3ロ 
職場のいじめ・嫌がらせ、パワーハラスメント対策に関する労使ヒアリング調査 予防・解決に向けた労使の取組み 独立行政法人労働政策研究・研修機構 労働政策研究・研修機構 2012
366レ 
「勤労者の仕事と暮らしについてのアンケート」調査報告書 第22回 勤労者短観 公益財団法人連合総合生活開発研究所 連合総合生活開発研究所 2011
366ロ 
ケア・協働・アンペイドワーク 揺らぐ労働の輪郭労働再審5 仁平典宏・山下順子 編 大月書店 2011
366ロ 
労働と生存権 労働再審6 山森亮 大月書店 2012
367Yカ 女性に対する総合相談 現状の分析と今後の対応策に関する調査研究 神奈川県立かながわ女性センター 神奈川県立かながわ女性センター 2012
367.1オ 
フェミニズムの政治学 ケアの倫理をグローバル社会へ 岡野八代 みすず書房 2012
367.1カ 
<悪女>と<良女>の身体表象 神奈川大学人文学研究叢書29 笠間千浪 青弓社 2012
367.1ソ 
フィリピンにおける女性の人権尊重とジェンダー平等シリーズ「国際ジェンダー研究」別巻2 ソブリチャ・キャロリン 御茶の水書房 2012
367.1ナ 
地方公共団体における男女共同参画社会の形成又は女性に関する施策の推進状況 平成23年度 市区町村編 内閣府男女共同参画局 内閣府男女共同参画局推進課 2012
367.1ナ 女性の政策・方針決定参画状況調べ 内閣府男女共同参画局 内閣府男女共同参画局推進課 2012
367.1ナ 
地方公共団体における男女共同参画社会の形成又は女性に関する施策の推進状況 平成23年度 概要 内閣府男女共同参画局 内閣府男女共同参画局推進課 2012
367.1ナ 
地方公共団体における男女共同参画社会の形成又は女性に関する施策の推進状況 平成23年度 都道府県・政令指定都市編内閣府男女共同参画局 内閣府男女共同参画局推進課 2012
367.1ハ 
「女子」の時代! 青弓社ライブラリー72 馬場伸彦・池田太臣 青弓社 2012
367.1ハ 
女性差別撤廃条約と私たち 現代選書5 林陽子 編著 信山社 2011
367.1ミ 
女性・ネイティブ・他者 ポストコロニアリズムとフェミニズム岩波人文書セレクション ミンハ・トリン・T 岩波 2011
367.1モ 
境界なきフェミニズム サピエンティア23 モーハンティー・チャンドラー・タルパデー (財)法政大学出版局 2012
367.1ロ 
キレイならいいのか ビューティー・バイアス ロード・デボラ・L 亜紀書房 2012
367.2カ 
明治・大正・昭和かまくらの女性史 通史 かまくら男女共同参画市民ネットワーク「アンサンブル21」女性史編さん部会 日経印刷 2012
367.5ア 
「男らしさ」の現代史 男性史3 安部恒久・大日方純夫・天野正子 日本経済評論社 2006
367.6イ 
今、日本の子供たちは 続・子供たちからの警告 市川隆一郎 相模書房 2012
367.6ウ 
子どもたちの逸脱・非行 生き方のパラダイム変化と文化的分化の視座から 淑徳大学総合福祉学部研究叢書26 占部慎一 学文社 2009
367.6カ 
なぜ若者は「自立」から降りるのか しあわせな「ひも婚」ヘ梶原公子 同時代社 2012
367.6キ 
ひきこもってよかった 暗闇から抜け出して 5人の若者による苦悩と葛藤の報告 NPO法人 京都ARU編集部 編 クリエイツかもがわ 2012
367.6セ 
子どもの立ち直り支援に求められるもの 次代を担う少年の育成のために 全少協少年研究叢書23 公益社団法人 全国少年警察ボランティア協会 全国少年警察ボランティア協会 2012
367.6ナ 
青少年のインターネット利用環境実態調査 報告書 内閣府政策統括官(共生社会政策担当)付青少年環境整備担当 内閣府政策統括官(共生社会政策担当) 2012
367.6ミ 
ありがとう 水谷修 日本評論社 2011
367.6モ 
子どもたちの叫び 児童虐待、アスペルガー症候群の現実 特定非営利活動法人モバイル・コミュニケーション・ファンド NTT出版 2007
367.6ヨ 
横浜市子ども虐待防止ハンドブック 横浜市こども青年局こども家庭課 横浜市こども青年局こども家庭課 2011
367.7キ 
セックス嫌いな若者たち メディアファクトリー新書 北村邦夫メディアファクトリー 2011
367.9ウ 
男の子の心とからだ 見たい 聞きたい 恥ずかしくない!性の本北村邦夫 編著 金の星社 2012
367.9ウ 
女の子の心とからだ 見たい 聞きたい 恥ずかしくない!性の本北村邦夫 編著 金の星社 2010
367.9タ 
大学生と語る性 インタビューから浮かび上がる現代セクシュアリティ 田村公江/細谷実 晃洋書房 2011
367ア 
いじめないで。 阿蘭ヒサコ・富部志保子 NTT出版 2012
367ウ 
いま、家族の何が問題か 戦後の家族史を振り返って瓜生武 著 公益社団法人家庭問題情報センター 企画編集 (財)司法協会 2012
367ウ 
女性のからだとこころ 自分らしく生きるための絆をもとめて 内田伸子 編著 金子書房 2012
367ク 
メディアとジェンダー 国広陽子 編 勁草書房 2012
367コ 
ジェンダーの話をしよう 母から娘へ 権仁淑 梨の木社 2011
367シ 
家族と教育 ジェンダー史叢書2育 石川照子・高橋裕子 明石書店 2011
367シ 
専業主婦になりたい!? "フツウに幸せ"な結婚をしたいだけ、のあなたへ 白河桃子 講談社 2011
367シ 
女って大変。 働くことと生きることのワークライフバランス考 澁谷智子 医学書院 2011
367シ 
子ども虐待の理解・対応・ケア 社会的養護シリーズ3 正司順一・鈴木力・宮島清 福村出版 2011
367ス 
子ども虐待としてのDV 母親と子どもへの心理臨床的援助のために 「ひと」BOOKS 春原由紀 星和書店 2011
367ス 
子ども虐待としてのDV 母親と子どもへの心理臨床的援助のために 春原由紀 編著 武蔵野大学心理臨床センター子ども相談部門 著 星和書店 2011
367タ 
同性愛の謎 なぜクラスに一人いるのか 文春新書 竹内久美子文藝春秋社 2012
367ノ 
それでも、家族は続く 信田さよ子 NTT出版 2012
367ミ 
二極化する若者と自立支援 「若者問題」への接近 宮本みち子・小杉礼子 明石書店 2011
368.2モ 
貧困社会ニッポンの断層 森岡孝二 桜井書店 2012
368.2モ 
貧困待ったなし! とっちらかりの10年間 自立生活サポートセンターもやい 岩波 2012
369.7ア 
良寛さんの心を今に伝える傾聴ボランティア 好かれるシニアは「きき上手」別冊2 青木羊耳 朱鳥社 2012
369ヒ 
"3・11被災地子ども白書" 大橋雄介 明石書店 2011
369ム 
福島からあなたへ 武藤類子 著 森住卓 写真 大月書店 2012
369ヤ 
東日本大震災 教員達の活動記録 山形県立保健医療大学看護学科 山形県立保健医療大学 2012
370.4ヒ 
こうして彼らは不登校から翔びたった 子どもを包む、3つの言葉 比嘉昇 ウェッジ 2011
370.4マ 
16歳の迷っていた僕への手紙'12 不登校、いじめ、心の病、みんな乗り越えられたよ シリーズ「体験談を聴会」の本1 学びリンク株式会社 学びリンク株式会社 2011
370.5ト 
都立高校と生徒の未来を考えるために 都立高校白書 平成23年度版 東京都教育委員会 東京都教育委員会 2011
370.5モ 
文部科学統計要覧 平成23年版(2011) 平成24年版 2012 文部科学省 日経印刷 2012
370.5モ 
文部科学白書 平成23年度 東日本大震災からの復旧・復興 人づくりから始まる創造的復興 文部科学省 文部科学省 2012
370.6コ 
全国工業高等学校 要覧 平成24年度 第59号 公益社団法人全国工業高等学校長協会 全国工業高等学校長協会 2012
371.2ア 
ジェンダーと教育 横断研究の試み 愛知淑徳大学ジェンダー・女性学研究所 編 ユニテ 2012
371.2ウ 
マス・リテラシーの時代 近代ヨーロッパにおける読み書きの普及と教育 デイヴィッド・ヴィンセント 新曜社 2011
371.2オ 
開発空間の暴力 いじめ自殺を生む風景 荻野昌弘 新曜社 2012
371.2チ 
中国系ニューカマー高校生の異文化適応 文化的アイデンティティ形成との関連から 趙衛国 御茶の水書房 2010
371.2ニ 
教育社会学研究 第90集 教育と責任の社会学 日本教育社会学会 編 東洋館出版社 2012
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書評と紹介
伊田広行 『ストップ!デートDV-防止のための恋愛基礎レッスン- 』解放出版社 2011年11月刊
 養護教諭として高校生に関わること、すでに四半世紀以上・・・。昔から男女交際における一方(多くは男子)によるもう一方(多くは女子)への【暴力】や【度を越えた束縛】や【度を越えた自己中心的な振る舞い】についての相談はあった。学力や生徒指導案件の数による学校差はなく、これまでに経験したすべての学校で相談があった。よその学校でも同じような話があった。
 だから早くから養護教諭たちはこの問題に関心を寄せ、養護専門委員会では2005(平成17)年に講師を招いて学習会を開き、情報交換をしてきた。
 そういう男女間の困りごとに「デートDV」という名称がつけられ、広く養護教諭の研修会や人権関係の研修会に取り上げられるようになったのは、内閣府が2010(平成22)年、デートDVの教材を作った時期だから、つい最近のことである。
 名称がつけられたからといって生徒が「デートDVにあって困っています」なんてわかりやすく相談にくることはなく、いつだって「頭が痛い」とか「気持ちが悪い」と言って保健室にやってきて、「なんでこんなに睡眠時間が短いの?」などと質問していくと「彼氏が・・・」という感じで話が始まるのだ。思春期に経験する楽しくほろ苦い異性との付き合いが、自尊感情を蝕み恐怖感しか与えないなら、せめて目の前にいる生徒の力になろうと思い、微力ながら支援をしてきた。
 でも実は、本当に自分の対応で大丈夫なのだろうか、本当は生徒が言うように「優しい時もあるからDVじゃない。」のか、もう少し様子を観てもいいのではないか・・・と私自身も苦しかった。
 そのような折に「高校教育会館教職員のための夏季講座」で伊田広行さんの講演を拝聴する機会を得た。
 伊田さんの主張は「高校生は社会のジェンダーや暴力容認の影響を受けて多くのものが無意識のうちにDV的な関係を持ってしまう。実は大人の側も恋愛や家族においてDVにつながるような従来の秩序に沿った意識を持っている。だから、非暴力かつシングル単位の視点で恋愛や家族をとらえかえす必要がある」というものだった。男女共同参画社会の視点から語られるDV防止の研修会とは切り口が異なるという印象を受け、とても納得できた部分と、「なんか違うな~」と感じる部分があった。
 「納得!」したのは「グレーゾーン」という考え方で、「どこからがDVで、どこまではDVではないのか?」という日頃の私の疑問に対して、DV的な関係にも「程度」があることを図解つきで見事に答えてくれた。保健室ではこの「グレーゾーン」をキーワードにすると、行きつ戻りつする生徒の話に寄り添える予感がした。
 また、生徒の相談でいつも困ってしまう「でも、別れてくれない。本当に怖くて逃げるのは無理。」というように、関係を断ち切りたくても断ち切れないでいる生徒に対して、「別れに同意はいらない」と言い切ればよいのだと知った。さらに私たち大人の「普通だと思っている恋愛観」にも、DVと非常に親和的な考え方が存在していることに気づくことができた。
 一方「なんか違うな~」と思ったのは「シングル単位」という考え方である。伊田さんが言わんとしていることは頭では理解でき、その反対の「カップル単位」という考え方がDV防止の立場からみて非常に危険なことも理解できる。しかし、この考え方を実社会のなかで実現したり、生徒に教えていくことは、今の私ではなかなか難しい。
 デートDV防止に少しでも関心のある方は、伊田さんの著書『ストップ! デートDV-防止のための恋愛基礎レッスン』を読み、自分自身に基礎レッスンを受けさせてみてはどうだろう。同じように毎日高校生と向き合っている多くの方々と、伊田さんの主張のポイントでもある「シングル単位」という考え方を含めて、この本をめぐって意見交換をしてみたいと思う。デートDVの問題を抱えている生徒がいない学校は、おそらくないと思うから。
           
 (県立高校養護教諭  今富久美子)
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雑誌論文目録抄
○季刊 教育法(173) エイデル研究所(12.6)
<特集>教育委員会の廃止・存続を問う
〔インタビュー〕
・教育委員会制度の抜本的な改革を―「中央集権システム」こそが諸悪の根源 穂坂邦夫
・橋下政治の危険性と民意のつくられかた 斉藤貴男
・教育委員会制度の必要 高橋寛人
・教育委員会制度改革の方向性 伊藤正次
・市町村教育委員会再生の条件は何か 堀 和郎
<連載>
:事例研究 教育管理職のための法常識講座 梅野正信
:学校事故研究 橋本恭宏
:「教育紛争解決学」の創設・樹立に向けて 森部英生
:スポーツ基本法が示す「体育・スポーツ指導者」のあり方 眞鍋知子
:東北アジア共同の家を求めて ― サハリン・旅の想い出 黒沢惟昭
子ども・教育と裁判
判例研究① 光市母子殺害事件第二次上告審判決 辻本衣佐
<論文>
東日本大震災後の教員配置の検証 大森直樹
○季刊 教育学研究(79-2) 日本教育学会(12.6)
<特集 教育制度改革の現状と展望―オルタナティブな制度構築に向けて―>
「正義」と統合学校の正当化 宮寺晃夫
義務教育の基盤としての教育財政制度改革 末富 芳
米国のスモールスクール運動の展開にみるオルタナティブな教育制度構築の課題 後藤武俊
教師教育改革の現状と展望 山﨑準二
大学入学者選抜制度改革と社会の変容 中村高康
○月刊 教育(798)教育科学研究会編集 かもがわ出版(12.7)
<特集>論点・大阪の「教育改革」
・大阪条例問題と現代社会の貧困 五十嵐仁
・ポピュリズムと民意 只野雅人
・新教育基本法と大阪府教育関係3条例 中嶋哲彦
・教育目標は誰が決めるか 村上祐介
・「高校で学ぶ権利」の保障 与田 徹
・大阪府・市教育条例の法的問題 武村二三夫
・小学校・中学校教育における「留年」の問題 山根俊喜
・学校に言論の自由を ― 東京地裁判決を受けて 土肥信雄
<資料> 大阪府教育行政基本条例・大阪府立学校条例
<特別論文>
・教師のユーモア精神と養生思想 間宮正幸
<特別寄稿>
一生活綴方教師の戦前・戦中・戦後 大田 堯
○月刊 教育(799) 教育科学研究会編集 かもがわ出版(12.8)
<特集1> <復興>の教育学
・「大地への罪」を問いながら 佐藤広美
・「フクシマ」で生き、生きていくこと 遠藤智恵
・「石巻地域」の被災の現状といま 菊池英行
・「広場」をつくることば 岩﨑晴彦
・求められる「良質の知」がもつ構図と倫理を考える 久冨善之
・コミュニティの再生と学校づくりをつなぐ 佐貫 浩
<特集2> 教育のいま・5つの課題焦点
・子どもの生活と子ども理解 山形志保・山﨑隆夫
・教育実践と教師 その困難・課題・希望 石垣雅也
・学校はいいところか? ひどいところか? 宮田雅己・本田伊克
・「地域・労働・貧困と教育」を考える 細金恒男
・福島をとおして見えてくる新自由主義的改革の問題点 佐藤修司
○月刊 教育(800) 教育科学研究会編集 かもがわ出版(12.9)
<特集>「教育を語ることば」の復権
・「大津市いじめ自殺事件」と子ども理解 福井雅英
・子どもと教師の苦難から学校の再生を求めて 佐藤 博
・学校と教育課程がよみがえる「学力」とは 田中昌弥
・学校制度のなかの学校知識と人格形成 山田哲也
・情報・消費社会の子ども・若者 池田考司
・子ども把握と教育実践 藤田和也
・「バーチャルな地域」と学校 細金恒男
・教育改革における教師「個人」と協働 勝野正章
<教育科学研究会再建60周年に寄せて・メッセージ>
大田 堯/志摩陽伍/吉益敏文/岩辺泰吏/佐藤 隆
<特別論文>
・「キャリア教育」に代わる移行支援 滝口克典
○月刊 教育(801) 教育科学研究会編集 かもがわ出版(12.10)
<特集1>大津いじめ自殺事件
・いじめ暴力の根絶を 横湯園子
・いじめ自殺事件に見る現代のこどもの局面 村山士郎
・中学校の保健室から見たいじめ 舟見久子・松本順子・桐井尚江・藤田和也
・いじめ事件と教育の危機 本田清春
<特集2> 子ども・若者の不安と安心
・いつでも幸福でいられる不幸 中西新太郎
・教師のまなざしが教室の安心につながる 石井広昭
・「表現したい」「成長したい」気持ちに寄り添って 渡辺克哉
・泣かないのはがまん強いからなの? 片山恵子
・「見捨てられない」という安心感を育て 武田理雅
・漠然とした不安を抱えて生きる子どもたちに 島田三明子
・心に安心感と希望を育む教育・福祉実践の課題 楠 凡之
・子どもの「不安」が「安心」に変わるとき 石島志乃・穂高 歩・北河栄里
・保健室で出会った子どもたち 濱 ゆり
 
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余瀝
 上野千鶴子さんを迎えた2012年の高校教育会館夏季講座。それぞれの場でもう少し「闘ってみよう」と思いながら藤棚の坂を下った参加者も多かったのではないでしょうか。当日の様子は巻頭をお読みください。書評は「デートDV」です。この中で語られている、養護の先生方の2005年の学習会講師は、アウエアの山口のり子さんでした。私も参加させてもらい、生徒間で起こっている事の意味や背景が解き明かされ、「そうなんだ!」と納得、またどう向きあえばよいのか大きな示唆を受けたことを思い出しています。デートDVだけでなく、保健室からの発信はいつも時代を先取りしているように思います。
18 9000018             本館 開架 所蔵      




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